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00-63 シチロウネズミ【躁】

過去編(その15)です。

「みんなぁ、おっはよ~! さぁ~て今回の目標数はあ……、十五ぉ!!」


「めちゃくちゃ吹っ掛けてきたな」


 カヤネズミが小声でぼやいた。


「あの顔に一発ぶちこめばいんじゃね?」


 ヤチネズミも呟く。


「ばかヤチ。夢見てないで現実で動くぞ」


「カヤこそびびって逃げんなよ。戻ればあいつに撃たれて終わりだろうけど」


「飛び出してって早死にしそうな奴がよく言うって。手順通り動けよ。俺の脳味噌の労働時間を無駄にすんな」


「はいそこ! お掃除の前は私語を慎まないとだめだぞ!」


 部隊長ムクゲネズミに気付かれてヤチネズミはびくりとする。反対にカヤネズミはにっこりと仮面を被って見せる。


「すみませ~ん。ヤチがずぅっとげぇげぇ吐いててさっきから臭くってえ~」


「ばッ! 言うなって!!」


 多少なりとも真実が混ざっていると反応も真実味を帯びる。現にヤチネズミは日暮れと共に吐いて、吐いて、戻し続けていた。調子に乗って酒を飲み過ぎた。


「ヤチくん!」


「……はい…」


 ムクゲネズミに呼ばれてヤチネズミは緊張する。ただでさえヤチネズミを無視する子ネズミたちが、カヤネズミの暴露でさらにヤチネズミから距離を取っていた。その開いた空間をムクゲネズミは頬を膨らませ、唇を尖らせて近づいて来る。無言の部隊長の接近。作戦がばれたか? ヤチネズミの心臓が暴れる。嘘が下手な顔が動揺を映す。


「…さい」


「……はい?」


「くっさ~い! ヤチくん、くっさ! ちょっともっと離れてよ!」


 ムクゲネズミは左手で鼻を摘んで右手でヤチネズミの肩を押した。ヤチネズミは半歩下がる。


「俺の近くに来ないでね! んもうっ!」


「……すんません…」


 勝手に嗅ぎに来て勝手に不機嫌になって、ムクゲネズミはヤチネズミに背を向けた。初めて自分の薬が功を奏したと、ヤチネズミは変なところで感慨に耽る。


「先走りぃ~」


 背後からシチロウネズミが茶々を入れてきた。「少し落ち着けって」


「そうだって。何、はしゃいんでんだって話だよ」


 カヤネズミまで調子に乗って揶揄を飛ばしてくる。お前のせいだろう! 瞬間、腹から上ってきた怒鳴りつけたい衝動を、ヤチネズミは飲み下す。今、怒鳴ったら確実に吐く。


「じゃ~あ~、今回はどんな作戦で…」


「俺が先行で他の皆は後方支援で」


「またあ? 少しは捻りのあることやらないと進歩しないよお?」


 いつも通りの台詞をやり取りする部隊長とハツカネズミの後方で、ヤチネズミたちは目配せし合った。




 その夜はスズメの駅だった。月も出ていて視界は良好、カヤネズミの作戦を決行するには絶好の条件が揃っていた。いつもどおりにヒミズが双眼鏡で駅の様子を窺う。ハツカネズミが起動させた四輪駆動車の上で合図を待つ。


「三五番改札に一番(たむろ)ってます。八……くらいかな? 北口にも見張りがいて…」


「あれなんすか?」


 ヤマネが目を細めて反対方向を指差した。ヤチネズミも目を凝らす。廃駅から大分離れたト線上に、地下の連中が移動で使う『電車』と呼ばれるばったばたの乗り物が停車している。


「気付かれたとか?」


 ジネズミが言った。


「ヒミズ、あっち見える?」


 ハツカネズミが四輪駆動車の上から言う。指示を受けて双眼鏡の倍率を調整し始めたヒミズの後ろで、


「殺し合いかなあ?」


 ムクゲネズミが言って、全員がぎょっとした。


「……地下同士で、ですか?」


 仮面をかぶり忘れたカヤネズミが動揺を隠さずに尋ねる。


「だって地下の奴らだよお?」


 望遠鏡を覗きこみながら平然と答えるムクゲネズミ。冗談にも聞こえるがこの男が言うと何が真実なのかがわからない。ヤチネズミは我慢しきれずにヒミズから双眼鏡を奪い取った。覗きこもうとしてしかし、背中に膝蹴りを食らう。膝をついた隙にヒミズに双眼鏡を奪い返され、ついでに手の平も踏まれる。そこまでやるか? 


「おい、ヒミズ…」


「じじいばっかです。十……以上います、ね。でっかい奴が囲まれて怒鳴り合ってます」


 ヒミズが状況を説明し始めた。望遠鏡を構えるムクゲネズミ以外が全員振り返る。


「喧嘩? っすかねえ。あんな年寄りがまあ、元気なことで……」


 ヒミズがそこで息を飲んだ。双眼鏡を下ろし、目元を露わにして唖然とする。


「何見えた?」


 シチロウネズミが尋ねた。ヒミズはシチロウネズミを見上げたが、


「ずんぐりむっくりがあ、鈍器ででかいのを撲殺ぅ」


 代わりにムクゲネズミが答えた。ヤチネズミは意外過ぎて部隊長を見上げる。


「背後から後頭部に一発だよお、汚いやり方だねえ。あ! ひど。そこまでしなくても~」


「なに…、してるんすか?」


「見るぅ?」


 妙に優しい部隊長に気味の悪さを感じながらも、ヤチネズミは望遠鏡を受け取り、件の現場を覗きこんだ。


「何見える?」とカヤネズミ。


「……集団暴行」


 答えてヤチネズミは望遠鏡をカヤネズミに手渡した。


 数は力だ。ネズミも連携を武器に地下掃除を行う。それは効率がいいからだ。掃除という目的を必要最小限の時間と労力で達成するための磨き上げられた知恵だ。

 だから掃除が終われば速やかに撤収する。目的は掃除だ、それ以上は無い。だが地下の連中は違うらしい。


 怒鳴り合っていた地下の連中は一対複数だった。でかい奴に対して小柄な奴らが四方を取り囲み、責め立てていた。でかい奴が何かを怒鳴りつけると小柄な奴らは言い負かされたのか縮こまり、それを見回したでかい奴が輪に背を向けた。と、次の瞬間、集団の中から太いのが右手を振りあげ、でかい奴の後頭部を殴りつけた。完全な不意打ち。恐ろしく卑劣なやり方だ。膝をついたでかいのは辛うじて両手で上半身を支えたが、太いのはさらに執拗にその背中を殴りつけた。鈍器で。何かを作る時に使う工具で。他の奴らが止めるかと思いきや、他の奴らも太いのに加勢した。殴る蹴る、叩きつける、そして傍観。やがてでかい奴の腕は折れ、姿が見えなくなった後でも集団による集中的暴力は続いていた。


「ひどいことするねえ~」


 自分の趣味を棚にあげてムクゲネズミがしみじみと言う。


「変えよっか」


 ヤチネズミは何のことかわからない。


「え~き。スズメはやめよう」


「え……」


 ヤチネズミは思わず声を上げた。カヤネズミとシチロウネズミも目を丸くして固まっている。


「だってえ~、地下の連中のって見苦しいんだもん。萎えちゃった。掃除ならうちのハツの方がずっと綺麗だしね」


 ハツカネズミが唾を飲み込む。


「ということでこれからチドリの駅に移動ぉ~!」


 部隊長の気まぐれで掃除対象が急きょ変更になった。すっかり背中を向けた部隊長の後ろを、馴れた様子で呆れ顔の子ネズミたちが一定の距離をおいて追従する。動けないのはヤチネズミたちだけだ。


「……カヤ、どうする?」


 チドリの駅はスズメとは構造が異なる。作戦を練り直す時間もない。


「見送る」


 カヤネズミが小声で答えた。


「チドリに変更なんて想定外だって。やめといた方がいい」


 カヤネズミの言うとおりだった。成功しか許されない一発勝負は万全を期すに越したことはない。ハツカネズミには悪いが今回限りはもう一度だけ、単独掃除を見守らせてもらう。あまり薬の効能を使ってほしくはないが、今のハツカネズミが死ぬことは万に一つも無いのだし。


 ヤチネズミがカヤネズミに賛同しかけたその時、


「やろう」


 シチロウネズミが言った。


「せっかく準備したんだし。やろう」


 シチロウネズミが砂の一点を睨みつけて繰り返す。拳は力強く握られ、肩まで怒らせている。

 気持ちを作りあげてきたのだろう。ひたすら自身を鼓舞して今、ここに立っているのかもしれない。今を逃したらまた、再会した時のようなシチロウネズミに戻ってしまうのではないか、ヤチネズミはそんな気がした。それは嫌だった。


「わかった。やろう」


 シチロウネズミに賛同した。


「お前ら真面目に?」


 カヤネズミが呆れ顔を向ける。信じられないと目で訴えてくる。しかし、


「ハツを助けるんだろ」


 シチロウネズミが一歩前に出て強調した。カヤネズミは一歩退き、ヤチネズミは唇を結ぶ。


「ムクゲを黙らせようって言ったじゃん」


「……そうだけど」


「だったら早い方がいんじゃね? 今日しかないって!」


 明日も明後日も、待てば程よい日和は到来するとも思われるが。


「どしたシチロウ?」


 カヤネズミが怪訝そうに、いや、心配そうにシチロウネズミを見つめている。


「どうもしないし」


 強気のシチロウネズミが答える。そして振り返り、


「ヤチもやるだろ」


 疑問形ではなく強制的な物言いで、


「なら急げって!」


 えも言わさずに押し切った。

 大股で子ネズミたちの後に続くシチロウネズミを、ヤチネズミは慌てて追おうと踏み出した。しかしカヤネズミに手首を掴まれ止められる。


「言う暇無いかもしれないから今のうちに言っておく」


 真面目な素顔が早口で言った。

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