15-42 木
「眠ったふりなどするな。聞こえているのだろう、黒色一号」
ワンの両耳がぴくりと立った。
「君たち『きょうだい』は彼とどういう関係だ」
「『きょうだい』」
ジュウゴは今聞いた言葉をそのまま繰り返した。どこかで聞いた気がする。どういう意味だったっけ。尋ねようと思ったがシュセキはワンを睨み下ろしている。ジュウゴもワンを見下ろした。ワンは両耳をそばだてて、じっとりとシュセキを睨み上げていた。
「『きょうだい』…」
もう一度繰り返しながらジュウゴはありったけの知識に目を向けた。確か、そうだ、確かヤマカガシだ。イシガメとクサガメは『きょうだい』だと言っていた。それは何かと尋ねたジュウゴに、イシガメが『あにき』でクサガメは『おとうと』だと、だから彼らはそっくりなのだとヤマカガシは説明していた。
―クサのほうがしっかりしとるように見えるやろ? けどイシもあれでなかなか弟思いなところもあるんやぜ―
「コウとワンは『きょうだい』じゃないよ」
シュセキの視線がジュウゴに向く。
「『おとうと』と『あにき』はそっくりなんだ。それはもう、見間違えるくらい同じ顔をしている」
シュセキが眉を顰めて瞬きする。
「ヤマカガシが言っていた。君もイシガメとクサガメを見ればすぐわかる」
「順を追って説明しろ」
「イシガメとクサガメだ。仲間だ。その中でもイシガメとクサガメはいつも言い争いをしていて、すぐに互いに殴ったり蹴ったり…指導だよ、指導し始めたりして、つまり仲はそれほど良くないんだけれども、でも、イシガメが傷ついた時にはクサガメは酷く動揺して、甲斐甲斐しくイシガメを労わって、それで……」
ジュウゴは頭を掻く。何と言ったか、あの行動は何と呼ぶのだったか。そう、
「『心配』! 『心配』するんだ」
シュセキが目を細めてジュウゴを鋭く見遣る。
「何だ、それは」
「心を配ると書くんだ。僕たちが失くしちゃいけない唯一な大切の物を別の誰かにあげるんだ。クサガメはそれをイシガメにしていた。クサガメが心配したからイシガメは死ななかったんだと思う」
失いかけた心を補充したのだろう。
「それが何だ」
「それが『あにき』と『おとうと』なんだ」
「君と『わん』はそれをし合わないのか」
「なんで僕?」
ジュウゴは顎を引く。「今はコウとワンの話だろう?」
「当然だ」
「僕とワンは心配し合ったことなんてないよ。第一ワンは僕を嫌ってるし多分、絶対に許してくれないし、僕もそれは仕方ないと思うし」
シュセキが斜め下を向いて考えこむ。
「シュセキ…」
「君は『こう』ではないのか?」
「コウ?」
ジュウゴはワンを見下ろした。いつの間にか長椅子の外に出てきて扉の先を見つめている。
「コウはコウだよ」
ジュウゴはシュセキに向き直って答えた。
「君も世話になっただろう? すごくお節介で明朗だけれども割と僕たちのことを見下して…、あ、でもサンとはすぐに仲良くなって…」
「君は何だ」
シュセキの問いにジュウゴは困惑がさらに増す。がしがしと頭を掻きむしりながら立ち上がり、
「僕は僕だよ」
彼もやはり故障しているのか?
混乱を極めるジュウゴを差し置いてシュセキは目を見開いたまま下を向いた。考えこんでいる。邪魔すると叱られる。だがジュウゴは待ち切れない。
「シュセキ…」
「『こう』と『わん』、それ以外はネズミだ。だが彼はネズミではないと言うし僕もそうだと思いたい。では『こう』とは何なんだ。君は『わん』で間違いないのだな?」
「何の話だよ、誰と話してるんだ」
「君と共にいるのが『こう』だと聞いた。だが彼は違うと言う。では彼は何だ」
「ジュウシ? ジュウシに話しているのか? そもそも彼は外だし砂の下だしここで話しかけても聞こえないよ」
「答えろ。『こう』はどこだ。彼は何なんだ」
「何度も言っているじゃないか! ジュウシはもういない。いい加減に理解してくれ!」
居間に余韻が残るほどジュウゴが叫んで、シュセキはようやくジュウゴに振り返った。今にも殴りかかって来そうな視線を向けられる。
「君が口を挟むと話が進まない。むしろ後退する。不可能かもしれないが数秒だけでも口を閉じろ」
「黙ってられないから口を挟むんだよ! 頼むから理解してくれ。ジュウシはもういないんだ!」
「今は彼と話をしている。君の声は騒音だ、鼻息すら鬱陶しい。息を止めて伏せていろ」
「そんなことしたら死んでしまうじゃないか! 彼は話さないし話せない! 君のは全て空耳で節穴で思い込みの激しい大間違いの…」
ワンが唸り始めた。扉に向かって歯茎を覗かせる。
「……どうかしたのか?」
ジュウゴはシュセキを睨みつけながらワンに尋ねる。しかし、
「ネズミだな」
答えたのはシュセキだった。片脚と棒きれで器用に方向転換すると、戸棚からあのいかつい小銃を肩に担いで戻ってきた。
「ネズミ?」
自分のものとは違う小銃に目を奪われていたジュウゴは顔をあげ、
「ハツか? ヤチネズミ? ネズミのみんながここに来るの?」
シュセキはジュウゴの質問に答えず、しかしジュウゴの右目を凝視した。
「君は本当にネズミではないのだな?」
ジュウゴが困惑して答えあぐねたがシュセキは待たず、額に上げていた仰々しい保護眼鏡を壊れかけた眼鏡の上にかけた。息を合わせたかのようにワンと共に扉に向かう。眩しい光に顔を背けたジュウゴを尻目にシュセキの小銃が唸り声をあげた。まるで自動二輪の原動機のような連続音にジュウゴはたじろぐ。どんな操作をしているのだろうか。
「待ってシュセキ! なんでネズミを撃つんだよ!」
左目を覆うようにして、肩にかけていた半乾きの手拭いで頭を撒いた。シュセキの指摘通り、脱いでみて初めて気付いた物凄い臭気の外套を羽織って小銃を掴み取り、ジュウゴは外に駆けだした。
右目で眩しい世界を見渡す。白いと思った光景は見間違いで辺りは赤く染まっていた。それでもまだ光線が熱を帯びていることに違いは無い。ジュウゴは袖を伸ばし、襟元を押さえて地面を踏んだ。
銃声は止んでいる。風の音しか聞こえない。シュセキとワンはどこまで行ったのか。
左側で砂が流れた。ジュウゴが振り返った先にシュセキは立っていた。
「シュセキ!」
斜面を駆けあがったジュウゴの前に、シュセキは片手に引き摺っていた何かを投げてよこした。ワンが飛び込んできてその頭に齧り付く。
ハツカネズミではなかった。ヤチネズミや他の見知った顔でも。その点においてはジュウゴも安堵した。だが、
「木を見たと言っていただろう」
いつもの光景だ。ワンが狩りをしている。ただ明度が高い。流れ飛び散る血液の色が裸眼で認識出来るほど明るい。表情も、損壊度合いも身体的特徴も一目でわかるだけだ。
「おそらく君が見たものだ」
シュセキは完全に表情を二重の眼鏡の後ろに覆い隠している。
「ここは本線にも近い。僕たちの夜汽車がト線に入る前の周期、最後の本線周回中のあの日、君はこれと同じものを見た」
「先も見たよ」
ジュウゴは答えた。吹雪をやり過ごして這い出た瓦礫の先で、ワンとはぐれる前に目にした。
「遠目から見れば確かに木だ」
「木だ……」
シュセキの言葉を繰り返して、ジュウゴはワンが齧り付くその体をただ呆然と見下ろした。
頭は一つだ。ワンが噛みついて振りまわしている。そのワンを振りほどこうとワンの胴部に伸ばす腕は二本、そしておそらくシュセキに撃たれて被弾した腹を押さえる腕が一本、砂を掴んで逃れようと、両足と共にばたつく腕がさらに二本。
「木……」
木だった。それは木だった。木にしか見えなかった。何本もの腕を伸ばして砂の上をもがく木。
「木か?」
いや、木ではない。木は地上に立たない。電気のない地上で太陽のいる灼熱の中で存在できる植物などありはしない。それに木は動かない。
動く木? 腕の多い体? 枝の少ない木??
ワンが頭を噛み砕くことを諦め、喉に噛みついた。手指がびくんと波打ち広がる。まだ生きている。
ジュウゴは慌てて小銃を構えた。銃口をその額に定めて引き金に指をかける。
「待て」
「何を!」
銃身を掴んだシュセキにジュウゴは怒鳴った。彼はまだ生きている。まだ苦しんでいる。
「始まる」
「終わらせるんだッ!」
シュセキの手は振り解けず、ジュウゴは銃身から手を離して短刀を引き抜いた。シュセキがさらに邪魔をする。ジュウゴは左手でシュセキの襟首を捩じり上げた。
「どけよ!」
「まだだ。最後まで見ろ」
「だから最期にしてやるんだろう!」
シュセキに唾を飛ばして問答している最中に、それは動かなくなった。最後はワンが喉を噛みちぎっていた。シュセキが舌打ちした。
「……説明してくれ」
ジュウゴは足元の男を見つめたままシュセキに尋ねる。シュセキはジュウゴの腕を振りほどいて襟元を緩めた。
「目的語は何だ。何についての説明を求めているのかそれでは分からない」
「なんでちゃんと死なせてやらないんだ! どうして故意に苦しませて…」
「何だ、それは」
「壊すという意味だ!」
「壊した」
「違う、傷つけてただけだ、完全に壊してやらなければ駄目なんだ」
「何故だ」
「何故って…」
ジュウゴはシュセキに詰め寄り、
「わからないのか? 酷く苦しんでいただろう? それなのに君は半端に壊してそれを見ていた。どれほど痛かったか予測も出来ないのか!」
「他者の痛みなど理解出来るはずないだろう。予測など所詮予測だ。当たらないことも多い」
「君はこんなことばかり繰り返していたのか!」
シュセキが唇を閉じる。頬が不機嫌そうに強張る。
「答えろよ! どうなんだよ!」
シュセキは興奮するジュウゴを眼鏡越しに見つめた後、ジュウゴに背中を見せた。
「待てよ」
シュセキは待たない。
「……飲まないのか?」
シュセキが立ち止まる。「何を?」
「何をって! そのために殺したんだろう?」
「缶詰ならば足りている」
ジュウゴは一瞬にして全身が熱くなった。
「じゃあなんでこんなこと!」
「不要だからだ」
「不要?」
ジュウゴは頭を掻き毟り一歩踏み出す。
「必要に迫られて殺すんだろう?」
「何だ、それは」
「壊すってことだよ! 動かなくする!」
シュセキが腹立たしげに息を吐く。
「それは節操もなく常にここにやってくる。暴力を行使して研究所内にも踏み込んでくる。それに纏わりつかれるのは極めて不快で迷惑だ。だから動かなくした。動かなければ不快さも軽減するが視界の中に置いておきたくもない。だからそこに捨てて置く」
「必要無いのに殺したのか?」
「必要無いから壊したのだ」
「そんな…!」
「ジュウシを足蹴にする」
シュセキの一言にジュウゴは口を噤む。言い返そうとして言葉が続かなくて歯を食いしばり、頭を掻き毟って息を吐きだした。
ワンが何も持たずに歩きだした。目の前に好物が散乱しているにもかかわらず見向きもしない。まるで壊すことが目的だったとでも言わんばかりだ。
「来ないのか」
シュセキが言った。ジュウゴは短刀の柄を握りしめる。微かに震える切っ先が太陽を反射しシュセキの顔を一瞬照らした。
外套の上からでも彼を焼こうとする光がジュウゴの顔を染めている。影が長い。無造作に巻きつけた布の切れ端と外套の裾が風になびいて枝のように伸びている。まるで腕が増えたみたいだ。ジュウゴは足元を見つめた。それは何度数えても自分の影以上の本数の腕を胴体から伸ばしていた。
「……彼は何なんだ」
足元の物を見下ろしながらジュウゴは言った。
「どうしてこんなに腕がたくさん…」
「ネズミだからだ」
ジュウゴは顔を上げる。
「ハツたちはこんなんじゃなかった」
「ハツカネズミは指が増えていただろう」
シュセキに指摘されてジュウゴは思い出す。そう言えばヤチネズミが言っていた。損傷をしても元に戻ると。しかしこれは戻ると言うよりも、
「ワンの脚よりも腕が多いよ」
「彼ほど毛深くはない」
「だったら何だって言うんだよ!」
「植物だと考える」
シュセキが持論を展開する。
「植物は多様だ。根と枝を複数有する者も多い。地上は広い。夜汽車にはいなかったが、ここには僕たちと同じ者とこれに似た者がいたとしてもおかしくはない」
「僕たちは植物とは違うよ」
「同じだ」
シュセキは断言した。
ジュウゴは口を噤んで足元の男を見下ろした。ネズミなのだろうか、ハツカネズミたちと同じ。それともサンを持っていったあの凶暴な方のネズミ?
―ネズミは二種類いるんだと思う―
―植物だと考える―
わからない。どれほど考えても所詮ジュウゴだ。その頭で理解しきれることなど高が知れている。しかしそれでもシュセキは間違っているとジュウゴは思う。
ジュウゴは短刀を腰帯にしまい込むと地面に膝をつき、両手で砂を掻き始めた。シュセキは怪訝そうに目を凝らす。
「ごめん」
ジュウゴが言った。シュセキは瞬きをする。何についての謝罪か判然としない、目的語を明確にしろ、とシュセキが言いかけた時、
「今はそれほど空腹じゃないんだ」
「それが何だ」
「ごめん」
「何についての謝罪だ」
シュセキの疑問を聞かずに、絞り出すように懺悔しながらジュウゴは砂を掻き続けた。
* * * * * * **
「説明してくれ!」
「先もしただろう」
「なってない! ちゃんとわかるように説明してくれ!!」
唾を飛ばしてくるジュウゴにシュセキは顔を顰めた。
ネズミが砂の下に隠された頃には完全に空は夜になっていた。愕然と砂を睨みつけるジュウゴを無理矢理引きずって研究所内に連れてきたが、屋内に入った途端に右目と顔を真っ赤にして喚き続けている。
「あれは何なんだ! なんであんなに腕と脚が……。おかしいよ、ありえないあんなの。木じゃないだろう? 木じゃ」
「では君は何だと考える」
「それがわからないから聞いているんじゃないか!」
全く努力もせずに結果だけを欲するその姿勢にシュセキは顔を顰めた。彼のこういうところが腹立たしい。
「相変わらずだな、君は。見た目こそ多少変化したが中身は全くもってそのままだ。その頭は何のためにある。使用目的も無く首の上に据え置くくらいならいっそのこと破棄しろ。下にあった旧式の端末の方がまだ性能が高い」
「頭を捨てたら死んでしまうだろう!」
先から連呼する未習熟単語の数々も腹立たしい。
「ならば永遠にそうして絶叫し続けていればいい。騒音は耐えがたいが夜間にその熱量はありがたい。だが昼間はよせ。ただでさえ蒸すのに暑苦しくて息が詰まる」
「空調使えよ! 冷房つければいいじゃないかッ!!」
怒鳴ってからジュウゴは何かに気付いたように周囲を見回した。額に汗を滲ませながら息を吐いて右目の瞼を瞬かせる。
「……なんで、」息を切らせながらシュセキに向き直り、「暖房つけないの?」
「電気を使えないからだ」
簡潔にシュセキは答えた。ジュウゴは「何だよ、それ」と呆れた声を発する。
「僕たちが来た時、コウは暖房をつけていたよ。温かかったじゃないか」
「君はやはり『こう』ではないのだな」
シュセキは確認した。すでに確信していたことではあったが。
「さっきから何を言ってるんだよ」
ジュウゴがまた頭を掻き毟る。「コウはもういないよ、僕が飲んだから。ジュウシと同じだ、死んだんだ」
「『こう』は『夜汽車』なのか?」
シュセキは驚いて尋ねる。聞いていた話と違う。
「コウはコウだよ!」
苛立った声で発狂気味に怒鳴ったジュウゴは顔をあげ、驚いた目でシュセキを見た。
「君…、夜汽車が飲み物だって知っているの?」
「僕たちはある一定の時期になるとアイの判断により本線を離れ、ト線に入り、そこで地下に住む者たちの手によって缶詰にされると聞いている」
俄かには信じがたいことだったが、恐らく事実なのだろうとシュセキは理解していた。地下に住む者たちが何故地上に上がって来るのか、彼らが求める物が夜汽車だったとしたならば全ての事象に説明がついたからだ。
ジュウゴは見開いた右目でシュセキを見つめていたが、視線を泳がせると「うん」と小さく頷いた。
「でも僕たち自身も夜汽車が必要なんだ。飲まないと生きていけないから。だから僕はコウを飲んだ。夜汽車が無かったから」
「ならば『こう』は今、君の中にあるのだな?」
シュセキの問いかけにジュウゴは困惑の色を浮かべる。緩慢に側頭部を掻きながら首を捻って「うん……?」と唸った。
「ならば『こう』を有している君は今『こう』だ」
ジュウゴはぽかんとして固まっていたが、シュセキは安堵の息を漏らした。
「あのさ、」
困り果てた顔のままジュウゴが口を開いた。
「君はどうやってここで今まで生きていたんだ?」
「それは何だ」
先からジュウゴは理解し難い言い回しを繰り返している。左目を失って肌を黒く焼いてきた間にどこかで授業を受けてきたのかもしれない。自分が知らないのにジュウゴが知っているというのが妙に癪に障り、シュセキの口調は荒くなる。
「死んでないってことだよ」
「『しんでない』とは?」
「ジュウシみたいになってないってことだ、彼と違ってまだ動いているってことだよ」
「先から君は彼に対して随分な言い様だな」
さらに苛立ちながらシュセキはジュウゴを睨みつけた。ジュウゴは変質したジュウシをやけに蔑む。あれほど頼りきって世話になっていた癖に。
ジュウゴも同じように苛立ちを隠さないで、頭を掻き毟る。
「息を吸って吐いて言葉を話して、動いて喋って物を考えて、それから、ええと…飲んで話していられる状態で居続けられている君の状況が不思議だって言っているんだよ」
ジュウゴの説明を聞いていたシュセキは少しの間考えた後に顔をあげ、「不思議か?」と尋ねた。
「不思議だよ!」
ジュウゴは答える。「わりとみんな簡単に死んでしまうから」
わりと他の者は簡単に動きを止めて話さなくなるらしい。
ジュウゴは頭を掻きながら長い息を吐いていたが、思い出したように顔を上げた。
「君はこれまで何を飲んできたの?」
何を当たり前のことを聞いているのか、シュセキは不機嫌に瞬きする。
「缶詰だ」
「缶詰?」
ジュウゴが身を乗り出してきた。
「どこから持ってきた缶詰? コウはあの時、『これが最後』と言って僕たちに缶詰を分けてくれたはずだ」
「クマタカが運んでくる」
「『クマタカ』?」
ジュウゴは首を傾げ、ワンが飛び起きた。
「それは何?」
「僕も彼が何なのかよくわからない。だから『こう』と『わん』に尋ねようと思っていた」
「どういう意味?」
「彼には電気系統の修復と植物の世話を託され、『こう』と『わん』が来たらここに留め置くようにと託されている。代わりに彼からは缶詰を支給される」
ジュウゴはジュウイチのように首から上を突き出している。
「だから、」シュセキは面倒臭そうに息を吐くとジュウゴにもわかるように説明を試みた。
「ここを襲撃してくるネズミは撃って止めて廃棄しろと言われているが、黒の毛深い四本足がいたらそれはネズミではなく『わん』だから、『わん』と共にいる『こう』は保護してここに留めさせろと依頼されている」
「コウとワンを誰かが探しているの?」
「『こう』は君だろう?」
全く彼は何を言っているのか、シュセキは眉を顰める。そして気配に気付いてその顔を上げた。その視線の先をジュウゴも追う。見るとワンが玄関の扉に飛び付きながら五本目の脚を高速回転させている。
「来たみたいだ」
「何が?」
「直接聞けばいい。彼なら君の疑問を解決できるかもしれない」
「彼って?」
「彼も『こう』と『わん』に会いたがっていた」
言ってシュセキは立ち上がり、玄関の扉を開けた。