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00-226 セスジネズミの推測

「ワシの駅を攻めようと思う」


 セスジネズミの発案にタネジネズミは唖然とした。


「わ? せんめえ? え!?」


「お前、面白いびびり方するな」


 腕組みしたコジネズミが感心したように口を挟むと、


「コージ、真面目な話だ」


 セスジネズミが振り返って嗜める。それからまた、タネジネズミに向き直ると、


「どう思う?」


 もう一度言って覗きこむような顔をした。


「どうって……。え? そ、」


「手短に言うと…」


「なるべく詳しく!」


 セスジネズミが説明を端折ろうとしたから、タネジネズミは全力で阻止する。それから改めて、


「掃除じゃなくて?」


 考え得る作戦を挙げてみたが、


「掃除じゃない」


 タネジネズミの疑問にセスジネズミは首を横に振った。


「掃除ななかったら何?」


 噛みながら問うたタネジネズミに、


「だから攻めるんだよ、攻撃」


 とコジネズミが滑舌よく説明する。


「まじで言ってる?」


 コジネズミを無視してタネジネズミはセスジネズミを見た。


「至って真面目だ」


 セスジネズミは真顔で頷いた。



 部隊員の誰もが薄々感づいているように、カヤネズミの生存は限りなく難しい。ハツカネズミを止めにワシの編隊に突入したカヤネズミは、恐らくそのまま帰らぬ者となったと見る。


 だがハツカネズミはどうだろうか。


「どういうはな…な、な?」


 セスジネズミの話に、タネジネズミは目を瞬かせた。


「お前の顔、まじで面白いな」というコジネズミの笑いは、この際無視しておく。


「あのハツさんがそう簡単に死ぬかという話しだ」


 同じくコジネズミを無視して、セスジネズミが続けた。


 カヤネズミが帰って来ないのならば、おそらくそういうことだろう。ワシに殺されたか、日光に焼かれたか。餓死か脱水かはたまた変なところで酒でも飲んで、海の中で爆睡してしまったとか、地上での死因など数え切れないほど存在する。


 だがハツカネズミはどうだろうか。過去に行われた一ヶ月に及ぶ実験でも、屋根もない日向で飲まず食わずのハツカネズミは平然と生き延びた。彼の肉体は様々な薬のおかげであり得ないほど強化されている。


 そのハツカネズミが単身ワシに乗り込んでいってしまったが、ワシがハツカネズミを殺せるだろうか。唯一の急所の頭を潰されればハツカネズミと言えども死ぬだろうが、数々の失態と叱責された経験から、ハツカネズミの防御力は今や計測不能なほど高じてしまった。


「俺、前に後ろから撃ってみたことあるんだけどさぁ、あいつどんなに離れてても必ず気付いて避けるよな。腹立つわ」


「後ろ手で銃弾を手掴みしたこともあっただろう」


 コジネズミのいたずらを、セスジネズミも淡々と思い返す。


「死んでたらどうしたんすか」


 呆れて敬語を崩しながら呟いたタネジネズミに、


「だから死なないって証拠だって言ってんだろ」


 コジネズミは若干苛立ちを含めて言った。


 とりあえず、ワシではハツカネズミを殺せないという前提で話を進める。


「ワシじゃあっていうか、誰もあいつは殺せないだろ。出来る奴いたら拝み倒してお願いするよ」


 ハツカネズミに対するコジネズミの悪態は流しておく。


 ハツカネズミを殺せないと気付いたワシは、もしかしたら生け捕りにすることを考えるかもしれない。塔がしたことと同じだ。ハツカネズミは処刑出来ないと知っていた塔は、ハツカネズミには敢えて『終身刑』という刑罰を与えて地下深くに幽閉しておこうとした。


 だがそれさえもハツカネズミは破って出てきてしまったわけだが。


「だからハツさんは死んでないと思う」


 物凄く短絡的だが、言われてみれば納得できなくもない理論でセスジネズミは結論づけた。しかし、


「お前がそこまで夢見がちだとは知らなかった」


 タネジネズミにはどうしても希望的観測に聞こえてしまう。だが、


「むしろ絶望的だと俺は思う」


 セスジネズミは真面目な顔で言い返した。


「なんで絶望的?」


 ハツカネズミが生きているならば嬉しいはずではないか? タネジネズミはセスジネズミの真意を掴みかけたが、


「考えてみろ。ハツさんが死んでないとしたらどうしてハツさんはここに帰って来ない?」


 セスジネズミが輪をかけて深刻そうな顔をしたから、タネジネズミは考えてみることにした。そして、


「道に迷ってる?」


 かつてハツカネズミの同室たちが話していたことを思い出す。


「そうだ。おそらくハツさんは死んでない。そしてどこかで迷っている」


「彷徨ってるってどこを??」


「地上を」


 タネジネズミは入江に続く洞窟の先を見遣り、その先に広がる果てしない地上を思い出して眩暈がした。


「……確かに絶望的だ」


 地上で迷子のハツカネズミを探すなど。


「俺も考えたくはなかった」


 セスジネズミが歯噛みする。


「いいじゃん別に。迷わせとけば」


 コジネズミが軽口を叩いたが、


「コージ、それは笑えない」


 セスジネズミに窘められて、面白くなさそうに口を噤んだ。


 タネジネズミは頭を抱え、一から整理しようとして話の始めに立ち帰ったが、


「……それが何をどうすりゃ『ワシを攻める』って話になんの?」


 そもそもの疑問を思い出した。


 セスジネズミは口を閉じて長い息を吐き、神妙そうな顔を保ったまま語り始めた。



 ハツカネズミが生きているとして、さすがに今は正気に戻っている頃合いだとして、ハツカネズミはどこに向かうかと考えた時、当然ハツカネズミ隊が拠点とするこの洞窟を目指すだろうと思われる。現にワシの攻撃から撤退する際、『本線の外(ここ)』に行けと号令がかかっていた。例えその号令を聞いていなかったとしても、ハツカネズミ隊であれば必ず最後はここに戻ってくることを考えるだろう。


 だがハツカネズミだ。身体能力以外は大抵中の下の男だ。とりわけ歌唱力と方向感覚においては下の下に位置する音痴っぷりで、南と言えば北に行く。東と言えば西に行く。ならば反対に行けと言えば済むかと言えばそれも叶わず五十度ずれる。


「五十度って何?」


 タネジネズミは些細な言い回しを気にした。だがそれは比喩ではなく、


「だいたい五十度だ。ハツさんの方向感覚はだいたい五十度ずれていく。九十度ならまだ補正もできるのに、その半分でもなく半分ちょっとずれているから手に負えないんだ」


 セスジネズミは同室の先輩の至らなさを憎々しげに呟いた。


「つまり?」


 タネジネズミはセスジネズミに解答を求める。


「おそらくハツさんの目の前でカヤさんは殺されただろう。ジャコウの死で我を忘れたハツさんは、加えてカヤさんが殺されたことでしばらく発狂状態でワシを蹂躙したと考えられる。俺たちが小銃と自動二輪(にりん)まで手にしたワシから逃げられたのは、ハツさんが暴れてくれていたからだ」


「アイがワシとそこまでずぶずぶだとは俺も知らなかった」


 情報が遅れたことをコジネズミが詫びだ。「コージのせいじゃない」とセスジネズミは首を横に振る。いちゃいちゃすんなよ、とタネジネズミは顔を背ける。


「だがハツさんだっていつまでも発狂状態ではいられない。発狂していたかもしれないが『電池切れ』を起こせばハツさんだって自分の身の危険を察して戦線離脱したはずだ」


 確かに体力を使いきった後のハツカネズミは、それまでの興奮と奮闘が嘘だったかのように冷静になる。まるで女とした後みたいに…


「そこからだ」


 脱線しそうになっていたタネジネズミを、セスジネズミの低い声が引きもどした。


「そこからハツさんはおそらく洞窟(ここ)を目指しただろう。だがそこはハツさんだ、全然違う方向に行ったはずだ。でもそこはハツさんだ。夜間だけでなく昼間も平気な顔をして眠ることもなく歩き続けると考える」


 そこでセスジネズミは顔を上げ、


「歩き続ければどこに着く?」


 タネジネズミに尋ねてきた。


 タネジネズミは斜め上を見上げてしばし考えて「海?」と答えると、それはセスジネズミが求めていた答えと合致したらしい。


「そうだ。ハツさんはまずはじめにどこかの海岸に出たはずだ。海があれば洞窟(ここ)も近い、そう考えただろう。だがハツさんが辿り着くのは絶対ここではないどこかだ。やがて歩きまわったハツさんは、方向を間違えたことに気付く。するとどうなる」


 再びタネジネズミに迫った。


「……俺なら元来た道を戻るかな?」


 タネジネズミは自分に置き換えて考えてみたが、


「そうだ」


 これも正解だったらしい。


「ハツさんは必ずその海岸を離れたはずだ。そして元来た道を戻って軌道修正を図るもそれは元来た道から五十度ほどずれた別の道で…」


「さらに迷子ってか?」


 コジネズミが言葉を受け継ぎ、セスジネズミは歯噛みした。


「探しようがないじゃん」


 タネジネズミは愕然と呟いた。しかし、


「だからワシを攻める」


「なんでそうなる?」


 また振り出しに舞い戻った。


「ハツさんがどこの海岸に出ていようとも、この入り江を目指していることは間違いない。だから僅かな可能性に賭けてここで待機してみた」


「待機だったの? これ」


 数ヶ月に及ぶ手持ち無沙汰な苦行の時間が、まさかの任務中だったとは。タネジネズミはてっきり、どうすればいいかわからなくなったセスジネズミが、どうすることも出来ずに途方に暮れた結果の立ち往生だとばかり思っていたが。


「セージがんな間抜けなことするわけないだろが」


 呆れ顔が癪に障ったのか、自分の心の声が漏れていたのか、タネジネズミはコジネズミに叱られる。


「だが待てど暮らせどやはりハツさんが戻って来る気配はない」


 セスジネズミは臍を噛み、


「だからこちらからハツさんを『呼び寄せる』ことにした」


 意を決した顔を上げた。

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