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「この階段を降りた先が、お(かしら)の家族が住んでた部屋だったと思う」


 ツミは手描きしたワシの駅の見取り図の上で、指先を走らせた。幼い頃の記憶だからあまり自信がないけれど、と言っていた割にはかなり詳細な地図を描く。自分の記憶力と比べると雲泥の差だ。ウミネコはツミの驚異的な脳力の高さに、シュセキを思わずにはいられなかった。顔が似ていると中身も似るものなのかもしれない。


 シュウダによると、アイをワシの駅に導入したのはワシの(おさ)だと言う。そしてアイを起動するかしないかは、全て彼の独断によるらしい。概ね()(おさ)が在駅中はアイもろとも電気は切られていて、彼が外出している間のみアイは使われているとのことだ。ならばその(おさ)が在駅中のアイがいない間こそが侵入の時で、アイが起動される前にワシの駅を後にするというのが、ウミネコのとるべき行動だった。


「だったら反対側の改札から入ればいいのね?」


 ワシの(おさ)を極力避けてヨタカを探したいウミネコは、ツミの指先から大分離れた場所を指し示した。万が一ワシの(おさ)にアイを起動されたりしたら、ウミネコは夜汽車のサンとしてその場で瓶詰にされることだろう。


「駄目だよ。それじゃ駅にいる時間が長くなっちゃう。構内での移動時間を必要最低限にするには、こっちの改札から入った方がいいってば」


 しかしツミはウミネコとは違う見解を示した。ワシの(おさ)を避けることよりも、駅の構内に長居することを避けるべきだと考えているらしい。


「どっちにしろ改札には見張りが立ってるってシュウダも言ってたでしょ? だったらこの際、見つかること前提で、どれだけ早く出てくるかに専念すべきじゃない?」


「でもツミちゃん、ワシは新しく来た者をいちいちアイに登録させるってシュウダさんも言っていたわ。アイがいない時に侵入出来たとしても登録させるためと言ってアイを起動されたりしたら、私はその場で夜汽車として扱われてしまうじゃない」


 「それじゃ駄目か」と言ってツミは考え込んでしまった。ウミネコは黙りこんでしまったツミの横顔から、手書きの見取り図に目を落とす。


 夜汽車だった頃にワシの駅に入った時、長い階段と静かな通路には薄暗くも電気がついていた。薄暗い、とは言わないのかもしれない。少なくともここヘビの駅よりはずっと明るいのだから、地下に住む者にとっては相当な明度だったはずだ。だが夜汽車内に比べればやはり薄暗かった。


 つまりワシの駅で使われている電力はそれほど多くは無い。そしてジュウシが呼び出したアイの口ぶりからするに、監視だけはきっちりこなしていたようだ。だが警報音でワシたちを呼び寄せ、夜汽車の夜汽車の生徒(じぶんたち)を捕獲させていたということは、監視は出来てもそれ以上の機能はないと見ていいだろう。ならば万が一アイに見つかったとしても、アイ自身が物理的に出来ることは限られている。アイは警報音を鳴らし、自動扉を施錠するかもしれないが、実際にウミネコを確保するのは今回もワシだろう。そしてアイがワシを呼び寄せるまでには時間差が生じる。


「やっぱりそっちの改札から入るわ」


 言ってウミネコは顔を上げた。


「ツミちゃんの言うとおり、見つかることを前提にしてもワシの駅にいる時間を短くした方がいい。とにかく短時間で進入して、即ヨタカに面会して、すぐさま駅を出る。その方向で行く」


 先と真逆の方針を固めたウミネコに、ツミは驚いた顔を向けた。


「でもウミちゃん、さっき義脳に見つかる訳にいかないって…」


「見つかっても逃げ切れそうだし」


 なんとも頼りない方法を、胸を張って言った。


「やっぱり私も行くよ」


 ツミが神妙な顔を見せた。


「私の方がワシの駅に詳しいし義脳ともそんなに絡んでないし」


「ツミちゃんはアイをどこで知ったの?」


 ウミネコは素朴な疑問を口にしたが、


「ネズミのとこ」


 ツミが視線を逸してそう呟いたから、即座に猛省した。「もういいよ」と言いつつも、ツミはやはり不機嫌になる。しかし不機嫌ながらもアイとの関係を教えてくれた。


「私の知ってる義脳はウミちゃんの言ってたのとは違うやつかもしれない。姿なんてなかったし声も聞いたことなかった。でもネズミが何か命令したら、いつの間にかそれが叶えられてた」


「例えば?」


 もう少し具体的な説明をウミネコは求める。


「ネズミが『暗い』って言ったら電気がついたり、何かがほしいって言ったらいつの間にかどこからともなくそれが用意されてたりとか」


 そこまで言うとツミは声を潜めて、


「私も使ってたの」


 いたずらを告白するような口ぶりで言った。 


「ネズミがいない時に。『いるの?』って聞いたら電気がふわって明るくなった。ああ、いるんだなって思ったけど複雑な会話は成り立つわけないよね。だから私しかいない時は電気消しててって言うくらいだったけど…」


「照明以外のことは?」


 拡声機能と映像装置の整っていない場所であっても、それがアイである限り、こちらの言うことは理解していたはずだ。そのアイが照明の調整しかしなかったというのは、ウミネコにとっては俄に信じ難いことだった。


 だが次のツミの一言で、ウミネコは当時のアイの事情を理解する。


 ツミは首を横に振る。それから目を伏せて、


「『帰りたい』って言ったけど無視された」


 抑揚のない声で答えた。


「ごめんなさい」


 ウミネコは再び猛省する。 


 しかしツミはすぐに切り替えて、


「だから義脳には慣れてる」


 話題を元に戻した。 


「私が一緒の方がウミちゃんは迷わないし、義脳に見つかっても私が囮になれるでしょ?」


 ウミネコはツミの寛大さを眩しく見つめる。だがそこで気づいた。


「そんなことしたらツミちゃんが危ないじゃない!」


 ウミネコは身を乗り出す。


「アイを使ったことがあるなら、ツミちゃんだってアイに認識されているということでしょう? だったらツミちゃんがアイに見つかれば、その…の場所に連れ戻されるかもしれないってことじゃない?」


 指摘されてツミは視線を泳がせる。ウミネコは凄むようにツミの顔を覗き込んだ。


「ツミちゃんはここで待ってて。ワシの駅の構造は大体把握したから大丈夫。

 …多分……」


 若干の自信の無さを滲ませつつ、


「必ずヨタカを説得してくるわ」


 重大責任を背負う覚悟を示した。



 ウミネコは顎を引く。手指に力を込めて自分自身に言い聞かせる。


 シュウダに託された。テンも嫌々ながら後押ししてくれた。ネコの皆は直近の駅まで同行してくれるし、ヘビとカメの全面協力もある。失敗は許されない。


 ヨタカの顔は忘れない。あの特徴的な包帯頭だ、すぐに見つかるだろう。そしてワシの駅にはナナがいる。ナナなら必ず自分の話を聞いてくれる。


 ヨタカは片足を引きずるナナを負ぶっていた。ナナもヨタカに泣きつき、肩を抱かれて密着もしていた。そしてナナは仲間(じぶんたち)を置いて、ワシの駅を選んだ。

 

 きっとナナとヨタカはそういう関係なのだ。だから例え自分がヨタカの説得に失敗したとしても、ナナからの説得ならばヨタカも聞くのではないだろうか。

 いや、きっと必ず聞くはずだ。聞いてもらわねば困るのだ、というのがウミネコの算段だった。


 そして何より、ウミネコ自身がナナに会いたい。無事を確認して、あの時の罵声を謝罪してハチのことを伝え、ワシの駅から退避させたい。させなければいけない。


「……ウミちゃん、」


 ツミに呼ばれてウミネコは我に返った。ツミはまだ心許なげに下を向いている。よほど自分は頼りないらしい。


「大丈夫だよ、ツミちゃん。私にも考えはある…」


 ウミネコはさも自信ありげに力強く訴えたが、


「お願いしてもいい?」


 ツミはウミネコを遮って、床に向かって話しかけた。「何を?」とウミネコが聞き返すと唇を固く結び、その内容を言いあぐねている。


「ツミちゃん?」


 ウミネコはツミの顔を横から覗き込んだ。目を合わせてくれない。ツミは左手で右腕の先端を掻きむしるように強く掴み、呼吸を整えてから顔を上げた。


「あのね、出来たらでいいんだけど……、」


 しかしまだ決心がつかないのか、再び逡巡しながら、


「ほんとの本当に、万が一時間が余って、ウミちゃんに余裕があったらの話なんだけど、」


 ウミネコは急かしたい気持ちを抑えて、珍しく遠慮がちなツミを待つ。


「……うちのお父さんに会えたら、『ツミは元気だよ』って伝えてもらえる?」


 幼子なような上目遣いでおずおずと言った。

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