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3-217 本音

 兎にも角にもワシのヨタカに会わねばならない。それがなければ話は進まない。


 現在のヨタカの顔を知っているのはウミネコのみということもあり、その大役はウミネコに課せられた。言いだしっぺの責任でもある。


 シュウダはイシガメも同行させようと言った。ワシの正当性を理解し、対話すべきと言ったのはイシガメだからだ。イシガメが行くならばとクサガメ、スッポン、ヤマカガシにトカゲまでもが同行を申し出たが、正面切って進入できる場所ではない。大所帯は動きが鈍る。ワシの駅の(くるわ)制度も加味した結果、ひ弱そうな女が最も侵入しやすいだろうということになり、イシガメもろともリクガメ班の面々の希望は却下された。


 ワシの一派をヘビ、カメ、そしてネコの共同戦線に引きこめるか否か、そして『セッカの話』を聞き出せるか否かは、ウミネコの交渉術に委ねられることとなる。

 甚だ心許ない。


「手前の駅までは私らも行くよ。でも中のに入るのはあんたの仕事だからね」


 ネコたちはワシの手前の駅まではウミネコと行動を共にすることとなった。シュウダの話が確かならば、スズメの駅も既に廃墟と化しているはずだ。潜伏するにはうってつけだろう。


「何かあった時のためにこれ持ってけよ」


 カメたちが差し出したのは原動機付自転車だ。だが全員が乗れるほど台数は揃っていない。曳いて行くには重すぎる荷物は、ネコたちに丁重に断られた。


「これは必要やろ」


 ヘビたちが提供したのは小銃だ。尤も、それはカメたちによって作られた武器だったが、主に使っているのはヘビだった。まるで我が物顔で小銃をネコに差し出すヒバカリを、カメたちの冷めた視線が刺していた。


「どれだけ()りますか?」


 女たちは惜しみなく瓶詰を差し出した。先陣切って指示を出していた女はシュウダの妻だという。年の割には肉付きがよい体に整った顔立ち、三男二女だか四女だか子宝にも恵まれているとか。その全てがヤマネコの対極にあるような女を選んだシュウダに少し腹が立ち、しかし仕方ないことだと理性に説得されて、テンは亡き友への憐れみを募らせた。



「何から何まですまないね」


 出立の前夜、テンはシュウダと飲んでいた。他の奴らも各々に、別れを惜しんでいる頃だろう。


「なーん、こっちこそ。何もかもテンさんたちに任せることになってしもうて」


 申し訳なさげに目を伏せているが、内心は安堵でにやけていることだろう。自駅の痛みは最小限に新たな戦力を得られるかもしれないのだから。


「何言ってんのさ。至れり尽くせりだったよ」


 互いに腹の中を探り合いながら、上滑りのおべっかだけが空しく往来する。


「でも意外だったね。あんたならウミをワシの駅にやるなんて反対すると思ったわ」


 ウミネコの両親とシュウダ、そしてヤマネコは懇意にしていた。滞在中も何かとウミネコに目を掛けていたシュウダだ。ウミネコを危険に晒すようなことは断固阻止してきそうな過保護さだった。しかし、


「俺の意見ばっかり通せんやろ」


 シュウダは目を伏せる。そこは弁えているのか、とテンは思う。


「それにウミちゃんは女の子や。ワシも手にかけたりはせん」


 確かにワシは女を殺さない。だがそれ以外ならば何でもやるのがワシだ。


「『(くるわ)に入りたい』って行かせるんだろ? 死にはしなくても大事なもん奪われるかもしれないのに」


 テンは手酌しながらウミネコを心配したが、


「そういう状況になる前に出てこよう」


 シュウダはテンの手を止め、徳利を抜き取った。


「長居は出来んってウミちゃんも言うとったろう。『ぎのう』いうがに見つかっちゃあ終わりやから言うて」


 テンの猪口に酒を注いでシュウダは言う。テンは手の中の揺れる水面を見下ろした。


 ウミネコは夜汽車だった頃に一度ワシの駅に入り、そこで塔の技術を見てきている。その体験も踏まえてワシの駅の内部構造も頭に入っているから、ワシに怪しまれる前に素早く立ち回って脱出してこられると、誰でもないウミネコ自身が胸を張った。


「夜汽車でも体験しとるから勝手はわかっとる言うし、そながならウミちゃんに全部任せてしもうた方がいいにか」


 そして誰でもないシュウダが、ウミネコに負けないくらい自信満々にウミネコの賭けが上手くいくこと確信していた。 


「大した覚悟だね。私には真似できないわ」


 テンは手の中の酒を揺らす。


「心配されんな、ウミちゃんは大丈夫やちゃ。カモメちゃんが付いとる」


 ウミネコは母親に守護されていると言ってシュウダは肩を揺すった。確かにウミネコの悪運の強さには目を見張るものがある。「かもしれないね」と鼻で笑って、テンも酒を飲み干した。


「スズメの駅でいいんだね?」


 声色を変えて最終確認をした。シュウダも真顔になって無言で頷く。


「原付はそこに置いとくちゃ。誰でも乗りこなせる、カメの自信作や。報せを寄越してくれればすぐに向かう」


「何度も聞くけどさ、一体どうやって原動機付自転車(それ)それを運ぶってんだい?」


 何度聞いてもはぐらかされて来たヘビの技術のからくりを、この際だから教えてくれとテンは尋ねた。手曳きで運ぶのは現実的ではないと断念したカメの乗り物を、シュウダはスズメの駅まで運んでおくと言うのだ。誰かがそれに乗って、先にスズメの駅で待機しているのかとテンは思ったが、そうではないとこの男は言う。もしかしたら失敗して報告係(しらせ)を送れない事態だって生じ得るのだ。どんな方法なのかが分かれば成功率も目に見えるし、無謀な方法ならば止めさせることも出来る。共闘を誓った仲ならば手の内を見せてほしいものなのだが、


「心配されんな。手抜かりはないちゃあ」


 言う気は毛頭ないらしい。


「随分疑われてるもんだね」


 テンは諦めて天井を仰いだ。


「そんなことないちゃあよ! テンさん達が来てくれんだらここまで話は進まんかった。感謝しきりやちゃ」


 わざとらしくへらへらとシュウダは笑う。


「若い連中の喜びようも見たろう。みんなネコの皆さんと名残惜しそうにしとったぜ? 何ならもう少しゆっくりしていってほしいくらいやちゃ」


「痩せ我慢するんじゃないよ。早く出て行ってほしいって顔に書いてるよ」


 あまりに見え透いた世辞の連発に、テンは嫌味を返した。嫌味をというよりは、


「瓶詰だって余裕ないんだろ?」


 透けて見えた事実なのだが。


 図星を突かれてシュウダは固まる。笑みを潜めた顔を背け、「すまんのう」と本音をこぼした。


「こんな大所帯じゃあ仕方ないだろ」


 テンも顔を背ける。カメの孤児たちを引き取ったヘビの駅は渋滞していた。ネコたちが大部屋に雑魚寝を強いられたのは、個室が不足しているからだ。瓶詰の消費量もヘビだけの時とは比にならないだろう。


「早いとこ瓶詰を調達してきな。あの子たちにひもじい思いさせたら許さないからね」


 『あの子たち』と言いながら、テンの頭にはイシガメの顔が浮かんでいた。騒がしくて無鉄砲で、子どもらしい子どもだと思ったからかもしれない。


 シュウダは空の猪口を持った手を大腿の上に置いた。反対の手で顔を拭うようにしてから上を向き、天井に向って息を吐く。


「できればそっちと組みたかった」


「カメの前で言うんじゃないよ」


 すかさずテンは嗜めた。シュウダは黙って鼻から息を吐く。


 だが叱りつけておきながら、テンも込み上げてくるものは堪えきれなくて、


「でも今の言葉、あいつは喜んでると思うよ」


 そっぽを向いて呟いた礼に、シュウダは細切れな鼻息で返した。

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