3-216 外の外からの意見
「それってさあ、シュウダたちも悪いべや」
イシクサガメのお喋りの方が口を開いた。
その場にいた全員の注目を集めつつも至って冷静に、むしろテンが今まで見てきた中で一番淡々として、イシクサガメは語り出す。
「だってさ、その塔の技術者はワシの客だったんだべ? そいつらが来てからワシの駅が発展したっつっても、客の手土産が物でなくて技術だったってだけだし、それはワシとその客の間のやり取りなだけで外野がとやかく言う資格ないっしょ」
イシクサガメの片割れは腕組みをして、時折額を擦りながら慎重に言葉を紡いでいく。
「ワシ以外の駅のおさ? 頭? たちは塔の技術がほしかったみたいだけど、……まあ俺も気にはなるけど、でもさ、だったらほしいって直接言えば良かっただけだべや」
何を言っているのだこいつは。テンは若いカメの言い分に唖然とする。
「直接言ったんだろ。そうだって言ってたべや」
キボシイシガメが横槍を入れる。
「頭首たちはワシに塔と縁を切れって、塔の技術を他の駅にも広めろって言ったって。でもワシが受け入れなかった…」
「もしシュウダがキボちゃんに『イシガメと一切喋んな』って言ってきたら、キボちゃんは俺ば無視する?」
説得しようとしていたキボシイシガメが、反対に質問されて口を閉じた。イシクサガメ、もといイシガメはキボシイシガメに振り返って続ける。
「どう?」
「やー……」キボシイシガメは天井を見上げて唸っていたが、
「無視はしねえわ。そったらことしたらお前、泣くべ?」
答えを出してイシガメを見て言った。「だべ?」とイシガメは頷く。
「俺とキボちゃんの仲は俺とキボちゃんが決めることだべ? 俺らが喧嘩して口利かなくなったとしても、二十四時間一緒にいてずっと駄弁ってたとしても、それは俺とキボちゃんの問題でシュウダが口出す権利ないべや」
言いくるめられて「ん、まあ……」とキボシイシガメは引き下がる。
「同じだって」
イシガメは正面を向いて言う。
「ワシとその塔の客との仲はそいつらの問題で、他の連中がとやかく言う権利なんてないのに、それば『言うこと聞かない』っつって片っぽば殺しちゃうって、そりゃワシも怒るわ」
まるで誰かを叱りつけるみたいなしかめっ面でまくし立てた。ここで問題なのは個々の感情ではないのだが。子どもにはわからなかったかもしれない。
「あのねえ、ぼく…」
テンはもう一度、歴史を教えこもうとしたのだが、
「ワシが正しいとか言うの?」
カメの『マイ』が真っ赤な顔を上げて言った。
「したっけあんたは駅の頭たちが間違ってたから、ワシが正しくてワシの言うことば聞くべきだとか言う気!?」
言いながら声を上ずらせて、最後の方は叫んでいた。
「そったらこと言ってないべや」
すかさずイシガメは言い返す。
「正しいとか正しくないとかでなくて、ワシの頭かしらの気持ちもわかるって…」
「したらあんたはワシの駅でも行けばいいべさ! 『こっちが間違ってました、ワシ様が正しいです』って!!」
イシガメの言い訳を許さずに、『マイ』は泣き出しそうな目を剥いた。
「マイ、駄目だよ」
激昂した『マイ』の背中にアオウミガメが手を置く。「何がさ!」と尚も叫ぶ声にも冷静に、
「駄目だよ。思ってもないこと言ったら、後悔するのマイだよ」
静かな声で宥めた。
『マイ』が泣き出す。顔を覆って蹲る。
女の啜り泣きの声が広間に響き、やるせなさが辺りを包んだ。
「タイマイの言う通りやちゃ」
タカチホヘビが吐き捨てた。
「だらはだらくさいことしか思いつかんがかのう」
リュウキュウヤマガメがぎろりとそちらを見たが、タカチホヘビは素知らぬ顔でそっぽを向いた。
イシガメが俯く。肩を怒らせながら首を竦めている。鼻水を啜りあげながら後頭部を掻き毟るシュウダを、テンは横目で見た。
恐らくシュウダは、イシガメのような意見が出ることをどこかで察していたのかもしれない。そして糾弾されるのを恐れて、今まで子どもたちに事の詳細を伝えていなかったのではなかろうか。現場を見ていないテンにはわからないが、シュウダももしかしたらイシガメのように当時の頭首たちのやり方に異論を持ち、それに従ったことに後ろめたさを覚えていたのかもしれない。
だが例えどんな理由があっても、
「ワシが許されないことをしたのは事実だよ」
テンはイシガメを見据えて言った。
「当然やちゃ」ヒバカリがぼそりと吐き捨てた。
「そらそやろ」別のヘビの男も同意する。
カメたちからも呆れられてイシガメは立つ瀬を失っていく。
テンは広間を見回した。ウミネコも今では下を向き、シュウダの娘もその横で静かだ。ようやく場の空気が整ったかに思われたが、
「だったら尚更、腹割って話すべきだと思うけどな」
負け惜しみのようにイシガメが呟いた。テンは睨みを利かせたが、イシガメはそれに真っ向から対峙してきた。
「イシガメ」
シュウダがイシガメの生意気を咎める。しかしイシガメも譲らない。
「マイの言うこともわからなくもないがイシガメの言い分も間違っていない」
シュウダの娘が再び口を開いた。イシガメは驚いた顔でそちらに振り返る。
「本気でワシの頭首を討つもりなら外堀から攻めていくのは定石のはずだ。その手始めがワシのヨタカというだけだ」
「トカゲ、」とシュウダは今度は娘のお喋りを止めようとしたが、
「それにワシのヨタカなら『セッカの話』を知っているのだろう?」
娘は反抗期のようだった。
『セッカの話』、そう言われるとテンも口籠る。ヤマネコとの約束は是が非でも守らねばならない。
シュウダが大げさなため息を吐いた。全く言うことを聞かない子どもたちに手を焼き、鼻水を啜りあげながらその奥で唸り、最終的に天井を仰いだ。
「テンさん、」
シュウダに呼ばれてテンは振り返る。
「すみません」
シュウダはそう言って頭を下げた。すかさず、「お頭!」とヘビたちが止めようとする。
ヘビたちに上半身を引き起こされたシュウダはその手を払い、こちらを見上げて、
「テンさんの気持ちには沿えんかもしれません」
改めて断わりを入れる。
「お頭?」
ヒバカリがその顔を覗きこみ、シュウダは側近に目顔で何かを伝えた。ヒバカリが諦めたように目を伏せ、それからちらりとウミネコを見る。
「イシガメ、」
シュウダがイシガメを呼んだ。拗ねた顔を上げたイシガメだったが、シュウダに真正面から見つめられて真顔になる。
「自分、言ったことは忘れられんな」
一瞬驚いた顔をしたイシガメは、それからぐっと顎を引いてみせた。
「ウミちゃん、」
続いてウミネコ。
「覚悟はあるがけ」
ウミネコが目を見開く。それから小刻みに頷いて最終的には「はい!」と声を上げた。テンの胸に嫌な確信と諦めの脱力感が広がっていく。
シュウダは広間を見回した。全員と目を合わせるように視線を一巡させる。
「異論もあろう。何でも俺に直接言いに来られ、全部聞く。でも目的は一つや。タイマイも耐えてほしい」
タイマイが俯いた。頷いたようには見えなかったが拒絶ではないだろう。
「ワシを討つために、」
シュウダは声を張り、
「ワシのヨタカをこっち側に引きこむ」
作戦の第一段階を表明した。
高揚したのはごく一部だ。『お友だち』を助けたい一心のウミネコ、意見が聞き入れられたイシガメ、そしてなぜか安心顔のシュウダの娘。
しかしそれ以外は微妙な反応だった。ヘビたちは動揺を隠しきれずにざわつき、ヒバカリは苦い顔で奥歯を噛みしめている。カメたちも困惑し、タイマイの周囲には薄暗い空気が沈殿する。
テンは文字通り頭を抱えていた。どう立ち回れば一番割を食わないか。どう動くことがネコにとって利益となるか。皆を率いる立場として常に優先してきたことなのに、今回ばかりはそうも言っていられないようだ。
ヘビの駅に来てしまった手前、ネコも無関係ではいられない。共闘を申し出て寝食の提供も受けている以上は、シュウダの決定に従わざるを得ない。そしてウミネコががっつり噛んでしまったからには、ネコは実動を避けられない。
そこら辺の事情は仲間たちも理解しているようで、神妙な面持ちのまま各々何かを思っている。
「ウミ、」
テンは苛立ちを隠さずにウミネコを呼んだ。ウミネコも覚悟していたのだろう。固い表情を向けて来る。
「余計なことしてくれたね」
思っていたことがそのまま口をついて出た。案の定ウミネコは落ち込む。だがテンが求めているのは反省ではない。
「こうなっちまったからにはやるしかないよ」
どうせもう後戻りは出来ないのだ。
「言いだしっぺの責任はとってもらうからね」
叱責ではなく激励に聞こえたのだろうか。ウミネコはテンの知らない顔で頷いた。