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3-214 兄弟

「ヘビとカメの皆さんとしても仲間は多いに越したことはないんですよね?」


 テンは驚いてウミネコの横顔を見ていた。


「それがワシの内部からの助力だとしたら、これ以上心強いことは無い。違いますか?」


「ワシなんかと仲間になんてなれないって…!」


 再びカメの『マイ』が金切り声を上げたが、


「仲間になる必要なんてないでしょう。目的を同じくする者同士がそれを成し遂げるために手を組むことさえ否定したら、物事なんて何も進まないわ」


 ウミネコは正論で黙らせる。カメの女は唇を震わせて何か言いかけるも何も反論できず、口惜しそうに俯いた。


 テンが見たこともない気迫を持って、ウミネコはシュウダに正面から進言する。


「シュウダさんはワシの駅を潰すと仰いますけど、どのような計画があるんですか?」


「……今ここで話すことやない」


 シュウダは静かな声でそう答えた。しかし、


「秘密裏に進めなければいけないほど繊細な計画ということですか」


 間髪いれずにウミネコは畳みかける。


「せやん」


 シュウダは穏やかな声で頷いた。しかしその目は既に贔屓の娘を見るものではない。


「つまり一歩間違えれば失敗しかねない危うい計画ということですね」


 そのシュウダの目を射るような顔でウミネコも言い放った。


「ちょっとウミ!」


 ツキノワグマがウミネコを止めようと声をかけた。だがその手もウミネコは振り払う。まさかウミネコにそんな態度を取られるなどとは夢にも思っていなかったのだろう。ツキノワグマは目を丸くして、口も開け放ってウミネコの横顔を凝視する。


「失敗したらどうするんですか」


「絶対せん」


「先と言っていることが矛盾します」


「覚悟の問題やちゃ」 


 シュウダが凄んだ。カメが目を見開いてシュウダを見つめ、ヘビたちも息を飲む。


「失敗はせん。クマタカは絶対に討つ」


 ウミネコを見据えて、その先にいるワシを見据えて、シュウダは言った。


 ウミネコが喉を上下させる。さすがに怯んだか。だがあのウミネコにしてはよくやった方だろう。遠慮がちな引っ込み思案の根暗にここまで度胸があるとは知らなかったテンは、ウミネコを少しだけ見直したりした。


 だがもう十分だろう。この話は終わらせようと口を開きかけたが、


「だったら、確実にワシを討つのが目的だったら尚更、手段は問わないはずです」


 ウミネコは両手の拳を握りしめて、シュウダに向かってさらに言った。


「シュウダさんの作戦が非の打ちようがないものだったとしても、準備が滞りなく進んだとしても、『絶対』なんてあり得ません。ワシがどんな手段で対抗してくるかもわからないし万事思い通りに進むことなんて絶対にないんです」


 ウミネコは何を噛みしめるように一瞬目を伏せる。


「だから手段を選ばず別の作戦も同時に進めることが、確実に目的を達成させるために必要なんじゃないですか?」


 そして再び顔を上げた。


「私はヨタカが話しているのを聞きました。明らかにワシの(おさ、)に反発している様子でした。対してヨタカと仲間の男たちはとても連携がとれていました。彼らはワシの駅の中にいながらワシに背いているんです。彼らをこちらに引きこむことが出来れば、ワシの駅に攻め入る時の手引き役を担ってもらえるし、戦力としても頼もしい限りでしょう」


 「けど、」と言いかけたヘビの女を無視してウミネコは続ける。


「考えてみればわかるはずです。ヨタカたちは非常に有用な手段になり得ます。覚悟と仰るなら感情的負担を我慢する覚悟もあるはずです」


 カメの『マイ』がぐっと身を固くする。


「体裁とかそんな、持っていても現実問題として物理的に意味のない物のためにみすみす好機を逃すなんてそれこそ…!」


「ウミネコさん、」


 ヒバカリがウミネコを呼んだ。シュウダを睨みつけるようにしてまくし立てていたウミネコは、顔はシュウダに向けたまま黒目だけをそちらに向ける。しかしすぐに目を見開いてヒバカリに顔を向けた。


 ヒバカリは顎を引いた低い位置から、


「失礼を承知で言わせていただきます。曲がりなりにもうちの(かしら)ながです。あんまり責めんでやってもらえませんかね」


 (へりくだ)って物腰柔らかく威嚇した。


 広間が静まり返る。シュウダの無言とヒバカリの威圧感にヘビは黙り、カメは下を向き、ネコも誰も動けない。ここで物言えるのは自分しかいないかと、立場を理解してテンは咳払いをした。


「ウミ、あんたの言いたいこともわかるよ。でもね、最善の手段よりも優先させなきゃいけない意地ってもんが…」


「せやのう」


 シュウダが息を吐いてそう言った。せっかく場を収めようと思ったのに、一体何が『せやのう』だ! と苛立ちの視線を向けたテンを見もしないで、


「手段なんちゃあ選んでおられんがかもしれんのう」


 鼻をぐずぐず言わせながら勝手に納得している。


「お(かしら)?」とその顔を覗きこんだヒバカリにも目もくれず、鼻水を啜りあげ切ってから、


「ウミちゃんに乗っちゃ」


 シュウダが片頬を持ち上げた。


「何言ってんのさ、あんた!」


 テンはシュウダににじり寄る。


「馬鹿も休み休み言いな。ワシと手を組むって本気かい!?」


「せやん、お(かしら)!」


 ヒバカリも詰め寄った。


「考え直してください。どう考えても考えられんでしょう! ワシですよ!? こんな小娘の口車に乗っとらんとちゃんと目ぇ覚まして頭働かして…」


「起きとっちゃあよ」


 シュウダは面倒臭そうに顔を歪めてヒバカリを退けた。


「そらワシと手ぇ組むなんちゃあ俺やて気が進まんちゃあ。けどウミちゃんの力説聞いとったら『それもそやのう』思えてきたが」


「『思えてきたが』って……」


 頭首の流されやすさにヒバカリは言葉を失う。


「それに思い出したが」


 唖然とするヒバカリにシュウダは笑みを向けた。


「何を思い出されたがですか」


 言葉を無くしているヒバカリに代わって、タカチホヘビが口を開く。シュウダはタカチホヘビを見遣って、「ヨタカや」と答えた。


 「ヨタカって……」と首を傾げたカメの男を見て、


「クマタカの弟やちゃ」


 シュウダが言った。


「「弟!?」」


 動揺が走る。互いに顔を見合わせたり、後頭部を掻いて唸ったり。


「ってことは何け。ワシの駅の権力争い言うがは…」


「兄弟喧嘩?」


 キボシイシガメが言って、カメたちは一様にイシクサガメを見た。


「親族内の覇権争いなんてよくあることだろ」


 テンは腹立ちまぎれに刺々しく言い放つ。


「兄妹だろうと姉妹だろうとワシの家庭内不和なんてどうでもいいんだよ。そんなことより…」


「その弟も寄り合いに来とったって言うたら?」


 またもや話している最中に遮られた。しかし今回ばかりはテンも怒りではなく純粋な疑問の中で瞬きをする。視線の先のシュウダは真面目な顔でこちらを見ていた。


「何だって?」


「あいつ、寄り合いの席に年の離れた弟を連れて来とったが。従者なんちゃあ滅多に連れとらんかったくせに、最後の寄り合いの時に一遍だけ。

 その弟いうががまぁ~よう喋る子でのう。あまりによう喋るんで最終的にクマタカが追い出したがやけどその後やちゃ、爺さんどもの目の色が変わったがは」


 確かセッカの長話を聞かされたのも、その後だった。


「夜汽車がどうとか塔の連中とか。子どもの話や、俺はまともに聞いとらんだ。ヤマネコが子守りしとったわ。ウミちゃんで子どもの扱いにも慣れとったがやろ」


 突然名前を出されたウミネコは顎を引く。


「とにもかくにも塔の奴らと話をせんなん言うがになって、俺も爺ちゃんたちに連れられて行ったがやけど…」


「どこに?」


 イシクサガメのよく喋る方が言った。シュウダは口を閉じる。


「シュウダ?」


 駅の頭首を呼び捨てにしたイシクサガメをヒバカリが睨みつけたが、当の頭首は気にも止めない素振りで鼻水を啜りあげた。


 お喋りのイシクサガメが背後に振り返る。イシクサガメよりも年長と思われるカメは首を傾げて見せる。ヘビの若い連中も同様の動きを見せたが、いくつかの顔は視線を泳がせた。その様子に年若いヘビたちは怪訝そうにしている。ヘビとカメの様子から、シュウダが子どもたちへの歴史教育を怠っていたことをテンは知る。


「随分昔の話だけどね、ワシは塔の奴らを囲ってたんだよ」


 シュウダに代わって、テンは子どもたちに話し始めた。

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