3-213 ワシのヨタカ
ウミネコたちがワシの駅から脱出するのを手伝ったのが、ヨタカだという。同じ部屋に監禁されていたセッカとスズメの女たちも、地上に出るまでは一緒だったそうだ。その後セッカはワシの駅に残り、ウミネコたちはワシの駅を後にした。
「じゃあ謀反ってウミと夜汽車を逃がすためだったってこと?」
アナグマが困惑を口にする。「何のために……」
「反対だろう」
シュウダの娘が呟いた。トカゲと呼ばれていた気がする。アナグマがむっとした顔をトカゲに向けたがトカゲは全く動じずに、
「夜汽車を逃す理由がない。そのワシはスズメに与したと考える方が妥当じゃないのか」
別の見解を示した。アナグマは眉根を寄せて顔を突き出す。
「ワシの中にスズメに同調する奴がいた。そいつらはスズメがワシの傘下から逃れることを手助けした。その場に偶々ウミちゃんたちが居合わせた。そう考える方が辻褄が合う…」
「『ウミちゃん』?」
イシクサガメの片割れがぎょっとした顔で言う。じゃない方も唖然とした顔で固まっている。トカゲは一瞬口を噤んだがすぐに表情を戻し、「お前らの影響を受けただけだ。いちいち喚くな、煩わしい」と白い目で吐き捨てた。途端にイシクサガメの片割れが怒鳴り出し、もう一方はそれを止めようと怒鳴り始める。その喧騒を生み出した当事者は涼しい顔でシュウダに向きなおると、憶測を再開した。
「謀反は失敗に終わったかもしれないが、少なくとも頭首に反発する勢力がワシの中にもいると考えられるだろう」
「権力争い?」
イシクサガメの横にいるヘビの小男が言った。がなり合っていたイシクサガメたちは、他のカメたちに仲裁されている。
「あり得るね」
イタチが呟き、テンも顎を引いて唸る。
「でもツ…」
言いかけてウミネコは咳払いし、
「でもその勢力も、謀反が失敗したならただでは済まされていないんじゃないかしら」
トカゲに向かってそう言った。テンは驚いてウミネコを見つめる。あの場所見知りの激しい根暗のウミネコが、出会って二、三日の相手に対して随分と打ち解けられたものだ。
テンの驚きに気付かずに、ウミネコはシュウダに向き直る。
「夜汽車で一緒だった女子がワシの駅に行ってしまったんです。ヨタカに用があると言って。ジュウゴは彼女に会ったと言っていました。元気だったって」
「あいつ方々に女いるんだな」
「なーん。あの感じやと友だち止まりやろ」
イシクサガメの片割れとヘビの小男が、こちらにも聞こえる声で耳打ちし合う。
「だから私、彼女はワシの駅でヨタカと一緒に暮らしているものだばかりと思っていました。でももしあの時私たちの逃亡を手伝ってくれたワシの男たちが何らかの処分を受けているとしたら、ナナはワシの駅でどんな扱いを……」
最後までは言わずに、ウミネコは口を噤んだ。
「そこまで酷い仕打ちは受けないだろう。ワシはネズミじゃない」
トカゲがウミネコに言った。慰めているようにも聞こえたが、
「同じだろ。あそこには廓があるじゃないか」
ジャコウネコが口を挟んだ。トカゲは「くるわ?」と首を傾げる。聡明ぶって早口だった割には物事を知らないようだ。
「そこそこの立場におれば、そうそう酷いことはされとらんみたいやぜ」
シュウダが鼻水を啜りあげながら言った。まるで知っているかのような口振りだとテンは思ったが、ヘビにだって情報網の一つや二つあるのだろう。
テンの視線に気づかずにシュウダはウミネコの肩に手を置く。
「でもウミちゃん、夜汽車のお友だちは諦められ」
先までとは一転し、贔屓の娘に厳しく迫った。
「ウミちゃんのお友だちがワシんとこで優遇されとろうと虐げられとろうと、あの駅が近々潰れることは変わらん」
ウミネコが見開いた目でシュウダを見つめる。分断していたはずのヘビとカメが一様に顎を引く。
「ウミちゃんもテンさんたちと一緒におるがならわかるやろ? ウミちゃんのお友だちがおるいう理由でワシが許されることはない。ウミちゃんのご両親の仇でもあるがやちゃ。
ワシは必ず潰す」
ウミネコが口を噤んで俯いた。
「その謀反を働いた連中がまだ生きていたとしたら、」
トカゲが再び口を開く。
「そいつらと組めばワシの頭首を討つことに近づかないか」
「『ワシと組む』ぅ!?」
ヒバカリがわなわなと震えた。
「自分、何そんなたわけたこと…!」
「可能性の話だ」
怒鳴り散らす男を見据えてトカゲは続ける。
「ワシの駅は遠いのだろう? 電車も今は使えないだろう。原付で移動しようにも充電がどこまでもつかわからない。徒歩で行くとなれば何日かかるか知れないし、その間に消耗される体力は甚大だ。疲労困憊した状態で攻め入ってもよく知らない駅の中で確実にワシの頭首にたどり着ける算段はあるのか。道に迷えば元も子もないし挟み撃ちにされれば目も当てられない。そこに勝率はあるのか」
「ワシの駅を攻めるなって言いたいのかい」
ヒグマは目を細めてトカゲに言った。
「そんなんじゃなくてッ!!」
ウミネコがトカゲを庇うように割って入る。
「そんなんじゃなくてトカゲさんはただ…!」
「可能性の話だと言っている。勝率がどれほどあるのかと」
ウミネコを下がらせてトカゲが前に出た。
「ワシの駅に精通する者を仲間に取り込んだ方が、お前たちにも分があるだろうという話だ」
「トカゲ!」
言葉遣いに気をつけろ、とシュウダが娘を窘める。
「『お前たち』って自分はまるで無関係みたいに言うんだね」
多少苛立ちを覚えたテンもトカゲを責めたが、
「確かに」
腕組みしながら下唇を指先で擦っていたジャコウネコが呟いた。
「確かにそういつの言うとおりだわ」
「チャコ?」とテンは訝る。ジャコウネコは唇から手を離して、
「だって味方は多いに越したことないだろ?」
言いながらジャコウネコは広間を見渡した。それからテンを見て、
「そのために私たち、ここに来たんじゃないのかい」
テンは唇を閉じる。
「チャコちゃん、チャコちゃんの言うこともわかるがやけど…」
シュウダが困った顔でジャコウネコを説得しようとしたが、
「それってお、おお…俺も、ちちちゃチャコさんの仲間? ということでよ、でよ…ろすいのでしょうか!」
セマルハコガメが気持ち悪い顔でどぎまぎと尋ねた。
「当たり前だろ? マルちゃんだけじゃなくてここにいるみんな、そうじゃないか」
社交的なジャコウネコは男の下心を受け流して微笑む。鼻の下を伸ばして口角を上げたセマルハコガメは、アオウミガメから肘打ちを食らっている。
「まあ、ワシの中にも話せばわかる奴もいるかもしれねえしな」
イシクサガメの片割れも頷きながら言う。
「話すって何をだよ」
片割れのじゃない方が呆れたようにそう尋ねると、
「何でもいいべや。話すんだよ、いろいろと!」
最初に声を上げた方は、唾を飛ばしながら言い返した。
「『なんで謀反を起こしたんですかー?』とか『ワシの駅の不満は何すかー?』とか。
ワシだってワシってだけで駅全部が同じ考えだとは限んねえべや。そいつがワシだとしてもこっちと同じ考えなら上手くやってけるかもしれないし…」
「あんた本気?」
饒舌にそれっぽいことを語っていたイシクサガメの片割れだったが、カメの女が強張った顔で遮った。
「マイ?」
「ワシだよ!? うちらの駅ば燃やした奴らでしょや、忘れたのッ!!?」
「マイ……」
仲間の制止も聞かずに声をひっくり返して、引きつけを起こしたように『マイ』は叫ぶ。
「無理! 私は無理だわ。ワシとなんて絶対仲間になれない!!」
戦慄きながら繰り返す女の呟きに、トカゲが静かに目を伏せた。
「せやん。ワシの力なんちゃあ借りる必要ない」
シュウダが言って締めくくる。それによって無謀な提案は却下されるかに思われたが、
「力を借りるのではなくて、『利用する』という風に考えてみませんか」
ウミネコが顔を上げて言った。