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3-212 セッカの話

「この泥棒が!」


 癇癪じみた怒声が響いた。


「これかい? じいちゃん」


 それに対応するのは非常に冷めた孫たちだ。


「それはいつかヒラタに…!」


「これさあ、じいちゃんが俺にくれたんだべや。『イシもそろそろ自分の持て』つって」


「お前、イシガメか?」


「じいちゃあ~ん……」


 カメの頭首が、同じ顔をしたカメの子どもたちに赤子のようにあしらわれている。イシガメとクサガメだと紹介されたが、どちらがイシガメでどちらがクサガメなのか、テンは全く覚えられない。そのテンを恐々見つめるのはシュウダだ。鼻水を啜りあげるシュウダの無言の視線にテンは答えるのも億劫になった。


 ヘビの駅に来たのは、ワシを討つために共闘の構えを確認するためでもあるが、ヤマネコから預かった言葉の真相を知るための訪問でもある。あの頃のヤマネコは意識がはっきりしている時間も短くなってきていたし、話せたとしても単語の応酬が主で、会話とはほど遠かった。だが、


―とめて―


―セッカの話……―


 わかった。止めるから。止めるから大丈夫だから。そう言ってやると少しだけ顔色が良くなった。


 約束したもののその内容が理解出来なければ意味がない。セッカというなら寄り合いだ。寄り合いと言えば頭首だ。ということで遠路はるばるヘビを尋ねて来たというのに。


 三日三晩時間をやった。その間シュウダは酒も飲んでいなかった。酩酊状態が解ければ記憶も晴れるだろうとテンは踏んでいたが、酒びたりが思い出したのは、わからないという事実だった。 


―聞いとらんかったが―


―……は?―


 何度か瞬きを繰り返し、ようやく出たのはそれだけだった。シュウダはほとほと困った顔をして頭を下げる。


「だから聞いとらんかったがやちゃ。あの頃は寄り合い言うても大した議題もなかったし、セッカはだいたい進行役ばっかりやったから、聞くに値しない言うか……」


「でも『セッカの話』ってあいつは!」


 シュウダは肩を竦めるだけだった。



 *



 こんな男を頼りにしていた自分を呪った。こんな男に全てを託したヤマネコを怨んだ。しかしヒグマが言った。ヘビはカメと組んだのだと。ならばこの男でなくてもいい。そちらの(おさ)もいるではないかと。しかし、


「そろそろ飯の…」


「おじいちゃん、ご飯でなくておやつにしよっか」


 赤子を背負った女がオサガメの前に膝をついた。

 「もういいですよね」と、こちらの意向を形だけ窺って、返事も待たずにオサガメの腰に腕を回している。「すまんの」と言うシュウダの声も聞こえないはずがないのに顔も向けず、女はオサガメを奥の部屋へと連れて行った。


 シュウダが盛大なくしゃみをする。この男は笑い声以外の音もやかましい。「体調管理も仕事の一つですよ」と老齢の男からちり紙を差し出されて、「……はい…」と肩を竦める姿さえ腹立たしい。


「テン?」


 ジャコウネコに呼ばれて、テンは言葉を探す。子どもに心配はかけられない。だが自分でも驚くほどに落胆していたようだ。平気だ、と伝えようとして挙げた右手は、まるで老婆のように力なかった。


「他当たるっちゅうがはどうですか?」


 ヘビの若い男が口を挟んできた。確かタカチホヘビだ。


「どういう意味け」


 ヒバカリが聞き返す。タカチホヘビは「はい、」とヒバカリの方を見て、


「ネコの皆さんは何にも頼らんとここまで来られたがでしょう。うち(・・)とそこの爺さん(・・・)以外からは全く話ぃ聞いとらんいうことですよね?」


 『うち』と『そこ』? 何を指しているのかとテンが訝った時、


「タカチ!」


 シュウダが声を荒らげた。見るとカメの連中の顔つきも変わっている。


「すみません。カメは『お(かしら)』って呼ばれんもんでぇ、自分も親しみこめて呼んだつもりやったがですけど」


 タカチホヘビはいやらしい目でオサガメが去っていた扉を見遣った。テンは事情を察する。


 先の赤子を背負った女の態度といい、タカチホヘビの物言いといい、おそらくヘビとカメは一枚岩ではない。シュウダの統率力が足りていない。


 今はこうして同じ駅で寝食を共にしているが、おそらくワシを討つまでの間だ。もしかしたらその目的が果たされる前でも、何かきっかけさえあれば容易に関係は瓦解するだろう。


「ヘビもカメも駄目やった。反対に言えばヘビとカメ以外はまだわからない。そういうことですよね?」


 タカチホヘビに水を向けられた。考え事をしていたテンは即座に答えられなかったが、代わって「確かに」とジャコウネコが頷く。


(ねえ)さんが言ってたもんだから、あたしらヘビのことしか考えてなかった」


 イシガメとクサガメ…、もうどちらでもいいか、イシクサガメが同時にジャコウネコを見た。その視線を受けてジャコウネコがカメたちに説明を始める。


「その当時ってそれぞれの駅の(おさ)が寄り集まって話し合いしてたんだよ。ここにいるのはヘビとカメ、その頃のネコは(ねえ)さんが代表で参加してたけど、(ねえ)さんはもういない。でもその他の駅の(おさ)を訪ねれば…」


「例えば?」


 ジャコウネコの提案に、アオウミガメが具体例を求めた。 


「トカゲは真っ先にワシに仕掛けて、駅ごとみんな潰さてる」


「それチドリじゃなかったっけ?」 


 その隣にいた別の女が言った。カメの女たちは口々に言い合い、ウミネコが目を伏せた。


「サルの奴らは方々に散ったんだったよね? とにかくどこも似たようなもんでしょ」


「駅として機能してるとこなんてもうほとんどないんじゃないかい?」


 ヒグマがカメの女たちに同意し、


「共食いし始めたのってどこだったっけ……」


 ツキノワグマがうろ覚えの知識を披露しようと試みて失敗をしていたところに、


「ウオや」シュウダが口を挟む。


「スズメはワシに下った。去年、謀反を起こすまでは安泰やったろうにの」


「謀反って?」


 シュウダの口から語られた知らない情報に、テンは目を見開く。 


「セッカやちゃ。スズメも随分抑圧されとったんやろの。セッカとその女どもがクマタカに謀反を仕掛けてワシの一部が手助けしたらしいぜ?」


 シュウダが饒舌に話し始めた。ウミネコが奇妙な顔で固まっている。 


「ワシが分裂したってことかい?」


 テンは身を乗り出して尋ねたが、


「未遂に終わった言う話や」


 そう上手くは進まない。 


「カエルに話は聞けないべ」


 イシクサガメの片割れが腕組みをして唸り、


「駄目そうだね」


 アオウミガメが言ってタカチホヘビを横目で見た。


「シュウダさん、」


 ウミネコがおずおずと挙手した。何か発言したがる時、ウミネコは時々その仕草をする。


「その、ワシの謀反って?」 


「スズメがワシと決裂したって話だよ。でも失敗したって聞いたじゃないか」


 テンはウミネコの話を終わらせようとする。これ以上脇道に逸れられてはかなわない。しかし、


「失敗って……、ヨタカはどうなったんですか!?」


 ウミネコは必死の形相でシュウダの前に歩み出た。


「ウミちゃん、『ヨタカ』って?」


 イシクサガメの片割れがウミネコに尋ねる。


「ヨタカっちゃあ…」


「ワシの名前やろ」 


 ヘビの男たちが囁き合う。その目は確実にウミネコの言動に疑念を抱いている。


「『ヨタカ』?」


 シュウダが鼻水を啜りあげながら首を捻っていたが、


「あんたワシと親密ながけ」


 ヒバカリがウミネコににじり寄った。


「この子は元夜汽車なの」


 テンはヒバカリとウミネコの間に割って入る。


「夜汽車としてワシに捕まって飲まれそうになってたんだよ。そこから逃げて今度はネズミに…」


 言いながらテンは気付いて、ウミネコに振り返った。


「あんた、ワシに世話になったとか言うのかい?」


「どういうことや!!」


 ヒバカリが物凄い形相で向かってきた。それを止めたのはシュウダだ。シュウダは昔馴染みの娘を贔屓し、ヒバカリを視線だけで下がらせた。


「ウミちゃんがワシ?」


 言ってイシクサガメの片割れが後ろの女に振り返る。シマヘビと言ったと思う。イシクサガメに見つめられたシマヘビは無言で首を横に振り、何故かシュウダの娘の方を見た。


「ウミちゃん、」


 シュウダに促されてウミネコは頷いた。

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