3-204 サン
女たちは武装はしていなかった。狩り合うつもりはないのかもしれない。だがその佇まい、顔つき、醸し出す雰囲気は、決して上品な淑女たちと呼べるものではない。
「あんまり前に出んじゃない」
スッポンがヤモリの腕を引く。子どもは駅の中に入っていなさいと言ったのに、いつの間にやらすばしっこい少女は母親の後を追って、こんな前まで出てきていた。
「なんか妙やのう」
「男がおらんぜ」
サキシマハブたちが小声で囁き合っている。
「戦う気はなさそうだけど」
アオウミガメがヘビの女たちに聞こえるように呟く。
「そうなが?」
シマヘビが驚いて振り返り、スッポンが頷いて見せた。
改札を固めていた男たちを下がらせて、仰々しくシュウダが前に出た。最前線で女たちに対峙していたトカゲの殺気が増したが、シュウダに片手で止められる。トカゲは不満そうにシュウダを見た後も、物凄い目付きで女たちを睨みつけた。
「トカゲ」
シュウダがやめろと言う。それでもトカゲは引き下がらない。
その様子を見ていた中年の女、おそらくはその集団の頭と思われる一番前に立っていた女が、鼻で笑ってシュウダを見た。前列を固めるカメの男たちは身構える。しかし、
「ずいぶん若いのを捕まえたね」
中年の女はにやにやとそんなことを言った。
「娘やちゃ」
それに応えるシュウダも頬を持ち上げる。
「ずいぶん大きな娘さんだこと」
嫌味か本音か、トカゲを指して女が言うと、シュウダがついに破顔した。
「相変わらずいい女やのう、テンさん」
「相変わらず口だけは上手いね、シュウダ」
シュウダが声をあげて笑う。中年女が目を細め、その後ろの女たちも歯を見せる。
「何あれ?」
「さあ……」
男たちの後ろに控えていた女たちは、内緒話とも呼べない声量で囁き合った。
「随分探したんやぜ?」
「探られて捕まるようには動かないさ」
「せやろのう」
目尻に皺を刻んで遠くを見るような顔をしたシュウダを、ヤモリが不思議そうに見上げた。
「ヤモリ!」
途端にトカゲが声を荒らげる。「お前は下がってろ!」言いながら娘の手を掴んで下がらせたが、
「トカゲ」
シュウダがトカゲを見ないで窘めた。
「客の前で騒がれんな。みっともない」
「客?」と、ひょっとこのような顔を突き出したイシガメに、
「ネコの姉さまたちだ」
シュウダは女たちを紹介した。
「ねえさ、ま?」
中年女を下から上までまじまじと見定めたイシガメの頭には、シュウダの無言のげんこつが落とされる。
「不躾ですまん」
中年女に申し訳なさそうに謝ったシュウダだったが、
「子どもはそれぐらいがちょうどいいよ。ねえ? ぼく」
女は意に介した様子もなく、イシガメに同意を求めた。頭頂部を押さえていたイシガメは周囲を見回し、ようやく『ぼく』と呼ばれたのが自分だと気付いて唖然とする。
「チャコちゃんも別嬪さんになったのう」
シュウダは比較的若い女に語りかけた。
「傷は? もう痛まんけ」
「はい」
チャコと呼ばれた女はにっこりと微笑み返したが、しかしすぐに怪訝そうにシュウダを見つめた。他のネコの女たちも同様にシュウダを見つめる。
「……カモメちゃん」
シュウダがうわ言のように呟いて歩きだした。ネコの集団が割れる。その一番後ろにいた女の前でシュウダは立ち止まり、
「………ウミちゃんけ?」
言って泣き出しそうな顔になった。
ネコたちがざわめいた。シュウダに正面に立たれた女は困惑している。シュウダは女に向かってさらに顔を突き出し、自分の鼻先を指でさして、
「覚えとらんけ? 昔一緒に遊んだにか! ほら、俺がウミちゃんのおばあちゃんに連れられて、ウミちゃんのおじいちゃんの診察に通って…」
「『変なお医者さん』?」
「せやちゃ!!」
女が思い出したように呟き、シュウダは声をあげて喜んだ。
困ったのはヘビとカメだ。イシガメは間抜けに口を開け放ち、ヤマカガシとクサガメも同じ顔で固まっている。女たちはひそひそどころか、ぺちゃくちゃべらべら憶測を口にし始め、ヘビの男たちはシュウダと一番懇意のヒバカリを質問攻めした。
その中で唯一唇を固く閉ざして直立不動でいたトカゲは、誰の目から見ても目立っていたのかもしれない。シュウダに思い出話を語られ続けて面食らっていた女がその存在に気付き、そして目を見開いた。
「シュセキ!」
女は叫ぶように声をあげた。シュウダを押し退け一直線にトカゲに向かってくる。イシガメとヤマカガシが見開いた目で顔を見合わせ、女の中ではシマヘビが弾かれたように背伸びした。
トカゲの前にたどり着いた女はしかし、トカゲを何度も見回してから、
「ごめんなさい。あまりに似ていたから……」
そう言って下を向く。けれどもすぐにまた顔を上げて、
「あの…!」
「こいつ『シュセキ』なの?」
女は何かを言いかけたが、イシガメが割って入った。
「こいつ見て『シュセキ』言うっちゅうことは…」
ヤマカガシも加わって女を挟みこむ。
「あんたもしかして……、ジュウゴって知ってるかい?」
イシガメが瞬きもしないで女に尋ねた。
ヤモリがトカゲの手を離れる。イシガメやクサガメと同じ顔で女の答えを待っている。女は自分を見つめる顔を見比べながら、
「ジュウゴって夜汽車のジュウゴ? 彼のことを知っているの?」
イシガメとヤマカガシが口を開けたまま固まって、固まったまま打ち震えた。
「あんた、あいつに会ったが?」
甲高い声で女に尋ねたのはシマヘビだ。いつのまにか最前線まで出しゃばってきていた。
シマヘビの勢いに気圧されながら女は頷く。
「あ……会った、けど…」
「「「いつ!!!」」」
リクガメ班の面々が一斉に言う。女はかなり怖がりながら、
「こ、ここに来る前……。な、夏…」
「「「夏ッ!!」」」
異口同音に叫ぶ男女に、ネコの女は後退りする。
「ってことはここ出た後か!?」
「せやろ! ってことは…」
「自分、ジュウゴが言っとった……」
「「「『サン』!!!」」」
リクガメ班の面々は、一斉に女を指差した。
「……う、うん…」
「夜汽車の!?」
小刻みにサンは頷く。
「ネズミにさらわれた!?」
サンは無言。辛うじて首を上下に振るだけだ。
「その子がネズミに絡まれてるとこを助けてやったんだよ」
向こうから中年女が言った。それを聞いたイシガメたちは強張る首をやっとのことで動かし顔を見合わせ、それから一斉に喜びを爆発させた。
「やった! あいつやった!!」
「こんなことってあるがけ……」
「すごいぜー!!」
ネコにもヘビにも他のカメたちにもわからない状況を、リクガメ班だけが狂喜乱舞する。よくわかっていないはずのヤモリも一緒になって喜んでいる。クサガメが先三日分の瓶詰を没収されるという話になり、シマヘビが困惑する女を抱きしめ、「なんかよくわかんねぇけどめでたいなあ!」とリュウキュウヤマガメが言ってカメたちが万歳三唱し始めたその脇を、隠れるようにしてトカゲがすり抜けた。