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15-201 げんきで

 地下に住む者の使う挨拶の一種だと言う。


「ヤモリがしていたんだ。ほら、こうすると矢印に似ていない?」


 ジュウゴは実際に頭の上で手を振って見せながら言う。睡眠以外のしばらく対面しない時間を設ける際に、相手に向けて見せる行為らしい。どの角度から見ても矢印には見えないけれども。


 シュセキは端末に保存した暗号に目を細めた。


「『シュセキ、ワン、仲良く、……』。僕とワンは仲良く距離を取れという意味か?」


「違うよ、反対だよ!」


 ジュウゴが頭の上で揺らしていた手を下ろして唾を飛ばしてきた。


「君とワンは仲がいいし、ワンはきっとここに戻って来たかったと思うんだ。おにいちゃんは『ワンを連れてここを出ていけ』と言っていたけれども、ワンが損傷したりしたら君を……」


 そこまで言ってジュウゴは唇を閉じて視線を泳がせ、


「とにかく、ワンの安全のためにもワンは君とここにいた方がいいと思うんだ」


 ジュウゴはそう言って頷いた。


 思うのは勝手だが決めるのは当のワンだろう。ジュウゴが出来るのは提案だけなのに、まるでそれが決定事項かのように思っている節があってシュセキは呆れる。


 シュセキはワンを見遣る。研究室に戻ってくるなり長椅子の下に入りこんですっかり目を閉じているが、眠ったわけではないだろう。


「思うのは君の勝手だ」


 言ってシュセキは立ち上がった。備え付けの戸棚を開け、腰から上を突っ込んで中を弄る。目当ての物を抱えると肩で戸板を閉めて、ジュウゴの前にやって来た。


「………何?」


 ジュウゴは見開いた目でシュセキを見上げる。


「持って行け」


 言ってシュセキは抱えていた物を床に置く。ジュウゴの右目に映ったのは、銃弾を装填する手間を大幅に削減した、いかつい小銃とその弾薬だった。破壊そのものを目的とする道具だった。


「ジュウイチを探しに行くのだろう? ここを出ていくということだろう。ならばネズミに遭遇するだろうしクマタカ以外の地下に住む者に再び襲撃されることもあるだろう」


「これは……」


 ジュウゴはいかつい小銃を指して顔を上げる。シュセキはずり落ちてきた眼鏡を指先で支えて、


「君も持っていただろう、小銃だ」


 簡潔に答えた。


「僕が持っている小銃とは違うよ」


 ジュウゴは顔を歪める。


「僕仕様だ。自動で銃弾を装填し続ける機能を追加した」


 ここまで言わねば理解出来ないのかと呆れながらシュセキは説明したが、ジュウゴは唇を噛みしめて首を横に振った。


「いらない」


 シュセキは目を細める。


「何故だ」


「足りている」


「それは持っていないだろう」


「これは必要無いよ」


 ジュウゴは拗ねたみたいに顎を引いて顔を背けた。


 普通の小銃よりも重量は増したが、普通の小銃よりも便利で簡易にネズミを静まらせることができるのに。これの利点に気づいていないわけではなかろうに、やはりジュウゴは理解力が低い。シュセキは呆れ顔で拒絶された自動小銃と弾薬を拾い上げると、再び戸棚を開けてそれらをしまい、代わりに古びた箱を持ってきた。


「これは?」


 ジュウゴが興味を抑えきれない顔で、横目使いに箱を見下ろす。


「銃弾だ。その型に合うものはこれしかない」


 ジュウゴは黙って箱を開ける。


「君にも必要なはずだ」


「……うん」


 気乗りしなさそうに、しかし曲げられない事実に頷いて、ジュウゴは小さく礼を言った。



 *



 コウの小銃とトカゲの短刀とシュセキから分けてもらった銃弾と缶詰を携え、日が落ちるのを待ってからジュウゴは研究室を発つことにした。

 目的はジュウイチだ。降車以来ずっと夜汽車への再乗車を願っていたジュウイチを探しだすつもりだ。もし仮に夜汽車に再乗車していれば、ジュウイチはすでに缶詰にされているはずだが、サンやナナという例外もある。全てにおいて可能性は常にある。目を凝らしても見つけ難いほどの僅かな可能性に、ジュウゴは賭けてみることにした。


 夜汽車の停車する駅であれば本線だというシュセキの助言に従って、線路沿いに進んでいくことにする。


「僕たちが降りたのは『ト線』だ。右手に進めば僕たちの大破した夜汽車があるだろう」


 最終列車の存在を知らないシュセキは言った。


「だったらその先はチュウヒの駅だ。イシガメたちの駅はどこかな」


 自分の歩いて来た道を把握できていないジュウゴはぐるりを見回した。それからぱっと振り返り、


「君もいつかイシガメとクサガメに会うといいよ! そっくりなんだ、『きょうだい』だよ」


 いまだに解明できていない『きょうだい』の話題を掘り返した。そして、


「トカゲ!」


 右目を見開いて大声を上げる。


「君にそっくりな奴がいるんだ、女子だけどね。でもそっくりなんだよ、性格とか目付きとか嫌な奴具合とか」


 憮然として目を細めたシュセキに、


「その顔!」


 すかさずジュウゴは指をさす。


「とにかく、コウとワンは似ていないけど、君とトカゲはそっくりだ。嘘だと思うなら君はトカゲに会えばいいと思うよ」


 興奮してまくしたてるジュウゴに、「思うのは勝手だ」と言ってシュセキが白い息を吐いた。


「なら左手に進むよ。こっちに行けば『本線』なんだろう?」


 ジュウゴは再び彼方を見遣る。カヤネズミがかつて教えてくれた単語をジュウゴが覚えていたことは奇跡に近い。


「いいか。その暗視鏡を使う時は…」


「『接触できない者と君の声は信用しない』」


 最終確認をしようとしたシュセキを遮ってジュウゴが言い、得意顔で口角を持ち上げた。


「……虚像か実像かの確認はとれ。だが僕の声が真に僕の声かアイが捏造した音声かは…」


「『確認のしようがないものはとりあえず信じるな』だろう? わかったって。何度も聞いたから」


 ジュウゴはまたシュセキを遮って声を張る。シュセキは目を細めて、


「……真に僕の声である可能性も常にあるのだから、その都度君はその真偽を判断しろ」


 わざと意地の悪いことを言ってジュウゴを混乱させることにした。


「ど、どうやって?」


 わかりやすい判断基準を否定されたジュウゴは途端に慌てる。それを見てシュセキは顎を上げ、


「精々アイに誘導されないよう気を払え」


 満足そうに言い放った。


 「そんな……」と言って肩を竦めるジュウゴは視線を泳がせる。こういう場合には常に、慰めるかさらに追い打ちをかけるかしてきた三番目の存在は砂の下で眠っているのに、無意識で探しているのは癖だろう。


「とりあえず全部疑うように頑張るよ」


 とりあえずは全てを信じて飲みこむ男が、出来もしない誓いを立てて肩を丸めた。それから視線の先にいたワンを思い出して腰を屈める。


「シュセキは性格が悪くて目付きも悪くて意地悪で最悪だけど、その……、お願いします」


「何をだ」


 憮然としたシュセキを尻目に、ジュウゴはワンに頭を下げた。


「それじゃあ、行くよ」


 ジュウゴは立ち上がりシュセキに言う。


「おにいちゃんの約束もあるからまた来るよ」


「君が君の力のみでここに再びたどり着ける可能性は限りなく無に近く低い」


 シュセキはジュウゴの嫌がる事実を述べてから、


「質問があればそれ(・・)を使え」


 ずり落ちてきた眼鏡を指で支えながら、ジュウゴの左腕の機械を視線で示した。しかしジュウゴは、


「君が僕の質問を答えられるわけないだろう? 君はいつも『理解不能だ』と言ってそっぽを向いてその都度ジュウシが僕の質問を君にわかるように意訳してくれていたじゃないか!」


 もう頼れない砂の下の存在を指しながらまくし立てる。シュセキは憮然として眼鏡の奥で目を細めた。


「君がまともに言葉を紡げないのが問題なのだろう。君以外の者からの質問で僕が回答出来なかったことはない」 


「君が僕の質問を読み解けないのが問題なんじゃないか! ジュウシは大体すぐにわかってくれたよ。トカゲだって…!」


「君からの暗号を見せるためだけに毎回彼を砂から出せと言うのか」


「そんなことするなよ! そういう意味じゃないよ! だからそうじゃなくて……!」


 ジュウゴは頭を掻き毟った後で、


「もういい!」


 叫ぶように怒鳴ってシュセキとワンに背を向けた。


 しかし背を向けてしばらくすると、再びこちらを振り返り、


「忘れてた! シュセキ、ワン、『げんきで』!!」


 言って地下に住む者たちの挨拶を体現した。


「あれが矢印に見えるか?」


 彼方で手を左右に振るジュウゴに、シュセキは細めた目を向ける。足元のワンが耳を寝かせて肩身が狭そうに見上げてきた。シュセキも呆れたように息を吐く。


「何を言っても何も理解しないしすぐに怒り出す。どこから引いて来たのか突飛な理由で定説を批判するが代替案があるわけでもない。確信もないのに他者の意見に疑問を投げつけるわりには、こちらの疑問には一切答えられない。昔からそうだ」


 ジュウゴの特性を並べているうちに、シュセキは情けなくなってきた。大体ワンとコウヤマキは『きょうだい』なのだ。イヌマキの日記に書いてあったのだから間違いはない。それなのに。


 そうなのだけれども、


「でも彼が缶詰になっていなくて良かったと思う」


 それもまた事実だった。


 ワンが顔を上げた。シュセキはその目の中をじっと見つめる。「そうだな」と同意して口の端を持ち上げる。


「ああ、頼む」


 ワンが走りだした。あの速さならばジュウゴにもすぐに追いつくだろう。シュセキは遠ざかる二つの影を見送った。

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