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15-200 ゆらぐ

夜汽車(ぼくたち)を缶詰にしようとしているのはアイじゃないよ?」


 何を言っている。


「僕たちを缶詰にするのは地下に住む者だ、チュウヒたちだよ」


 何の話をしている。


「僕たちが乗っていた夜汽車は地下に住む者に襲われたんだ。だからあのまま乗っていたら……、乗っていたゴウやニイやあの時降車しなかった他の皆は、あの後缶詰にされたんだよ」


 ジュウゴは俯きながら顎を引く、両手の拳を握りしめて。


「ハツたちはそれを知っていたから夜汽車を停車させたんだ。僕たちを地下に住む者から逃がしてネズミにするために、夜汽車から降車させたんだよ」


 砂を見つめて話し続けるジュウゴをシュセキは信じられない気持ちで見つめていた。


「ハツは他の皆も全員降車させるつもりだったんだと思う。でも、間に合わなくて。地下に住む者が来てしまってナナが持っていかれて……。

 でもだからと言って地下に住む皆のことも責められないんだ。だって彼らだって缶詰が必要だから。イシガメたちは瓶に詰めていたけれども要は同じだ。僕も飲んでいたし君だって…」


「君はアイを何だと思っている」


 シュセキはついに口を挟んだ。挟まずにはいられなかった。


 ジュウゴの言うとおり夜汽車を飲むのは地下に住む者たちだ。おそらくクマタカもそれにあたる。その証拠にクマタカは缶詰を余すほど持っている。定期的にここを訪れ、置いていくほどに。


 だがその地下に住む者たちに夜汽車を送り込んでいるのはアイだ。


「アイはアイだよ。地下に住む者でも夜汽車でもない、僕たちとは違うけれども僕たちとよく似ていて、アイはアイ以外の何者でもないだろう?」


 ジュウゴは右目を瞬きしながら微かに首を傾げて言う。


「アイが必要なのは電気だ、缶詰じゃない。だからアイには僕たちを缶詰にする理由が無いし缶詰が必要なのは地下に住むもの…」


「地下に僕たちを送りこむのがアイだ」


 シュセキはジュウゴを遮った。


「アイは地下に住む者に使役されている。ジュウシとサンと共にその現場を見た、間違いない。アイは僕たちを彼らに飲ませるために夜汽車に乗せていたのだ。

 君にもあの時話し聞かせただろう。ジュウシがサンを誤解して『サンが僕たちを地下に誘導した』とまくしたてた時だ。あの時、君も納得しただろう。アイが地下に住む者に使役させられていると、アイは僕たちをずっと監視して誘導していたと、アイが僕たちを捕らえるために地下に住む者を呼びとせたと!」


 一気に説明してシュセキは息を吐き、眼鏡を外して両目を手の甲で揉みほぐした。


 腹が立ち過ぎて疲れていた。久しぶりに顔を見たジュウゴは自分の知らない知識と語彙を増やしていて、驚きと共に腹立たしさもありつつほんのわずかに感心もしたものだが、記憶力と理解力は素晴らしく低いままだった。あんな衝撃的な出来事を忘れているとは。こんな怖ろしい事実を理解していなかったとは。


 ジュウゴは頭の中の記憶を引き出しているのか、斜め上を見上げながら瞬きを繰り返している。その手はもちろん側頭部を掻いている。それから「うん……」と誰に向けたかも定かではない相槌を打った。


「確かにチュウヒのいた駅で、君はそんなことを言っていたね。『アイが僕たちを誘導した』のくだりは思い出した」


 思い出さずに覚えておけ、シュセキは憮然として目を細める。


「でもそれって僕たちを会わせてくれるためだったんじゃないのか?」


 その細めた目をさらに細めて、クマタカのように眉根と鼻筋に皺まで寄せて、


「『僕たちを会わせる』?」


 シュセキはジュウゴを睨めつける。


「だってあの時、ナナを探しているうちに僕たちは離ればなれにはぐれただろう? あの時は確か僕とジュウイチがナナを見つけて、君とジュウシがサンを見つけて、けれども僕たちは二手に別れてしまって。

 アイは別れてしまった僕たちを一同に会させるために手助けをしてくれたんじゃないのか?」


 シュセキは唇を閉じる。


「それにアイは僕たちを地下に住む者から守ってくれていたじゃないか。夜汽車に乗車中は、僕たちはずっと安全に暮らしていられたわけだし…、」


「だからそれは!」


 まだ時期ではなかっただけだ。最終的に夜汽車は地下に住む者に差し出されることが決まっていたし、それを決めたのはアイだとシュセキは言おうとしたのだが、


「…ハツたちが乱暴に夜汽車を停車させた時だって、『伏せてください』と言ってアイが覆いかぶさってくれなければ、きっと僕は夜汽車の天井の下敷きになっていた。ハチがそうなってしまったけれども僕もだったかもしれないんだ」


 ジュウゴはシュセキの横やりを許さずに、一息に持論をまくしたてた。そこで少しだけ俯き、


「だってジュウシがそう言っていた」


 言って唇を噛みしめた。


 確かにジュウシはそう言っていた。だがそれはジュウシがアイを信頼し過ぎていたためだ。あの時のジュウシは非常に苛立っていたし、何かにつけてサンを口悪く罵っていたし、全ての責任をサンになすりつけようとするなど少々常軌を逸していた。


 無理もない。ジュウシだけではない。皆同じように動揺し困惑し右往左往していた。だからそんな状態の時の思考や言葉には大いに誤りがあることも多いわけで、そういう時は普段の精神状態の時に改めてその問題を再考してみた方が良いし、その時に得られた結論の方が正しいことも多い。


 けれどもジュウゴは再考しない。あの時から随分時間が経つし考える時間だっておそらくはあったはずなのに、混乱した状態の時に導きだしたその場しのぎの考えをいまだに大事に抱えている。そしてジュウシも何も言わない。ジュウシはアイのこととなると一切口を閉ざす。


「だがアイは、」


 嘘をついていた。事実を隠していた。シュセキが抱いた疑問は軽く笑顔であしらわれ、正面から真剣に尋ねた質問は煙に巻かれておざなりにされた。


 だからアイの前では話せなかった。思考を書き変えられる恐れがあったから。用意された答えに満足させられているうちに、思考という行為そのものを無くしてしまいそうだったから。彼女のように。


 シュセキはそう告げようとした。ジュウゴにも気付いてもらおうと試みた。しかし、


「僕は、アイは…には、凄く大切にされていると感じていたよ」


 ジュウゴは頭を掻かず首も傾げず、黒目がちの右目で真っ直ぐにこちらを見つめて訴えてきた。


―アイは皆さんが大切です―


「だからそれは……、」


 最終的に僕たちを地下に提供するために。


―あなたが苦しむ姿をアイは見ていられません―


 唇を固く閉じてシュセキは顎を引いた。


 ずり落ちてきた眼鏡を指で支える。ジュウゴに壊されてからすぐにずり落ちてくる煩わしい体の一部は、機械類と違って作り直すことができなかった。研究所にあった硝子を削ってみたりしたこともあったが、どれもしっくりこなくて、結局アイからもらったこれを使い続けている。そうだ、アイがくれた物だ。


―お前は缶詰の中身だ。アイはお前たちをト線に送り俺たちはお前らを飲んでいる―


 クマタカから聞かされたアイと夜汽車と地下の関係は、それまで抱いていたシュセキの疑問を解消するのに十分だった。辻褄が合ってしまったのだ。納得できてしまった。長らく隠し持っていたアイへの不審は確信に変わり、降車できた偶然と強運に感謝した。それと共に、自分たち以外のおそらく缶詰にされたであろう他の生徒たちには何とも言えない罪悪感を抱いた。そしてクマタカの提案を受け入れ、アイを排除することにした。


 だが、シュセキは眼鏡を外す。壊れかけた眼鏡を見つめる。


 だがジュウゴの考えを完全には否定しきれない自分もいた。アイは僕たちに嘘をついていたけれども、ジュウゴの言うとおりアイからもらった物も少なくない。


―あなたは本当に知識欲が旺盛ですね―


 褒められた時はもちろん、


―お見事です―


 嬉しかったのも事実だ。



「確認するしかないな」


 言ってシュセキは眼鏡をかけた。


「確認するって何を?」


 ジュウゴが首を傾げて、シュセキは眉をひん曲げる。 


「だから十数秒前のことを忘れるな。君が言ったことが正しいか否かをアイに問い質すということだ」


「これで?」


 言ってジュウゴは暗視鏡を指差す。しかしシュセキは「いや」と首を横に振る。


「僕から直接アイに聞く。アイは君に虚像を見せて誘導しているのだ。つまり君を騙す意図が少なからずあるということだ。さもなければ初めから誰かの真似などせず、アイ自らが君に直接語りかけていただろう」


 「騙すって……」と右目で義眼を見るジュウゴから顔を背け、「それに、」と言ってシュセキは眼鏡を押し上げる。


「君を介して話しなどしてみろ。絶対に伝言は失敗し無意味な時間を浪費することになる」


 それにやはり、ジュウゴは隠れていた方がいい。万が一ジュウゴの考えが誤りだった場合、彼の身の危険は計り知れない。


 「伝言くらいちゃんと出来るよ!!」と地団太を踏むジュウゴを尻目に、シュセキは先ほど受け取った暗号を端末の画面に表示させた。


「ところで最後の矢印は何だ」


「矢印?」


 向けられた端末の画面を覗きこみながらジュウゴは首を傾げる。


「五分前のことくらい記憶にとどめておけ。先ほど君が送って来た暗号だ」


 ため息まじりに首を横に振ったシュセキに、ジュウゴは「ああ」と言って頷いた。

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