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15-199 勘違い

「ジュウイチ!!」


 そうだ。すっかり忘れていた。


「彼はどこにいるんだ!?」


 声を上げて顔を上げて、眩しさに驚いて義眼を手の平で覆い直して、ジュウゴはシュセキとワンに背を向けた。


「探さないと!」


「君が彼にそれほど会いたがっていたとは知らなかった」


 シュセキは淡々と言う。


「別に会いたくはないよ! でも生きているかもしれないじゃないか!」


 ジュウゴは大声で叫んだが、


「会いたくないならば会わなければいいだろう。僕は彼に会いたいとは思わない」


 シュセキは冷めている。


「そういうわけにもいかないだろう……」


 シュセキの薄情さに呆れかえりながらも、ジュウゴは仲間の生存を祈った。


「僕、ジュウイチを探しに行くよ」


 ジュウゴは義眼を覆ってシュセキを見る。


「そうか。好きにしろ」


 シュセキは端末を叩きながらこちらには目もくれない。


「君だって少しくらいジュウイチのことを思い出してやっても…」


 言いかけたジュウゴだったが、「うわ!」と声を上げて上半身を後ろに引いた。突然視界に数字が浮いて現れたのだ。


「見えたか」


 シュセキが顔を上げる。


「な、なんか出てきた」


 ジュウゴは困惑する。


「何と出た」


 シュセキは興奮に目をぎらつかせて差し迫って来たが、


「何か出てきたけれどもすぐに消えたからわからなかったよ」


 戸惑うジュウゴの返答に目を細めて憮然とした。


「君に記憶力を期待した僕も愚かだったが注意力すら欠如している君が悪い」


「なんでそこまで言われなきゃいけないんだよ……」


 突然奇妙な事象に襲われて、理不尽に侮辱されて。ジュウゴは呆れ過ぎて怒る気にもなれない。


「これならどうだ」


 シュセキが言って端末をわざとらしく叩いた。次の瞬間、再びジュウゴの視界の中に数字と記号の羅列が現れる。


「『一』、『五』、『=』、『↓』、『↓』。……どういう意味?」


「表示時間を三秒にした。これならば君の注意力でも捉えられるだろう」


「じゃなくてどういう意味?」


 ジュウゴは何となく嫌な感じがしてシュセキに暗号の意味を再度尋ねた。シュセキは息を吐きながら眼鏡を押し上げる。


「『ジュウゴは能力が低い、全てにおいて低い』」


「どこにも『能力』なんて入ってないだろう!!」


 あからさまな悪口に怒鳴り声で返した。


「君の発想に合わせて暗号を打っているのだ。理解出来ないでどうする」


「もう少しわかりやすいのにしてくれよ!」


「これ以上どうやって程度を下げろと言うのだ」


「だったら!」


 言ってジュウゴは左腕の機械を叩いた。シュセキの端末に数字と記号が表示される。


「……『(シュセキ)()()()(やつ)』。これはクマタカが言っていた語呂合わせだ。単純すぎる。もっと君らしく程度の低い暗号を打ってみろ」


 悔しそうに歯ぎしりするとジュウゴはその場から駆け出し、だいぶ距離を置いたところで立ち止まって左腕を覗きこむようにして背を丸めた。しばらくするとシュセキの端末に暗号が表示される。


 『〇』、『一』、『∞』、『↑』。


「『ワン』、『シュセキ』、……『共に』? いや、『仲良く』、……」


 シュセキは足元のワンにも端末の画面を見せた。


「後半、特に最後の矢印の意味が皆目見当もつかない。君はわかるか」


 ワンがシュセキを見上げてきた。


「僕もだ」


 言うとシュセキは端末を操作し、それを顔の近くまで持ってきて、


「最後の矢印はどういう意味だ」


 端末に向かって語りかけた。彼方でジュウゴの悲鳴が聞こえる。全身で右に傾き、たたらを踏んだジュウゴは、その足で今度はこちらに駆け戻って来た。


「なな、なんか頭の中で君の声が響いたんだけど!!」


「これか」


 シュセキが再び端末に口を近付けて言うと、ジュウゴは「ぅわあ!」と体を捩った。


「何これ、何!? 気持ち悪い!!」


「こちらも上手くいったようだ」


 義眼を左手で覆いながら右目を涙目にして訴えるジュウゴになど見向きもせず、シュセキは手の中の端末を満足そうに見下ろす。


「上手くいったって何? 何の話…」


「アイが君に虚像とありもしない誰かの声を聞かせていると言うから、僕も君に僕の声を聞かせてやろうと思った」


「聞かなくてもいいよ別に! 聞きたくないよ!?」


 シュセキの意図が全く分からなくてジュウゴは必死に首を横に振る。


「どうせ君の視覚と聴覚はアイに弄ばれているのだ。そこに多少僕が手を加えたとてさして差し支えないだろう」


「差し支えたよ! 君は僕を何だと思っているんだ!」


「ちなみに君の声は僕には聞こえない。何か言いたいことがあればそれを使え」


「何その不公平!?」


「当然だろう。君の声が僕の頭の中に響くなんて不快極まりない」


「その言葉、そっくりそのまま君に返すよ!!」


「暗号よりもこちらの方が手っ取り早い時もあるだろう」


 言いながらシュセキは端末の電源を落とした。促されてジュウゴも義眼の電源を切る。


「今の会話もやり取りも全てアイは見ているだろう」


 シュセキが声色を変えて言った。ジュウゴも顎を引く。


「君はこれからアイが再現した僕の声を聞くだろうし、アイが僕のふりをして作った暗号も見ることになる」


「だったら全部意味が無いじゃないか!」


 何のための話し合いだったのかとジュウゴは愕然としたが、


「意味はある。アイは今の(・・)僕たちのやりとりを真似するはずだ」


 シュセキが睨むようにしてジュウゴを見据えた。


「アイは君を指す時『一、五』と表示するだろうし、僕のことは『一』とする。僕の声で突然君に語りかけたりもするだろう」


 全て今、シュセキがしたことだ。


「だから僕はそれらをしない」


 シュセキの決意表明にジュウゴは唾を飲み込む。


「君を指すのに『一、五』と表示したらそれはアイだと思え。君から何かを発信してこない限り僕から語りかけることもしないから、僕の声が突然聞こえたらそれもアイだ」


「だったら君が僕を指す時はどんな数字を使うつもりなんだ?」


 ジュウゴの問いかけにシュセキは肩で大きく息を吐き、


「それを決めてしまえばすぐにアイに気付かれて模倣されるだろう。その都度変えればいい。君が言ったのだろう? その時そう感じた物で表現すればいいと」


「そうだけれども……」


 言いながら不安げにジュウゴは頭を掻いた。


「そこまでしてアイに隠さなきゃいけないことって何なんだ?」


 ジュウゴはまだ、シュセキやクマタカたちの意図を理解していない。


「君だ」


 シュセキは答えた。握りしめられた端末が小さく軋む。


「僕? どうして…」


「アイに見つかれば君は缶詰になるのだぞ」 


 シュセキは低い声で言った。眼鏡の奥の目は怒りさえ湛えている。


「アイが僕たちの会話や行動を監視していたのは僕たちを缶詰にするためだったのに、君はまだアイを信用しているのか」


 言われてジュウゴは右目を瞬かせる。


「アイは間違いなく君を誘導している。ここに君が来られたのはワンのおかげもあるかもしれないが、もしワンがいなければ君は真っ直ぐに駅に向かっていたはずだ。そして缶詰にされていたはずだ。そうさせないための予防策で抵抗で当然の措置だろう」


 ジュウゴは圧倒される。


「君は非常に缶詰にされやすい立場にいるのだ。それを回避するためにはアイの監視の目を誤魔化し掻い潜り隙をついて電波の届かない場所に隠れるのが一番だが君はその暗視鏡を使い続けると言う。ならば何としてでもアイを欺き続けるより他に方法は無いだろうッ!!」


 最後の方は怒号に近い叱責だった。


 ジュウゴは下を向く。そこまで思われていた事実に動揺し、同時に目の奥が痒くなる。あの時と同じだ。トカゲに接触で慰められた時と同じ嬉しさだった。


「ごめん」


 素直に詫びた。


「ありがとう、シュセキ」


 自分のことを思ってくれていた優しさに感謝した。


「別に何もしていない」


 シュセキは顔を背けて不機嫌そうに否定する。


「でも、」


 ジュウゴは頭を掻きながら口籠る。「何だ」とシュセキに促されてようやくその手を下ろし、


夜汽車(ぼくたち)を缶詰にするのはアイじゃないよ?」


 努めて下手から、おずおずと様子を見つつ、単刀直入にジュウゴはシュセキの勘違いを正そうと試みた。

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