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15-196 分析

 義眼男の話を分析すると、男が見聞きした幻覚幻聴は全て同じ夜汽車内の仲間だったと考えられる。


「何のために?」


「君を誘導するためだ」


 夜汽車の男の疑問にマツが仮説を唱えた。


「恐らくアイは君が線路沿いにいた際にその暗視鏡に干渉した。線路は電波が強い。君は今、アイと融合していると思え」


 「融合……」と驚愕しながら夜汽車の男は右目で義眼を見る。


「君が見た光景や周囲の音及び君の声から、アイはその暗視鏡の持ち主はすぐに君だと認識したはずだ。そしてアイは夜汽車を降りた僕たちを探し、夜汽車に再乗車させようとしている」


「だからアイは……」


 夜汽車の男は何度も頷きながら視線を落とした。


「しかし君は地上を動き回る。おまけに暗視鏡の電源を切っている時間もある。そうなるとアイは君を探しにくい。ネズミを遣わせるにしてもどこに探しに行かせるべきかもわからない。君が暗視鏡の電源を切っている間は、アイからしてみれば君が目の前から消えるようなものだからだ。


 だから反対に君から探してもらうことにした」


「僕から探す?」


 頭を掻きながら首を傾げた男に、マツは目を細めて説明を続ける。


「君に皆の姿や声を見聞きさせれば、君はそれを追いかけるだろうことをアイは知っていた。そうやってサンやハチをちらつかせて君を駅に誘導していたのだろう」


 「駅……」と呟く夜汽車の男は、ちらりとクマタカを見たが、


「本線の方の駅だな」


 クマタカはマツにそう確認を取った。


 『駅』と言っても本線とト線上では用途が違う。ト線の駅は地下に住む者の居住地として使われているが、本線上のそれはネズミの根城として使われていることをクマタカは既に知っていた。しかし、


「缶詰や飲料水を積みこむためにしばし夜汽車は駅に停車していただろう。そこに君を向かわせて缶詰と共に君を再乗車させようとしたのではないかと考える」


 マツの言う『駅』は、クマタカの知る物とはまた違った用途で使われていたらしい。


「でも、」


 夜汽車の男が胸と顔を突き出した。


「でも僕は、大体いつもワンの後を追って歩いていたんだ。だから…」


「サンの姿が見えたらワンを置いてそちらを追いかけたのではないのか? 暗視鏡の電源を切ってサンが見えなくなったら行くべき方角を見失い、その後はワンに助けを求めていたのだろう」


 威勢よく言い返そうとした夜汽車の男だったが、マツの憶測の前に下を向く。


「つまり君がその暗視鏡の電源を入れれば、再び夜汽車の誰かが現れて君に後を追わせ、結果的に君は駅に誘われて見事夜汽車に再乗車できるというわけだ」


 祝福でもするような口振りでマツは男に言い放ったが、


「そっか。アイは僕を探していたんだ……」


 男はマツの皮肉に全く頓着しなかった。


「だから君は今後、その目に映る物が虚像か実像かを見極めていかねばならない」


 上の空の男の注意をマツは引き戻す。


「夜汽車の皆以外の者たちは実際に存在する実像だ。だが夜汽車の誰かが見えたり聞こえたりした時はアイによって作られた虚像であることを疑え」 


 マツの眼力の前で男は肩を竦めた。


 ワシの駅以外では、アイは地下に住む者たちを『登録』していない。未登録の者たちの映像や声音を作りだすことはアイにも不可能ということか。もしくは夜汽車の男を誘うためなのだから、男の知らない者のそれらを作りだす必要が無いだけかもしれないが。


「そして虚像か実像かの見分け方を君は知っているだろう?」


 マツは男を鋭く見る。しかし男は気の抜けた顔を横に倒して頭を掻いただけだ。


「触れるか否か、か」


 クマタカの呟きにマツが頷く。夜汽車の男もようやく理解したようだ。


「君がその暗視鏡の電源を入れている間に見聞きした夜汽車の皆の姿や声は、大方全て嘘だと思っておけ」


 マツの注意に、 


「ネズミも幻である可能性がある」


 クマタカも付け加えた。


 例えネズミが数種類存在し、それぞれが目的を違えていたとしても、ネズミである以上は塔に住む者である。塔と関わりがある以上、アイに登録されていると考えておくに越したことは無い。


「……つまりええと、接触できれば信じていいんだね?」


 男は頭から手を離し、全てを集約して最も単純な判断基準に落としこんだ。


「だがマツ、万が一アイに干渉されているにもかかわらずこいつが気付けないまま、お前と話をしていたらどうする」 


 クマタカはマツに懸念を伝える。


 この男ならば多いにあり得る気がする。例えば電源を切り忘れて会話をするとか。


「……どういうこと?」


 夜汽車の男がマツに小声で耳打ちすると、


「アイは君の発する一言一句を聞いているということだ」


 マツは淡々と答えた。


「それじゃあ僕はこれから何一つ発言できなくなるじゃないか!」


 男はのけ反って驚く。驚いてからまた、ふと動きを止め、


「ねえ、なんでアイに僕が一言一句を聞かれては駄目なんだ?」


 黒目がちの丸い右目で瞬きした。


 クマタカは義眼の男を唖然として見つめる。何故こいつはここまで生き延びてこられたのか、危機感をまるで持ち合わせていないふやけた顔に困惑した。夜汽車である男がアイに感知され、ネズミに捕まるということが何を意味しているのかまるで理解していないようだ。仮にそうなることが防げたとしても、アイに干渉されているのだ。もう少し何かないものだろうか。こんなものなのか?


 こんなものなのかもしれない、とクマタカは視線を落とした。


 夜汽車として、男の感覚は当然のものなのかもしれない。夜汽車内ではおそらくそれがごく普通のことだったのだろう。電気を使っている間、アイは常にこちらの会話を聞き、行動を観察し、時には口を挟んできて要らぬ世話を焼いたりする。それを『便利だ』と喜ぶ輩はワシの駅にも溢れているが、クマタカはいまだに受け入れられない。


 気持ち悪い。塔に住む者や夜汽車たちの気が知れない。あんなものに四六時中監視されていると思うと何も出来ない、何も言えない、発狂しそうになる。


「アイに僕たちの動向を探られないようにするためだ」


 だから同じ感覚を持つ者が自分以外にもいたことは、クマタカにとって幸運と呼べる出会いだったと言えるかもしれない。


 マツの答えに夜汽車の男は首を九十度近くまで傾げた。


「アイが僕たちを見守るのは当たり前じゃないか」


「夜汽車ではそうだった。だがここは地上だ」


「確かに砂の上にはアイはいないよ。でもこの研究所なら電気があるしアイだっていられるだろう?」


 言ってから夜汽車は、


「なんでアイを呼ばないの?」


 暖炉の火と使われなくなって久しい照明器具を見回した。


「先から君は『アイの侵入をさせない』とか『アイはいない』とか、まるでアイを避けているみたいじゃないか。どうしてわざわざ炎を使っているんだ? 電気を使えばいいだろう。なんでそんなにアイを疎ましそうにするんだ? 失礼じゃないか」


 馬鹿かこいつは。無垢に首を傾げる夜汽車の男にクマタカは言葉を失う。


「疎ましいわけではない。ただ信用に欠けるだけだ」


 疎ましいわけではないのか。クマタカはマツの本心を知る。


「『信用に欠ける』?」


 首を傾げながら疑問を口にした男を見ないでマツは、


「アイがいない場所がほしかった。それだけだ」


 ごくごく小声で本音を呟いた。


「君って本当に意味不明だ」


 夜汽車の男が呆れ声でぼやく。


 ぼやいてから姿勢を正し、


「それじゃあ僕は君のために(・・・・・)アイに隠れて君と会話をすればいいんだね?」


 恩着せがましく男は言った。


「そうだな」


 クマタカも元夜汽車たちの会話に参加する。


「お前はその義眼を使っている間は一切声を出すな。見聞きする物は常に全て虚像か否かの確認を取れ。それから…」


「その必要はない」


 物覚えの悪そうな男に懇切丁寧に説明していたところを、マツに邪魔された。クマタカは眉根を潜めてマツに振り返ったが、


「彼に『声を出すな』とか『確認業務を怠るな』とか、そんな高等技術を要求することは限りなく不可能だ」


 マツは男を白い目で蔑みながら眼鏡を押し上げた。高等技術というほどでもないと思うのだが。


「ぼ、僕にだってそれくらい…!」


「もったいぶるな。案があるなら早く言え」


 クマタカは雑音を無視してマツに意図を尋ねる。マツは眼鏡を押し上げる手から覗く口元を微かに持ち上げた。


 *


 自信満々のマツの秘策にクマタカも期待を募らせたのだが、何のことは無い。平たく言えば、


「……それは暗号と言ってだな、」


 ごくごくありふれた作戦だった。

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