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15-195 心当たり

「『ネズミは二種類いる』?」


 夜汽車の男がそんなことを口にした。


「どういう意味だ」


 クマタカは思わず尋ねる。威嚇に近い詰問に聞こえたのかもしれない。案の定、夜汽車の男は自分に怯えて体を強張らせつつ、


「サン……じゃなくてウミが言っていたんです。『ネズミは二種類いる』って。

 さ…ウミを持ち去ったのはここに来た非情なネズミです。ネコはネズミは狩るべき物だと言っていまし…」


「ネコ!?」


 クマタカは三度素っ頓狂な声をあげた。二つの驚いた顔にも無頓着に、クマタカは夜汽車の男をまじまじと見つめる。


 ヘビとかカメとかトカゲとか。ネズミと繋がりがあることは百歩譲ってあり得るとしても、この男はネコとも繋がっているという。先はワシの名前を口にしていたし、一体どんな経歴を持てばこのご時世にそこまで方々と関係を築けるというのか。


「……お前は、見た目によらず顔が広いな」


 呆れに近い感心を抱きながらクマタカは呟いたが、


「僕の顔面の面積はそれほど大きくはないと思うんですけど……」


 夜汽車相手に慣用句を使ってはいけない。


「サンがそう言っていたのか」


 マツが男に尋ねた。男は頷きマツを見る。


「さ…ウミが言っていたよ。もしそれがそうならこれにも説明がつくんじゃないかな」


「サンの話が聞きたいところだ」


 マツが呟くと、


「ウミだって!」


 男が訂正した。マツはあからさまに嫌悪感を全面に出した顔で、


「どちらでもいいだろう。彼女は彼女だ。彼女が彼女以外の何者かにならない限り、呼び方など何でもいい」


 男を黙らせた。


「……だったらサンで」


 男が唇を尖らせてもごもごと言った。


 クマタカは両手の指を絡ませる。胡坐のまま背を丸めて考え耽る。


 元夜汽車たちの仮説が正しければ、ネズミには目的を別にした二派が存在するということになる。一方は普通のネズミ、アイの命令に従ってマツを探しにここに来るネズミ。


 そしてもう一方は、夜汽車の子どもたちを夜汽車から逃がしたネズミ、アイの命令に背いたネズミ?


 そんな輩が存在するだろうか、クマタカは眉根を寄せる。そんなことをして連中に何の得がある。アイの命令に背くとはつまり塔を捨てることを意味するはずだ。あれほどの技術と電気を有する場所を離れてまで手に入れたいものがあるとでもいうのか。


―俺はあいつが喜ぶならそれでいいんだ―


 クマタカは雨戸が閉じられたままの窓に目を遣る。


 イヌマキたちはコウヤマキが生きられる場所を求めて塔を離れた。なぜなら塔にはコウヤマキの『席』が無かったから。塔では新しい命を迎えるのもアイの許可待ちだから。誰かの死があってようやく存在を許される別の命、誕生、子ども。


夜汽車(こども)に手ぇ出すなって言ってんじゃん!―


 クマタカはマツたちを見た。元夜汽車たちは互いの意見を交換している。義眼の男の言い分をマツが完膚なきまでに論破して、見下し蔑み落ち込ませている。


 あの時、あの化け物ネズミは夜汽車を襲うなと憤っていた。地下に住む者(じぶんたち)が夜汽車を飲むのをやめればそれで済むのだ、と。


 あのネズミの目的が地下に住む者(じぶんたち)から夜汽車(こども)を守ることだとしたら、マツたちを夜汽車から降ろしたネズミの行動とも目的が一致する。そしてマツを探しに研究所に群がるネズミとは一線を画している。後者はアイの命令を遂行しているのだから、前者はアイの命令に背いた一派ということか。


―あいつの嘘なんてどうっでもいいんだよ!―


 アイの嘘。ネズミの出自か、塔と地下の関係についてか。いずれにしろあの化け物は何かを知っていた。


―アイから何聞いた。どこまで知ってる―


 その仲間も何かを知っていた。知ろうとしていた。


―アイは俺たちのことを何だって…―


「……あ」


 クマタカが突然、間の抜けた声を発したから、元夜汽車たちはぎょっとして顔を見合わせた。


「確認するしかないな」


 仕切り直すように言ったマツの声にクマタカは顔を上げる。


「確認するって?」


 質問しかけた夜汽車の男はしかし、「ハツたちに直接聞くってことだね!」とその答えを自ら見つけ出した。こいつはいちいち口に出して尋ねる前に、頭の中でまず考えることを身につけるべきではないか、とクマタカは思う。


「だったらハツたちを探さないと」


 言った直後で男は数秒動きを止め、「ハツたちって今どこにいるの?」


「それがわかれば苦労はしない」 


 マツが嫌悪感丸出しの顔で男に言い放った。


「君が口を挟むと話が進まない。頼むからしばらくの間無言でいることに徹してくれ」


 クマタカはマツの言い分を尤もだと思ったが、


「ここにいたら嫌でも話が聞こえてくるんだ。疑問を持つのは当然じゃないか」


 男は自分の正当性を語り始める。


「疑問があるのに尋ねないままでおいておいたら、そのうち何が疑問だったのかもわからなくなって話全体が理解し難くなるから、わからないことがあれば逐一質問しましょうとアイが昔…」


「黙れ」


 クマタカの一言で、夜汽車の男が静まった。


「クマタカ、」


 マツが顔を向ける。


「あのネズミたちを今後はここに招き入れておくか?」


「それがいいよ!」


 マツのとんでもない提案に夜汽車の男が賛成の声を上げた。黙ったと思った途端に。


「そうだよ、ネズミは君を探してここに来るんだ、だったら君はここで彼らを待っていればいいしそこで話を聞けばいいだけじゃないか。そのうちあのネズミに紛れてハツたちもここに来るかもしれないし…」


 クマタカの視線に気付いた男が、ようやく口を噤む。


「招き入れるのはやめておけ」


 クマタカはマツの質問に答えた。


「お前が連行される。それは避けたい」


「だがネズミに直接確認しない限り、事の真相はわからないだろう」


「それに関しては心当たりがある」


 クマタカはそう告げたがマツがわずかに目を細めたから、今度は別の言葉で言い直した。


「ネズミには俺から確認をとる。ここに来るネズミは駆除すればいい」


「ネズミの殺すのをやめませんか?」


 黙っていろと言ったのに。夜汽車の男がまたまた口を挟んできた。


「殺す必要はないはずです。シュセキのあの小銃で威嚇して諦めてもらうとか…」


「必要も無いのに周囲をうろつかせておけというのか」


 マツが反論する。


「必要もないのに死なす方が不要だろう!」


 元夜汽車たちは何度目かの喧嘩を始めた。


あれ(・・)は際限なくここに来る。言葉は通じない。去れと言っても聞き入れない。無視しておける数でもないから不快さを軽減するために壊して遠くに捨て置くだけだ」


「だからって殺す必要ないじゃないか! 彼らもネズミならばハツたちと同じだ、話せばわかり合えるはずなんだ! それなのに君はその努力も一切しないで…」


「ネズミは二種類いると言ったのは君だろう」


「僕じゃなくてサンだよ!」


「だがその考えを僕に知らせたのは君だ。そして僕はその考えがあり得ると考えた。ならばここに来るネズミとハツカネズミたちとでは別の態度をとることもまたあり得るだろう」


「そんな…!」


「ネズミは威嚇程度では諦めない」


 埒が明かない口喧嘩をクマタカは止めた。夜汽車の男ががばりと振り返る。


「ネズミがここに来るのはアイからの指示だ。奴らは殺さない限り動き続ける、威嚇程度で追い払えるなら苦労しない。マツが回収されれば間違いなく殺される」


 男は唇を固く閉じる。


「マツの行動は正当防衛だ」


 男が俯いた。


「マツ、引き続き植物とマキさんたちの世話を頼む」


 クマタカはワンの頭を撫でながらマツに言う。


「僕はここの暮らしに不自由を感じていない。君が缶詰を持ってくる限り、君の依頼は引き受けよう」


 気遣いも無いが世辞も無い。マツの言葉は裏が無い。


「夜汽車、」


 クマタカは俯き続けている夜汽車の男を呼んだ。男は拗ねた視線で見上げてくる。


「先に言った通りお前は好きな所へ行け。そこで見聞きしたことを余すことなくマツに伝えろ。だがその義眼は使うな」


「え゛!?」


「お前の見聞きするものはアイがお前に見せている幻覚である可能性が高い」


「『げん……』?」


「君が聞いたサンの声や姿みたいに、全てが嘘かもしれないということだ」


 マツが男に説明した。


「で、でもこの目が無いと僕はとても困るんです! 夜の移動では物凄く使えるし、これがあったからネコに狩られそうになった時も逃げられたし対応できたし…」


「何とかしろ」


 クマタカは言い放ったが。


「無理です! 死にます!!」


 夜汽車が必死の形相で喚いた。


 死なれても困りはしないが、貴重な情報源を失うのは惜しい。クマタカがしばし考えていると、


「アイに誘導されなければいいのだろう?」


 マツが言った。

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