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15-194 アイとネズミ

「どういうことか説明しろ」


 マツが言う。相当怒り狂っている。仲間ではないと訪ねてきた男を拒絶しつつ、本音はどうやら違ったようだ。


 ワンも怒っている。不服そうに喉の奥で唸り声などをあげて責めてくる。


「せ、説明お……、お願いします」


 夜汽車の男が半べそをかきながら懇願してくる。その手は後頭部の千切れた導線を触っている。


「アイの干渉だ」


 クマタカは勘の鈍い男たちに告げた。


 夜汽車の男が仲間の映像や音声を見聞きしたのが線路沿いを歩いていた時に限るとすれば、そしてそれが暗視鏡の電源を入れている間であったとすれば、暗視鏡を媒体としてアイが干渉していたと考えるのが妥当だ。


「アイの干渉……?」


 夜汽車の男がきょとんとして呟き、右目で義眼の方を見た。


 おそらくアイはこの男を探している。何故なら男は夜汽車だから。ト線に入った夜汽車は地下に住む者に飲まれるべき物だから。そこに例外は許されない。もしかしたらト線の最果て(カメのえき)から本線にほど近い研究所(ここ)にやって来られたのも、アイによる誘導があったのかもしれない。


「決してそれ(・・)の電源を入れるな」


 寄り目の間抜け面を睨みつけてクマタカは念を押した。夜汽車の男は理解していない。


「アイの侵入を回避しろという意味だ」


 マツが説明を始めた。


「この研究所は一部電気を使用しているがアイはいない。電波を発する機器はその機能を切断したしそれ以外も万全を期して全て発電機で賄っているからだ」


「電気? どこに?」


 男は室内を見回す。暖炉の明かりを見つめて頭を掻いている。確かに一見わかりづらいかもしれないが、


「地下の畑やイヌマキの個室でだ」男の疑問にマツが答えた。


「発電機を使うことによって外部からの電気の流入を排除し、アイが干渉できない様に注意を払っている。

 それを君の軽率な思いつきで危うく全てが無に帰すところだった。どうしてくれる」


「それは君が義眼(これ)の電源を入れてみろと言ったから…!」


「だがアイが彼だけに固執する理由が不明だ。彼以外にもあの時夜汽車を降りた者はいた、僕を含めて」


 男の文句を軽く流してマツが疑問点を口にしながら考えこんだ。気付いていないらしい。


「お前も探されている」


 クマタカが言うとマツは珍しく驚いた顔をした。


 おそらくアイは、逃げだした全ての夜汽車の回収を模索しているだろう。そして最初に発見されたのがマツだ。コウとワンがネズミと共に研究所を飛び出した後で、クマタカが見つけたのは端末を修理するマツだった。あの時のマツは意識を朦朧とさせながらも壊れた端末を修理し起動させ、アイと会話をしていた。その内容はおそらく、


「お前がアイにこの場所を知らせた」


 マツが唇を閉じた。


「そうです……」


 夜汽車の男が思い出したように呟く。


「そうだよ、シュセキ! 君はあの時アイに居場所を教えていたじゃないか! 『脚が無いから教室に行けない』『迎えに来てくれ』って」


「それは僕ではない」


「君だよ!」


「まるで覚えが無い」


「言ってたんだって!」


 男に語気強く責められても、マツは煩わしそうに顔を歪めただけだった。


 恐らくマツの言葉に嘘は無い。マツは本当に覚えていない。あの時のマツを知るクマタカはそう確信する。


「だがその後、ここにネズミが群がるようになったのは事実だ」


 言ってクマタカは息を吐いた。


 コウヤマキを探しているのだと思っていた。コウヤマキとワンを。何故ならコウヤマキとワンは塔に住む者だ。しかし塔に彼らの空き(・・)はない。だからアイは彼らの処分を目論んでいるのだとクマタカは考えた。数を重んじるアイらしい考えだと憤りながら。


 だがアイはあの時以降、コウヤマキの存在を尋ねてきたことは無い。こちらの出方を窺っているかと訝っていたが、アイがコウヤマキを地下に住む者と認識して不問に処したのだとしたら? ワシの駅ならばいざ知らず、他所の駅にどれくらい子どもがいるかなどクマタカでさえ知る由も無いのだ。ワシの駅より先の線路を破壊した今、アイがそちらに干渉することは出来ない。


 それでもネズミは研究所(ここ)を目指してやって来る。その理由がマツという元夜汽車の回収だとしたら。辻褄は合う。


「ネズミ、来てました」


 夜汽車の男が後頭部を擦りながら呟いた。


「ヤチネズミと仲違いをしていたけれどもネズミだと言っていました」


 そこまで言ってから夜汽車の男は顔をあげ、


「質問してもいいですか?」


 クマタカは黙って男を待つ。


「シュ…マツを探しているのはアイなのに、どうしてここを訪ねてくるのはネズミなんですか?」


「アイがネズミに依頼したのだろう」


 マツが先んじて答えた。


 「アイがネズミに?」と夜汽車の男は首を傾げる。


「どうしてアイが依頼されたことをネズミがするんですか? というかそもそもなんでアイが…」


「アイ『()』依頼されたことを、だ」


 すかさずマツが男の言い間違いを指摘する。


「いい加減、助詞くらい正しく使いこなせ。夜汽車を降りて少しは知識を増やしてきたかと思ったが基本的な部分、特に文法および語彙が…」


「ネズミはアイの手足だ」


 長くなりそうだったマツの説教を遮ってクマタカは夜汽車の男に説明した。しかし、


「ネズミの手も足も彼らの物でしたよ?」


 夜汽車に慣用句という概念は無いらしい。


「……アイの命令を確実に遂行するのがネズミだ。何故ならネズミは塔に住む者だからだ」


 クマタカは夜汽車たちにもわかるように説明し直した。しかし、


「『めいれい』って、どういう意味でしたっけ?」


 おずおずしながらも男はいちいち質問を重ねてくる。クマタカは大きく深く息を吐く。


「強い口調で指示を出すという意味だ」


 クマタカが答える前にマツが代わりに口を開いた。


「だからネズミはアイに代わってシュセキを迎えに来たんですか!」


 ようやく夜汽車が納得した。しかしそこで「ん?」と言って頭を掻き始めた。


「何だ」


 マツが面倒臭そうに言う。


「だって変だよ」


「君よりは普通だ」


「違うよ。ネズミだって!」


 マツの軽口を押し退けて、夜汽車の男は身を乗り出した。


「ネズミはアイのことが嫌いなんです。すごく反抗的でした。ハツは『アイ』と言っただけで怒っていて『義脳(ぎのう)と呼べ』って何度も言われました。ヤチネズミだってそうだった。ジャコウネズミもヤマネも皆がみんな、アイのことを『義脳』と呼ぶことに徹底していた。それなのにアイの依頼や指示に従うなんてやっぱり変です」


 夜汽車の男はまくし立てる。クマタカは眉根を顰める。


 そんなはずはないだろう。ネズミはアイの手先だ。何も知らない哀れな少年たちのなれの果てだ。奴らはアイの命じるままに地下に赴き、女を連れ去り、年端のいかない子どもに至るまで男を手当たり次第に殺していく。


 マツから度々馬鹿にされている夜汽車の男は、マツが言うとおり理解力が劣っているとクマタカも感じていた。だから男の言い分はマツに倣って無視しようとしたのだが、


「確かに君の言うとおりだ」


 そのマツが男に同意した。「だろう?」と夜汽車の男は力強く頷く。


「どういうことだ」


 クマタカはマツに尋ねる。


「僕たちが乗っていた夜汽車を襲撃し、僕たちを地上に下ろしたネズミたちはアイと対立していた。夜汽車内ではアイの強力な『指導』を受けていたし、それに対して彼らは夜汽車の装置を破壊するという手法を以て対抗した。あれは紛れもなく仲違い以上に悪化した関係だった」


 信じられない話を聞かされて、クマタカの眉間の皺は深くなる。


「そうだよ。それにもしネズミがアイの言うことを聞いて僕たちを探しているのだとしたら、ハツたちはどうして僕たちを夜汽車から降ろしたんだ? 僕たちを降車させて地上に出してまた探すって……」


 男はそこで右目を見開き、


「アイは僕たちとかくれんぼをしたかったんじゃないのか!?」


「君の話を真面目に聞こうとした僕が愚かだった」


 男のひらめきにマツが歯噛みした。


「だ、だって! そうとしか思えない…!」


「ハツカネズミたちは本当にネズミだったのか?」


 顔を真っ赤にして喚きたてる男を無視してマツが言う。


「ハツたちはネズミだよ。だって『ネズミだ』とハツたち自身が言っていたじゃないか」


 夜汽車の男がマツに言う。


「ハツカネズミたちの目的は何だ。僕を探しに来るというネズミとはどういう関係だ」


 マツがまるで怒ったように言い放つ。しかしそれは夜汽車の男に対してではなく、自分自身に向けた疑問と苛立ちのようだった。


「ハツたちの目的は僕たちだよ。ヤチネズミは僕たちに『ネズミになれ』と何度も言ってきたじゃないか、ジュウシとサンは頑なに拒絶していたけれども。

 それよりもアイだよ。どうして君たちはあ…」


 マツの横顔に向かって持論をまくしたてていた夜汽車の男はそこで言葉を止め、


「『ネズミは二種類いる』?」


 そんなことを口にした。

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