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15-193 仲間

「ところでジュウゴ、」


 シュセキに呼ばれる。腹が立つし混乱するし怖ろしかったしそれを全く汲み取ってもらえなかったジュウゴは、ふくれっ面のまま拗ねた視線をシュセキに向けた。


「君は何が目的でここに来た」


 そしてシュセキからの質問に、愕然として唇を戦慄かせた。


 シュセキはそんなジュウゴの表情など全く気にも止めない。元々ジュウゴの理解不能な言動の数々に苛々させられてきたのだ。今さらわずかに意味深な表情を向けられたところで、一々構っていられない。


「ワンはイヌマキとシャクナゲとクマタカへの面会を求めてここにやって来たそうだ。希望が叶い満足だと言っていた」


 ジュウゴはワンを見る。それから呆れ顔をシュセキに向ける。


「君のことも言っていた。君は『コウ』であり『コウ』ではないのだな。では何故ワンが君と共にいたかと言えば、成り行きの行きずりというやつだろう」


「何の何?」


「だから君の目的は何だと聞いている」


 ジュウゴより先に苛立ちを抑えきれなくなったシュセキが、面倒臭そうに言い放った。その高慢さにジュウゴは顔を真っ赤にしたが、


「お前に会うためだろう」


 男が口を挟んだ。ジュウゴは丸くした目を男に向ける。


「僕に? 何のために」


 シュセキは汚いものでも目の当たりにしたような顔で言った。男が眉根を寄せてジュウゴとシュセキを交互に見る。


「お前たちは仲間じゃなかったのか?」


 「とうぜん…」と言いかけたジュウゴより早く、


「冗談はよしてくれ。混同されては困る」


 シュセキが全否定した。


 男はジュウゴたちを見比べ、ジュウゴは唇を震わせる。


「なんでだよ! 仲間だろう、僕たち!」


「君と僕が? ふざけるな、冗談は休み休み言え」


「冗談じゃないよ!! だったら何だよ!」


「夜汽車に同乗していた間柄というだけだ」


「十分じゃないか!」


「十分ではない」


「なんで!」


「共通項がそれだけだからだ」


 シュセキの断定にジュウゴは「はあ?」と首から上を突き出した。


「共通項って? 君は何の話を…」


「仲間か否かと問うたのは君だろう」


「だって僕たち仲間じゃないか!」


「だから違うと言っている」


 どうやらシュセキにとって、ジュウゴは仲間ではないらしい。


「なんで!?」


 ジュウゴは半ば泣きそうな気持ちで叫んだ。


「だって同じ夜汽車じゃないか! 一緒に夜汽車を降りたじゃないか! ハツたちに手伝ってもらってナナを探して地下の……、ほら、何と言ったっけあの…、チュウヒたちがいた駅の中にも入って行って来て、」


 男の片眉が動いたことに、ジュウゴたちは気付かない。


「ヤチネズミの運転する四輪駆動車でここまで来たじゃないか!」


「君と行動を共にしたことは否定しない」


 シュセキが言う。


「だったら…!」


「だがそれとこれとは話が違う」


「どれとどれの話をしているんだよ!」


「行動を共にしてきたことと仲間であることは関係がないと言っている」


 ジュウゴは目を瞬かせて側頭部を掻いた。


「……どういう意味?」


 シュセキはうんざりした顔で深いため息を吐く。


「君と行動を共にした時間を僕が有していることは否定しない。だが時間を共有したからと言って即ち『仲間』であるとは言えない」


「だったら『仲間』って何なんだよ」


 ジュウシの言っていた『仲間』の定義を根こそぎ否定するシュセキの前で、ジュウゴは頭を掻き毟る。


 そんなジュウゴを白い目で睨みつけて、シュセキは結論を述べた。


「いくつかの共通点があることだ」


「共通点……」


 シュセキの言葉をジュウゴが繰り返した。


「そうだ。『仲間』とはつまりいくつ『共通点』を持っているかによって決まる。目的は何か、何故そこに存在しようとするのか、何のための行動かその理由とは何か。僕たちの一挙手一投足には全て何らかの理由がある。それらが同一または似通った事由であれば、それを共有する者たちは『仲間』と言えるだろう」


 一理ある。


「だが君と僕にはそれが無い」


 ジュウゴは顎を引く。


「君の言動は全てにおいて意味がない。何も考えずにその場の雰囲気と君自身の衝動にのみ従って無意味な音を発したり理解不能な動きをするだけだ。違うと言うならば説明してみろ。君は何の目的を持ってここに来た」


 ジュウゴは答えあぐねる。黒目を泳がせながら徐々に俯いていき、「わ、ワンがここに向かっていたから……」と白状した。


「つまり君はワンに誘導されるがままにここにたどり着いたに過ぎないということだろう。そこに君の意思はあったか? ないだろう。無いのだ君はいつも。いつも何も考えていない。つまり君の言動にはおしなべて意味がない」


 「そんな言い方しなくたって……」とジュウゴは肩を竦めたが、


「どんな言い方をしても結論は同じだ」


 シュセキの口撃は止まらない。


「で、でも『仲間』というのは、死んでほしくない相手という意味もあるんじゃないのか?」


 ジュウゴは泣き出しそうな顔で縋るような声をあげた。


「僕は君に死んでほしくないよ。だから…」


「仮に僕が動かず話さずジュウシの様に変質したとしても、君に迷惑をかけることは一切ない。万が一かけたとしてもこれまで君にかけられてきた分を差し引きすれば、君の迷惑の方が勝るだろう」


「差し引きって……」


「さて君は今も側頭部を掻いている。その理由は何だ」


 シュセキは細めた目でジュウゴの右手を睨みつけた。理由を答えられないジュウゴは頭から手を離して、ちらりと見て、黙って腕を下ろす。


「ちなみに僕は今、椅子に座っている。何故なら新しい左脚で歩き続けて疲れたからだ。少し体を休めようと試みた、それが理由だ」


 シュセキはそこで顎を上げ、


「以上から君と僕には同じ夜汽車に乗っていた点、共に夜汽車を降りた点、共にナナを探して取り戻すことを試みたが失敗に終わった点以外に共通項がないことから、仲間ではないという結論に至る」


 言い切ってふんぞり返った。反対にジュウゴは打ちのめされてしょげくれる。


「お前、ここに残らないか?」


 男がワンに言う。


あれ(・・)よりはマツの方がましだろう」


 ワンが耳を寝かせた。


「ところでジュウゴ、」


 散々ジュウゴをやりこめておきながら、シュセキは尚もジュウゴを呼ぶ。慰めてくれるジュウシもいないから完全に気落ちしたジュウゴは、恨めしそうに佇むばかりだ。それでもシュセキは一切の同情も悪びれた素振りも見せずに、


「その目を見せてくれ」


 およそ頼みごとをする態度ではない言い方で、ジュウゴの左目への興味を光らせた。


「なんでだよ」


「興味がある」


「勝手だな」


「君にはかなわない」


「どういう意味だよ!」


「そのままの意味だ。いいからそれを見せろと言っている」


 言うとシュセキは椅子から立ち上がり、おもむろにジュウゴの左目に差し迫った。風呂を借りてから濡れたままの手拭いで覆いっぱなしにしていたから、飛び出た毛髪はくせがつき、乾きかけた手拭いはかぴかぴに固まり、シュセキの器用さを以てしてもジュウゴの義眼はなかなか現れない。


「やめてくれよ、いたッ、痛いって!」


「汚らしい頭髪だ。後でもう一度洗い直せ」


「うるさいな! ほうっておいてくれ!」


「うるさいのは君の方だろう。少し黙っていろ」



 *



 揉み合う男たちとは裏腹に、クマタカはワンと静かに会話をしていた。


「本当に行くのか」


 クマタカの問いかけにワンは無言で答える。


「ここにいてくれないか?」


 悲痛な懇願にワンは耳と頭を低くして、


「コウ」


 夜汽車の男から離れられない理由を告げた。


「駅に連れて行ってやれれば良かったんだけどな」


 クマタカは悲しげにワンを撫で下ろす。それから両手でワンの顔を包みこむと、


「絶対に生きて帰って来いよ」


 祈るようにその鼻先に、自分の額を押し付けた。


 ワンは返事をする代わりに遠慮がちにクマタカの額を舐める。クマタカは目を瞑ったまま小さく微笑んだ。


「だから君が譲歩すればいいだけの話だろう!」


「君が興味を我慢すればいいだけの話じゃない……あ゛!!」


 ひと際大きな声が響いた。クマタカは苛立ちを抑えるために呼吸を整える。しかしいい加減に堪忍袋も限界で、部屋の中で騒ぐなと幼い男たちに言い含めようとした時、そこで目にした不気味な頭部に言葉を失った。


「何するんだよ!」


 夜汽車の男は義眼の眼球部分を手の平で隠しながら喚いた。しかし男の手の平で隠しきれるほどそれは小さくない。男の頭部の左側は部分的に頭髪を失い、頭皮も失い、代わりに鉄板で覆われている箇所さえあった。一部導線が飛び出ている。明らかに頭の中に突き刺さっている。


「やはり暗視鏡だな」


 マツの見立ては正しい。あれは塔の技術だ、ネズミの目だ。


「だからそうだと言っただろう!」


 コウを死なせた男はヘビやカメだけでなく、ネズミとも関わりがあると言っていた。


 ネズミが夜汽車を襲撃し、逃亡させたのだから関わりがあることは当然なのかもしれない。けれども、


「しかし暗視鏡はあくまで暗視鏡だ。眼球の能力を補うためのものだ。眼球を持たずして何故暗視鏡だけで視力を得られるというのだ」


「なんでなんて知らないよ! 付けてくれたのはヤマカガシだ、彼に聞いてくれ。僕が眠っている間に『しゅじちゅ』してくれたのは彼だから!」


 ネズミの技術をヘビが改良したということか。いや、カメか?


「どうやったら起動する」


「充電器を繋いでしばらく充電してからこの横の電源を入れるんだ。でも今はまだ電気が残っているはずだからすぐ使えると思うってやめてくれ! こんな明るいところで起動させたら眩しくて仕方ないだろう!」


「まぶしいのか?」


「まぶしいよ!」


「他に弊害は」


「へーがいぃ!?」


 コウを死なせた夜汽車の男は、義眼とその電源を両手で死守しながら、関心事には脇目を振らない危険な男から距離を取りつつ、


「特にないよ。めちゃくちゃ使える、大切な新しい目だ」


 威嚇しながら後ずさりした。


「しかしその導線は脳に突き刺さっているのだろう?」


 マツはじりじりと男に歩み寄る。


「本当に何も無いのか。変な夢を見るとか君の理解力が増す……

ことはないだろうが以前の君と比べて何か違うことは…」


「無いって言っている…!」


 叫びかけた男はしかし、右目を瞬かせた。何かを思い出したらしい。


「何だ、言ってみろ」


 マツがにじりよる。


「そう言えば、」


 男が天井を仰ぐ。


「時々声が聞こえる」


「「声?」」


 クマタカも思わず呟いていた。異口同音に眉根を寄せたマツがちらりとこちらを見る。


「声とはどういう意味だ」尋ねかけてマツは首を横に振り、「いや、誰の(・・)声だ」と言い直した。


「誰ということは無いよ」


 夜汽車の男はまた、意味も無く頭を掻きながら答える。


「初めに聞こえたのはサンの声だ。今はウミだけど。ウミになったって知らなかった時は度々サンの声が聞こえた。姿が見えたこともあったかな。でも駆け寄ったらいなくって…」


「それは夢だ」


 何故かマツが憤る。


「ハチと会った時にはハチの声が聞こえたんだ。ハチは死んでいたからあるはずないとは思ったんだけれども。でもジュウシの声は聞こえなかったな」


「単なる君の妄想のようで安堵した」


 マツが白けた目で言った。途端に男は頬を膨らませる。


「妄想じゃないよ! だって声が聞こえたりサンが見えたりしたのは、これの電源を入れている時ばかりだったんだ。それってこの義眼のせいということにならないか? というかそういうことが無いかということを君が聞いてきたんじゃないか!  

 それに君だって現れたことがある。触れようとしたらいつも触れられなかったから昨日はちゃんと触れられて驚いたんだよ!」


「妄想内の話だとしても君の手が僕に伸べられたかと思うと寒気がする」


「どうしてそういう言い方するんだよ!」


「それはこちらの台詞だ。いちいち不快だ、近寄るな」


「それは、」


 クマタカは夜汽車の男に呼びかけた。憤慨し過ぎて気配に気づいていなかったのかもしれない。男は情けない声を上げて数歩下がり、その拍子に義眼の眼球が露わになった。


「線路沿いでのことじゃないのか?」


 クマタカは男に尋ねる。男はマツをちらりと見てから反対側に右目を動かし、散々頭を掻き毟った後で、「はい」と答えた。


「線路から離れた場所ではどうだった」


「離れた場所?」


 と、クマタカの言葉を繰り返して男は天井を見上げ、思い出したと言わんばかりの声を上げた。


「離れた場所! なかったです。駅を出た頃は特に何もありませんでした。

 ……でもあの頃はまだ包帯を取っていなかったから。でも、この目を使い始めた後もしばらくは何も聞こえなくて、けど、そうです。そう! 線路を見つけて線路沿いに歩き始めてからはよく色々聞こえてきました」


 クマタカは息を呑む。


「線路付近で君が普段以上におかしくなるということはわかった。だからか。夜汽車に乗車中の君は極めて理解不能だったいや、現在でも大して変わらないと言える」


 マツが白い目で言い放つと夜汽車の男はいきり立ち、


「だったら見せてやるよ!」


 言って義眼を両手で覆い、左手の親指でその電源を入れようとした。クマタカは目を見開く。


「見聞きできるのは君自身だけなのだろう。それをどうやって僕に見せようと…」


 男の揚げ足を取るマツの肩を掴んで下がらせ、クマタカは踏み込んだ。


 太刀を引き抜く。夜汽車の男が怯える。その腕を掴んで逃がすまいと引き寄せる。ワンが吠え、床に手をついたマツが目を見開く中、クマタカは夜汽車の男のそれを太刀の切っ先で()ねた。

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