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00-188 迷子の

「ハツさん潜って!」


「ジャコウッ!!」


 最後の最後にハツカネズミを気遣った。最後の最後に仲間に危険を知らせた。最後の最期までネズミとしての仕事を全うして、ジャコウネズミは逝った。


「これ…、彼はどうなってるの?」


 ようやく助け出した夜汽車の子どもが、その潰された顔を見てたじろいでいた。そんな目で見るなよ。こいつは、ジャコウは俺の大事な子ネズミで俺たちの大事な仲間でそんな目で見下ろされるような対象じゃなくて、


「くそっ」


 なんでジャコウなんだ。なんであいつが死ななきゃならなかった。ハツカネズミの提案に乗ったのが間違いだったのか? 夜汽車をなくそう、地下掃除だけじゃ埒が明かない、夜汽車に直接訴えようと言った部隊長の提言に部隊は賛同した。事情を話せないヤチネズミにその勢いを止める術はもうなかった。それにヤチネズミ自身も耐えられなくなっていた。これ以上夜汽車が、子どもたちがト線に送られていく様をむざむざ見送るしかない現実を変えたかった。それが悪かったのか。それも耐えねばならなかったのか。それさえ耐えられれば、数えきれないほど多くの子どもたちを犠牲にし続ければ、ジャコウネズミは死なずに済んだのか。


―ヤチさんっておじさん? おじいさん?―


 どっちでもいいよ、なんでもいいんだよ。ヤチさんって呼んでもらえるようになっただけで、それだけでよかったのになんであんな子どもが。


「いい、行けヤマネ! セージ後ろぉ!!」 


 あいつら馬鹿か? 自分を守れよ。こっちは俺が…


「悪いけどこの子はもらっていくよ。あんたはそこで死んでな」


 またネコが出た。


 せっかく助けた、初めて救出に成功した夜汽車は欠けてはぐれて半分以上を失った。


―夜汽車も増えたんだ、絶対に減らすなって―


 カヤネズミはハツカネズミを連れ戻せただろうか。危なっかしかったヤマネとジネズミはワシから逃げ果せただろうか。カワネズミはスミスネズミはタネジネズミはドブネズミは。皆、ちゃんと無事だろうな。


―じじいが偉そうに何言ってんだ―


 セスジネズミがいれば部隊は何とかなるだろう。とにかくまずはコウのところに戻ろう。コウたちと合流したら夜汽車も連れてあいつらのいる…


「……ヤチ先輩?」


「オオアシ!!」


 まさかの生存者がいた。


「おま…、それで生きてんのか?!」 


「お互いさまじゃないっすかあ」


 ムクゲネズミが死んだ時と同じかそれ以上に、オオアシトガリネズミはこっぴどくやられていた。


「おい、しっかりしろ! こんなとこで終わる奴じゃねえだろ? おい!」


「……手当てしてくれるんすか?」


「当たり前だろ!」


 死にかけの後輩はヤチネズミの行為を不思議そうに見つめた。元々はヤチネズミたちが救出した夜汽車を横取りしようとしていたのだ、いくら瀕死とは言え敵方を心配するヤチネズミが意外だったのかもしれない。


 オオアシトガリネズミは目を瞑る。そして、


「やっぱりヤッさんっすねぇ」


 しみじみと呟いてへらりと笑った。


「ヤッさんといると絶対ネコに遭うんすよ」


 顔を上げたヤチネズミは、そのふてぶてしさに一瞬手を止める。それから目の前にいる死にかけが自分の薬を持っていることを思い出し、死なねえなこいつは、と息を吐いて腰を下ろした。



 長年気にかけ、感動の和解になるはずだった後輩との再会は、最悪の状況で最低ないがみ合いに終わっていた。その後は気まずさを残したまま、なし崩し的に微妙な会話が続いたが、 

 

「先輩たちが出てってからいろいろあったんすよ」


 オオアシトガリネズミが語り始めた古巣の最新情報で、その空気は一変した。


「大量生産されたんですよ、例の薬」


 コジネズミから聞いていたことだ。さして目新しい情報でもないと思っていたが、


「でもアカネズミさんの薬を受け継げる生産体がなかなか出てこなくって。だから発想の転換ってやつです。アカネズミさんの複製体(・・・)作りに勤しんだんですよ、上階(うえ)の連中は。やり方は…わかるでしょう?」


 含みを持たせた言い方でオオアシトガリネズミはいやらしく笑った。複製体ってなんだよ、と名付け感覚の趣味の悪さに呆れかえりながら、『子ども作り』などという直接的な響きの方が汚らしいことに思い至る。


「お前がその方法を知ってんのはカヤの話を聞いたからだろ。自分の功績みたいに言ってんじゃねえよ」


 ヤチネズミはわざと怒った風にぼやいてみせた。本当は話したいことも思い描いていた挨拶もあったはずなのに。


「そうかもしれませんけどお! 俺だって一役買ってたじゃないっすかあ。なんでそんなに厳しいこというかなあ? せっかく感動の再会なのに……」 


 オオアシトガリネズミは不服そうに悲しげな顔を作る。自分こそがそのつもりだったのに全ての準備が根こそぎ無意味になったヤチネズミは、ふざけてそう見せている後輩の前で本気で俯いた。


「……悪い」


「やだなあ~冗談っすよ、冗談! 本気にしないでくださいよぉ」 


 ヤチネズミの謝罪の意図を知る由もないオオアシトガリネズミは、若干驚いて身を引いたが、大腿部の傷が痛んだのだろう。小さく呻いて顔をしかめた。腰を上げかけたヤチネズミを片手で制して、患部を見下ろしながらオオアシトガリネズミは続ける。


「まあ、一見よさげに見えますよねえ。食う量少なくて寝なくていいんだから部下として持てるなら最高です。低燃費は重宝しますよ、特に地上ではねえ。おまけに怪我の治りもめちゃめちゃ早くて痛がらないし、感電もしないとかほぼ無敵でしょう。でも…」


「感電?」


 ハツカネズミが持つ薬の種類を数えながらヤチネズミは首を傾げた。そんな薬は持っていなかったように思ったが。 


「知らないんすかあ? 先輩。あいつら自分を導線にしたりするんすよぉ?」


 オオアシトガリネズミに言われてはっとする。アカネズミがそうだった。塔の電気を自在に操っていた、アイと繋がって。そう言えばハツカネズミも言っていた気がする。『アカは俺よりも多くの薬を持っている』と。


「ワタセも使ってましたよね~ってワタセ元気ですか? 俺、あいつと約束してるんすけどぉ…」


「んなことよりさっきの話!」


 気を抜くとすぐに話が脱線してしまう。ヤチネズミは身を乗り出して話の続きを促した。


 オオアシトガリネズミは少しだけ唇を尖らせると横を向き、患部の周囲を擦りながら面倒臭そうに話し出す。


「だからあ、大量生産されてえ…」


「それはさっきも聞いた」


「そう急かさないでくださいよお」


「お前が焦らしてんだろ」


「……なんかヤチさん、雰囲気変わりました?」


「あ?」


「髪型のせいかなあ? 俺も変えよっかなあ~…」


「おい、」


「でも俺、剛毛なんすよねえ。伸ばしたところで毛根強過ぎて二四時間怒髪天みたいになっちゃうんすよぉ…」


「お前の髪型なんてどうでもいいんだよ!」


 ヤチネズミが怒髪天を衝きそうになった時、


「だから強過ぎたんですよ」


 語尾を伸ばさずに簡潔に、オオアシトガリネズミは答えた。


「強過ぎたんですわ。初っ端の奴とヤッさんの同室さんたちがたまたま適合者だったみたいっすよ? それ以外にとっては劇薬です」


 突然真面目な表情になって結論を述べたオオアシトガリネズミに、ヤチネズミは気圧される。気圧されつつもやり過ごせない点があって、


「劇薬って?」


 辛うじてその部分だけを問い質した。


「まんまですってぇ」


 多少面倒臭げに、しかし元の不真面目さを纏い直してオオアシトガリネズミは答える。 


「劇薬は劇薬っすよお。言いかえれば毒」


 毒。


「普通に考えて再生っておかしいでしょう? もげた腕が生えてくるとか、慣れちゃって当たり前みたいに使ってる奴もいましたけど、物理的にどうなんすか? 骨とか筋とか肉とか血とか、どこからきてるんすか」


 きてるんすか、と問われても……。


「寝ないってのは要は睡眠障害でしょう? そのうちどん! とつけ(・・)が来ます。痛くないのは感覚器官の異常です。これもどう考えても病気っすね。でも再生って? 考えてみてくださいよ、おかしいでしょう? 擦り傷に薄皮張るのと訳違いますよお?」


「だったら『食わない』だっておかしんじゃね?」


 熱くなってまくしたてるオオアシトガリネズミに、ヤチネズミは自身の不可思議を指摘した。オオアシトガリネズミは笑みの片鱗もない顔をヤチネズミに向ける。それから視線だけで爪先から頭まで一瞥して、


「……光合成でもしてるんじゃないんすか?」


 あてずっぽうか正気の本気か、吐き捨てるように仮説を呟いた。ヤチネズミも視線だけを動かして、露出していた自分の腕の皮膚を見下ろす。


「とにかく、」


 折られた話の腰を戻すように、オオアシトガリネズミは座り直した。つられてヤチネズミも姿勢を正す。


「そんな夢みたいな薬なんて初めっから無理だったんすよ。結果が放棄です」


「だからその『放棄』って何なんだよ」


「放棄っつったら放棄ですって。放って棄てるって書くあの…」


「字くらいわかるわ!」


「だったら意味もわかってくださいよぉ」


 オオアシトガリネズミは面倒臭そうに上半身を横にずらした。ヤチネズミは同じ距離だけにじり寄る。


「具体的に誰が、何を、どこに捨てるのかって聞いてんだよ」


 今度はオオアシトガリネズミがヤチネズミの真剣さに気後れした。顔を背けて上半身を斜めに傾け、質問されたことを確認するように頷きながら、


「塔が、子どもを、地上に、です」

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