00-184 ハツカネズミ隊【発足】
過去編(その135)です。
「お前、部隊長みたいなもんじゃん!」
ヤチネズミは言い放つ。途端に静寂。流れを引き寄せるために咄嗟に口をついた言葉に、誰もが首を傾げた。
「ハツさん、部隊長なの?」
ヤマネが尋ねる。
「知らなかった」
ハツカネズミも驚いて答えて、
「俺も知りませんでした」
ワタセジネズミが感心したようにハツカネズミを見つめたが、
「いや、違うでしょ」
カワネズミが呆れて諭した。それから子どもに言い聞かせるようにヤチネズミに優しく語りかける。
「ヤッさんどしたの? ハツさんは部隊長じゃないよ? って部隊長ってそんなあれなの俺らのこれにいらないでしょ…」
「必要だろう」
そこまで黙って見守っていたエゾヤチネズミが、ついに口を挟んだ。
「部隊長は必要だろう。緊急時にいちいち全員で話し合って方針を決めるのか? 地下に遭遇した時は? ネコが出たらどうする。咄嗟に状況を把握し、臨機応変に対応策を講じられる者が部隊長に就任するのは作戦の成功率を上げるために絶対に必要なことだ」
別部隊の副部隊長の高説に全員が聞き入った。オリイジネズミ隊は総じてお節介らしい。
「……だったらカヤさんじゃない?」
タネジネズミが言った。
「頭いいし臨機応変さって言ったらカヤさんがいちばん…」
「いやハツだ」
しかしそれを否定したのは当のカヤネズミだった。タネジネズミは意外そうに驚き、タネジネズミの言い分に頷いていたジネズミとドブネズミも怪訝そうにカヤネズミを見る。
「カヤさんでしょう。カヤさんの言うことなら俺は何だって…」
「聞いてくれるならちょっと黙ってろ」
ドブネズミの説得を酷い苦言で制してカヤネズミはヤチネズミの方に近づいてきた。落ち込むドブネズミを尻目に、カヤネズミはハツカネズミとヤチネズミの肩に手をかけ「ちょっと来い」と顎をしゃくる。
「なんすか?」
言いながらついて来ようとしたワタセジネズミに、
「年長者会議!」
唾を飛ばしてカヤネズミは威嚇する。
「高齢者会議じゃん」
と呟いたタネジネズミは無言の後ろ蹴りを食らって悶絶した。
「なに? カヤ」
肩を組まれて腰を曲げながら戸惑うハツカネズミと、
「お前が部隊長ってのもありだと思うけど」
自分で言っておきながら即刻意見を変えたヤチネズミ。言った途端にヤチネズミは、カヤネズミから蔑むように睨み下ろされる。
「部隊長はハツだっててめえが言ったんだろうが。もう忘れたか、風船頭」
「カヤぁ」
ハツカネズミが呆れ声でカヤネズミを嗜めたが、ヤチネズミは大して気にしていなかった。慣れだ。慣習は感覚を頓馬させる。ヤチネズミはハツカネズミが寄こした視線も無視してカヤネズミに尋ねた。
「なんでハツ?」
「まずお前には務まらない」
否定はしない。
「なんでカヤじゃ駄目なの?」
覗きこむようにして尋ねたハツカネズミに振り返って、
「子ネズミたちからの信頼と実績はお前の方が上だからだ」
真顔でカヤネズミが答えた。ハツカネズミは素直に照れてはにかむ。
「お前の実力はネズミの中でも一、二を争う。実戦経験は誰にも負けないんだからその経験で言えることも多いだろ」
「俺のは実力じゃなくてヤチとかトガちゃんとか、みんなの力だよ」
照れ隠しなのか本音なのか、恐らくは両方の意味が込められた謙遜。
「でもそこまで言ってくれるならやるよ! まかせて」
『かわいがり』前のムクゲネズミを彷彿とさせる目の輝きで、ハツカネズミが言った。
「俺、部隊長やるから~!!」
上機嫌で宣言しながら、ハツカネズミは振り返った。ジャコウネズミが「やるからー!!」と真似をしながら駆け寄ってくる。負けじと走ってきたスミスネズミがハツカネズミの腹部に突っ込む。ハツカネズミはそのどちらも受け止めてぐるぐる回り、全身を使って子どもたちを喜ばせている。
「お前でもいいと思ったけど」
ハツカネズミと子どもたちを見遣りながらヤチネズミは呟いた。
「まあな。作戦立てるとかだけなら俺の方が適任だ。っていうか掃除の実力以外は負ける気がしない」
自信満々だなおい、とかなり白けてヤチネズミはカヤネズミに振り返ったが、
「でもハツだ」
カヤネズミは頑なだった。
「だからなんで…」
「部隊長は死なない奴がやるべきだ」
ヤチネズミは口を噤む。
「部隊長が死ねば部隊が路頭に迷うってのは、痛いほどわかってるだろ?」
前を向いたまま小声の早口でカヤネズミは言う。ヤチネズミは無言で視線を落とす。
「でもハツはバカだ。複雑な作戦とか隊の方針とか細かいところは俺が誘導する」
「それって既にお前が部隊長じゃん」
「ハツに気付かれないように誘導するんだって」
「ハツを馬鹿にしすぎじゃね?」
「俺を誰だと思ってんの? ハツには気付かせねえよ」
酷いことを真面目な顔でカヤネズミは言う。
「で、お前は制御役だ」
「『せいぎょやく』ぅ~?」
ヤチネズミは白い目をカヤネズミに向けたが、カヤネズミは至って真面目なまま、
「ハツのだよ」
眼光の鋭さを増した。
「あいつの発狂のきっかけ、お前も目星ついてんだろ?」
ヤチネズミは唇を閉じる。
「多分それはあってる」
カヤネズミはハツカネズミの背中に目を細める。
「あれ以来、ハツがあの状態になることはないけど、万が一またあれになったら止めるのがお前の仕事だ。同室の同輩だ、尻拭いしろよ」
「わかってるよ」
ヤチネズミもハツカネズミを見つめる。
その横顔を盗み見て、確認してから、カヤネズミは息を吐いた。
「ほんとなら部隊長なんてあいつには向かないんだけどなあ~」
カヤネズミが声の調子を変えてぼやいた。ヤチネズミも否定はしない。
「ついでに言えば俺の雑用みたいな立場はオオアシあたりでよかったのになあ~」
思いがけない名前を聞いて、ヤチネズミははっとする。オオアシトガリネズミの保護者のジャコウネズミ。
「どんな奴だったんだ?」
ヤチネズミはカヤネズミに尋ねた。前ジャコウネズミのことを指したつもりだったが言葉足らずだ。カヤネズミは別の意味に捉える。
「めちゃくちゃ器用な奴だよ。機械が得意で要領よくて。努力しなくても見ただけで出来ちゃう的なとことか鼻につくけどそれはまあ、かわいいとこというかそれでこそオオアシというか…」
「そっちじゃなくて!」
「……で、めちゃくちゃよく食う奴だった」
「え?」
訂正しようとしたヤチネズミは固まった。『よく食う』って誰が?
「オオアシが?」
「だからそうだって。あんな見た目で痩せの大食いってやつ。『食べてる時が一番幸せ~』とか言ってたよ」
―俺、食道楽じゃないし―
「羨ましいかぎりだよなあ。俺なんて最近腹出てきちゃってさあ。どうせなら塔は食べても太らない薬でも作ってくれればいいのにって……」
酒太りが無視できなくなってきた腹を擦りながらカヤネズミが何かを愚痴ぐち言っていたが、それ以降は大してちゃんと聞いていなかった。
―だって食事って面倒臭いじゃないっすかぁ…―
嘘つき。
お前もとんだ嘘つきだったんだな、とヤチネズミはひとりごちる。
しかし同時に、とてもしっくりと納得もした。
オオアシトガリネズミの嘘を批難することは、ヤチネズミには出来ない。嘘は嘘に違いないが、それはハツカネズミやアカネズミが自分のために使い続けてきた手法でもあるし、それによって救われてきた身としては感謝こそすれ批難は出来ない。そんなことを言ったら、カヤネズミなど嘘つきの権化だ。カヤネズミだけじゃない。シチロウネズミもセスジネズミもアズミトガリネズミもハタネズミも、皆、口から出まかせしか吐かずにその場の不安を解消させることに長けた思いやりの塊たちだ。
ならば自分が彼らに近づくためには、これ以上誰も傷つけないでここにいさせてもらうためには、彼らに倣って同じことをしていくべきだろう。
「だから保護者は誰だと…」
「俺です」
痺れを切らしたエゾヤチネズミの催促に名乗り出て、後輩たちを言い訳にもならないでっち上げの理屈で黙らせた。カヤネズミの横やりには断酒期間の延長をちらつかせることで牽制し、コジネズミの小言は聞こえないふりをした。
ぐだぐだの話し合いしかできない若い部隊を、エゾヤチネズミが咳払いで静まらせる。外はすでに、子どもたちが眠たそうに瞼をこすり始める明け方だった。
「最後に聞く。お前たちの最終的な目的は何だ」
エゾヤチネズミは底無しのお節介のようだ。他部隊内の面倒事を整頓してみせて新部隊長の着任を見届けて、挙げ句の果てにはその方向性さえも立て直しさせようとは。
「だから夜汽車を…」
ワタセジネズミがおずおずと言いかけたのを視線で制して、エゾヤチネズミは再び咳払いする。
「もう一度聞く。最終的にだ、最終的には何を目指している」
ハツカネズミたちは顔を見合わせる。自分たちの目的は夜汽車を止めることとは先に告げた。しかしそれは受け入れられなくてオリイジネズミの怒りを買い、支援を打ち切られたばかりなのに、もう一度同じことを口にするのは自殺行為なわけで…
「アカネズミです」