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00-182 ヤマネ【提案】

過去編(その133)です。

「どぅおすんだよ!! オリイジネズミさん怒らせちゃったじゃんッ!」


 カヤネズミは頭を抱える。失敗した。言い方を間違えたか? いや、どう伝えようとも同じだった……、同じだったか?


「やっぱ俺、謝ってくる!!」


「カヤ!」


「カヤさん!!」


 ハツカネズミに腕を引かれ、タネジネズミが足に絡みつく。


「もう無理だよ。諦めよう」


「諦めて済む問題じゃないんだって!」


「謝って済む問題でもないですよ」


「わかんないだろ! ああいう杓子定規には真面目一徹が効くんだよ。誠心誠意、平身低頭、心底実直に謝り倒せば今からだって…」


「もう遅い」


 振り返るとオリイジネズミ隊の副部隊長、エゾヤチネズミが立っていた。片腕で抱き上げたジャコウネズミに頬を引っ張られ、頭の上ではキュウジュウキュウによじ登られている。声の低さと顔の表情による威厳はまるで帳消しだ。


「部隊長は塔に帰った。今から走っても間に合わないだろう」


 子どもたちを地面に下ろしながらエゾヤチネズミはそう告げた。ジャコウネズミがハツカネズミに駆け寄ってくる声に混ざって、カヤネズミも懊悩の声をあげる。


「うるさいよ、カヤ」


 ジャコウネズミとキュウジュウキュウを抱き上げながらハツカネズミが唇を尖らせ、


「ひとまず落ち着け。まず座れ」


 ヤチネズミまで冷静なふりをして嗜めてくる。隣室の同輩たちの態度が腹立たしくて仕方なくて、 


「バカ共は黙ってろ!!」


 カヤネズミは唾を飛ばした。


「お前らがそうやって冷静ぶってられんのは自分は死なないって余裕があるからだろ。いいよなあ〜不死身は! 飲まず食わずも屁みたいなもんなんだろおなあ!! 不死身バカ!」 


「なんだよその言い方!!」


 ハツカネズミがむっとして、


「カヤさん落ち着いてください」


 ドブネズミがおろおろと制止を試みて、


「無理じゃね?」


 ヤチネズミが白い目で息を吐き、


「カヤさん、明日は解禁日ですから。ね?」


 ヤマネには子ども扱いされる始末だ。


「ああそおだよ! 苛々最大値の堪忍袋が張り裂けて木端微塵だよ悪いかバカちびクソヤチとその他もろもろ!」


「カヤさん……」


 ドブネズミが悲しげに涙ぐむ横で、


「カヤさんの語彙力が…」


 言葉を失ったジネズミの横からタネジネズミが、


「酒と共に去りぬ」


 ぼそりと呟く。ジネズミとタネジネズミは顔を見合わせ同時に吹き出したが、カヤネズミが同時に二つの頭に手刀を振り下ろした。


「ぁだ!」


「ちょ! 何すんですかあ!!」


 頭を押さえて抗議してきたタネジネズミとジネズミを庇うように、


「暴力は駄目です!」


 カワネズミが加勢する。


「カヤさん〜…」


 項垂れて先輩を呼ぶことしか出来ていないドブネズミに、


「泣くなブッチー、仕事しろ」


 ヤチネズミが注意した。



 *



 エゾヤチネズミは呆れかえる。自部隊だけになった途端に真面目さは霧散し、どんちゃん騒ぎで遊んでいる。本当にこいつらが塔を部分崩壊させた奴らか? どこかで中身がすり替わっていたりしないだろうか。


「あ、あの……」


 ワタセジネズミがおずおずとすり寄ってきた。エゾヤチネズミが顔を向けると何も言っていないのに、「すみません!」と腰を曲げて泣き叫んだ。


「まだ何も言っていないだろう…」


「忘れ物ですか?」


 セスジネズミが歩み寄ってきた。部隊長だったムクゲネズミを射殺したとされる副部隊長は、エゾヤチネズミが知る限り、この部隊で最も冷静で唯一落ち着いた会話が成立する男だ。


「お前らの今後が気がかりで様子を見に来た」


「オリイジネズミさんの指示ですか」


 鋭いな、とエゾヤチネズミは目を細める。


「いや。俺が勝手に戻ってきた。部隊長は関係ない」


「副部隊長が突然部隊を離れて単独行動を取ることを、オリイジネズミさんが許可されたのですか?」


「休暇中の時間の使い方は自由だろう」


「ずいぶん急な休暇ですね」


 ワタセジネズミが横から口を挟んできた。こちらは本気で思ったことを口にしている。


「そういうこともあるだろう」


 エゾヤチネズミはワタセジネズミに告げる。少しお前は黙っていろという指示を含めたつもりだったが、


「ありますかあ?」


 これは扱いにくい。エゾヤチネズミはしかめっ面になる。


「オリイジネズミ隊は関係なく、エゾヤチネズミさん自身の判断で俺たちに会いに来て下さったということですね?」


 ワタセジネズミを下がらせてセスジネズミが言った。こちらは言外の意を汲み取ってくれたようだ。


「そうだ。部隊長および部隊は関係ない」


「……ありがとうございます」


 セスジネズミが深々と頭を下げた。こいつと話をしよう、エゾヤチネズミはしみじみとそう思った。しかし、


「セージぃ、な~に頭なんか下げてんだよ」


 コジネズミが喧嘩腰に近づいてきた。


「こいつに何させてんだよ」


 低い位置から凄んでくる。セスジネズミに接触すると漏れなくこいつがついてくるらしい。生産隊を抜け出してよくもまあこうも足しげく通えるものだ。


「コージさん、これは正当な謝礼です」


 腰を戻しながらセスジネズミがコジネズミに言う。


「正当?」


 いまだに眼を飛ばしながらコジネズミが言う。


「はい正当です。俺は大丈夫ですから怒らないでください」


「ならいいけど」


 不服さを残しつつもコジネズミは退いた。セスジネズミは年上の手綱をきっちりと握っているようだ。


 エゾヤチネズミはぎゃあぎゃあと騒がしい他の連中を見遣る。その中でもとりわけ耳に着くのはやはり、あの子どもの警報音だ。


「おいお前ら!!」


 やかましい喧嘩を一喝した。カヤネズミに下敷きにされて殴られそうになっているヤチネズミと、カヤネズミを止めようとしていたハツカネズミとその他が一斉に振り返る。しかし子どもの発声だけは継続中だ。


「その子どもには名前を与えないのか」


「「「『なまえ』?」」」


 旧ムクゲネズミ隊は異口同音に目を丸くした。


「片方はジャコウネズミという名前を既に持っているようだが、そっちはいまだに治験体の番号で呼ばれているだろう。『『九十九(きゅうじゅうきゅう)』ではあまりに無機質で可哀想でしょうと…」


 部隊長が言っていた、と言いかけてエゾヤチネズミは口を噤む。


 エゾヤチネズミの失敗に気付きもしないで、ハツカネズミたちは「確かに」などと言って治験体の子どもに注目する。エゾヤチネズミは気を取り直して、


「ネズミとして育てると決めたのだろう?」


「決めたと言うか成り行きというか……」


 ヤマネが自分は無関係と言わんばかりにそんなことを呟いたから、ドブネズミが睨みを利かせた。


「決めました、決めてました、そのつもりで連れてきました!」


 慌てたヤマネが早口に言う。


「だったら早くネズミの名前をつけてやれ。そして誰が保護者になるかも決めろ」


 オリイジネズミが心配していた問題をエゾヤチネズミは指摘してやった。言われないと気付かないのもどうかと思いながら。


 旧ムクゲネズミ隊は一斉にハツカネズミとその頭の上の子どもを見た。注目されてはにかむハツカネズミと無表情に発声を続けるキュウジュウキュウ。ハツカネズミ以外の言うことは一切聞かない。触るだけで唸りだすこともある。


「保護者はハツだな」


 ヤチネズミに跨ったままカヤネズミが言った。


「賛成です」


「異議なし」


「同じく」


 満場一致で即決した。


「…の前にどけろ」


 カヤネズミの下でヤチネズミが言う。熱が冷めたのかカヤネズミは唇を尖らせながらヤチネズミから黙って降りて、カワネズミがヤチネズミに手を貸している。


「名前はどうしようか」


 ハツカネズミが子どもを見上げながら言う。子どもと目が合うと顔一杯の歯を見せる。無表情は両手を伸ばしてその笑顔に飛び込んだ。

 そこでヤマネが、


「『スミスネズミ』でどうですか?」

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