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00-180 オリイジネズミ【警告】

過去編(その131)です。

「そうですか」


 オリイジネズミが吐息と共に言った。にこにこと嬉しそうにその膝の上に乗るジャコウネズミとは対照的に、残念そうにも映る横顔は何を思っているのだろうか。


 全ての検証を終え、その結果報告。コジネズミは相変わらず壁際で腕組みをしている、セスジネズミの隣で。


「部隊長」


 エゾヤチネズミに呼ばれてオリイジネズミは顔を上げ、力なく微笑んだ。その横顔に「部隊長……」とワタセジネズミが切なそうに呟く。


「予想はしていましたが、カヤネズミ君の仮説がここまで立証されると…」


「引きますよね」


 カヤネズミが言い、


「どん引きだな」


 コジネズミが結んだ。


「女と子どもたちはどうしましょう」


 エゾヤチネズミが言うと、オリイジネズミは息を吐きながら、


「塔に運びます」


「え……?」


 ワタセジネズミが驚いた様子で声を上げた。オリイジネズミは別行動を取る若い部隊員を見据えて、


「それ以外に妙案でも?」


 ワタセジネズミに対してにしては、珍しく刺々しい口調だった。ワタセジネズミは何も言えずに唇を噛み、泳がせた視線で女たちを見遣る。ヤチネズミも同じ方に横目を向けた。


 検証期間は約一年に及んだ。生き物である以上、放置しておくわけにもいかず、衣食住の面倒をみるためには互いに言葉を交わす必要もあった。妙な性質に首を傾げ、考え方やまくしたててくる理屈は破綻していたりと、決して楽な実験ではなかったしあわよくば捨ててしまいとさえ思った面倒臭い連中ではあったが、情が湧かなかったと言えば嘘になる。特にワタセジネズミは女たちと談笑し合う仲になっていた。あの懐っこさは相手を選ばず受け入れられ易い。


「……塔に送った後は、」


 ジネズミがおずおずと上目遣いにオリイジネズミ隊を見回した。タネジネズミが止めるのを振り切ってジネズミは身を乗り出す。


「と、塔に行ったら、あいつらはどうなるんすか?」 


「それはわかりません」


 期待が外れて気負いをいなされてジネズミは固まった。「わかんない……んですか?」などと呟いて困っている。オリイジネズミは静かに頷き、


「申し訳ありませんが私は存じません。塔に運ぶまではネズミの仕事ですが、それ以降については感知することができません」


 オリイジネズミはネズミだから。 


 オリイジネズミの答えを聞いて、力なくジネズミは項垂れた。


「子どもだけはなんとかしてやれませんか」


 次にしゃしゃり出たのはハツカネズミだ。絡みついていたキュウジュウキュウを抱きかかえて脇に下ろし、真剣な面持ちで座位のまま前に出る。


「あの子たちは子ネズミとして育てられるように斡旋してやるとか融通してやるとか、なんか……、なんでもいいんでとにかく夜汽車にだけは…」


「夜汽車になるかネズミになるかを選ぶのは俺たちじゃない」


 エゾヤチネズミが正論で遮る。


「アイの仕事だ。選別基準はその子どもが生産体か受容体を持っているかどうかの…」


「知ってるよそれくらい!」


「ハツ!!」


 逆上したハツカネズミをヤチネズミとカヤネズミが制止する。オリイジネズミの膝の上でジャコウネズミがびくりとする。「少し向こうに行ってましょうか」とオリイジネズミに抱き降ろされて、子どもたちはナンヨウネズミに連れられ洞穴の外へと退出させられた。カワネズミが「すみません」と頭を下げる。


「………出来る限りのことはします」


 オリイジネズミの一言は慰めでしかない。しかし少なからずヤチネズミたちの後ろめたさを和らげたのは確かだ。二手に分かれたオリイジネズミ隊の、片割れに誘導されて子どもを抱えた女たちは四輪駆動車に乗りこんでいる。


 おもむろにカヤネズミが立ち上がり、黙ったまま直角に、勢いよく腰を曲げて頭を下げた。その礼は誰に向けた物だったのか。オリイジネズミかその部隊員たちか、それとも一年弱の時間を共に過ごした女たちに対してか子どもたちへのものだったのか定かではない。しかしヤチネズミたちは無言でそれに倣い、頭を下げた状態で女たちを見送った。唯一、苦渋の表情で直立していたハツカネズミを除いて。


「それはそうと、」


 オリイジネズミが声色を変えて旧ムクゲネズミ隊の面々を見回した。ヤチネズミたちは各々頭を上げて居住いを正す。


「これからどうするつもりですか?」


「どう…、って?」


 きょとんとしたワタセジネズミに答えたのはエゾヤチネズミだ。


「今後の展望だ。お前たちはこれから何を目的にどう動いていくのかと部隊長は聞いている」


 旧ムクゲネズミ隊は顔を見合わせる。カヤネズミが目配せしてヤマネが喉を上下させ、ハツカネズミが頷いた。


 ハツカネズミはオリイジネズミに向き直る。意を決した面持ちで一言、 


「夜汽車を止めます」


「夜汽車を止めるぅ?」 


 オリイジネズミ隊がどよめいた。ハツカネズミは勢いのまま話を続ける。


「夜汽車を止めて義脳を消します。それからアカを…」


「正気か」


 エゾヤチネズミが顔を突き出した。その距離と同じだけ、ワタセジネズミが肩を竦める。


「夜汽車を止めるってことは塔が機能しなくなるってことだ。居住可能な空間を壊すと言いたいのかと聞いている。俺たちが住んでいる場所を」


「塔を壊すつもりはありません。ただ…」


 すかさずカヤネズミが補足したが、


「壊すってことだろう!」


「恩を仇で返すつもりか!」


 オリイジネズミ隊の憤慨は収まらない。オリイジネズミもそれを咎めることはなく、固く唇を結んでいる。


「壊す相手は義脳です! 塔そのものに危害を加えるつもりは…」


「つもりが無くても加わるだろう!」


 カヤネズミが必死に誤解をとこうとするするも、まるで聞き入れる気配さえないオリイジネズミ隊。


「ワタセジネズミ!」 


「はひッ!」


 興奮した声で呼ばれて、ワタセジネズミは震えあがった。


「お前はオリイジネズミ隊だろう? 部隊長が目をかけてくださってるからって調子に乗って…!」


「ワタセに怒鳴らないでください」


 カワネズミが身を呈して後輩を庇う。その肩に縋りついたワタセジネズミの情けなさが返って、


「お前ら全員に言ってんだよ!!」


 オリイジネズミ隊の怒りを加熱させた。


「聞いてください!」


 カヤネズミが叫ぶ。


「塔がしてきたことを知ってしまった今、これまでと同じように生きていくことはできません! 俺たちはネズミとして子どもたちを…」


「塔を捨てたお前らがネズミを名乗るな!!」


 凄まじい恫喝。言い返せない事実を指摘されてさすがのカヤネズミも口籠る。


「塔から離れたとしても彼らはネズミです」


 ようやくオリイジネズミが口を開いた。部隊長の一言に、オリイジネズミ隊は憤りを堪える。ワタセジネズミがカワネズミの後ろから覗き見るように顔を出し、ドブネズミは襟首を掴みあっていたオリイジネズミ隊の部隊員から離れる。


「それとも君たちは地下に住む者になったのですか?」


「違います!!」 


 食い気味にハツカネズミが否定した。飛ばされた唾を拭うようにオリイジネズミは肩口を払う。


「ではお聞きします。夜汽車を止めて、塔への電気供給を阻害して、君たちは何がしたいのですか」


「子どもたちを解放します」


 答えたのはカヤネズミだ。ドブネズミが大きく頷き、ワタセジネズミもオリイジネズミを見つめて小刻みに顔を上下に動かす。


「電気がなければアイは消えます。アイがいなければ子ネズミや治験体の検査も止まります。検査さえなければ子どもたちが苦しむことも死ぬ必要もありません」


「検査を止めるためだけならば検査室や治験室を襲撃すればいいのではないですか?」


「部分的な崩壊程度ならすぐに復旧してしまうことは、オリイジネズミさんもご存知でしょう」  


「かなり時間かかってたけどな」


 コジネズミが明後日の方を向いて横槍を入れる。


「ぶ……、部分的な復旧に時間が割けても、無事な部分が残ってれば義脳は追ってきます」 


 ドブネズミが先輩の加勢を試みるが、


「その追手を振り切ってきたのは誰だよ」


 再びコジネズミ。ドブネズミは口を噤む。


「夜汽車だって子どもです」


 ハツカネズミだった。細めた目を向けてきたオリイジネズミに、ハツカネズミはさらに続ける。


「まず助けてやるべきは夜汽車です。夜汽車の子どもたちをまず逃がしてやりたいんです。ごみ共から守ってやりたいんです、自由にして…!」 


「どこに逃がすというのですか」


 思ってもいなかった質問にハツカネズミは固まり、「どこに……?」などと言いながら視線を泳がせた。


「逃がすというくらいなのだから逃がす先も手配済みと考えてよいのですね?」


 誰も答えられない。


「……(かくま)う場所の手配ができたとして、その後はどうするつもりですか?」


 カヤネズミが口を閉じて喉を動かす。ドブネズミとタネジネズミはそれを確認して視線を落とし、カワネズミも俯く。


 オリイジネズミは深く息を吐きながら座り直し、改めて旧ムクゲネズミ隊の面々を見回した。


「夜汽車の子どもたちがどのような教育を受けているかを私は知りません。しかしいまだかつて夜汽車の反乱などが報告されていないところを見ると、彼らは彼らでアイに与えられた環境に満足している証拠とも考えられます。その環境を壊されて、突然地上に引きずり出されて、それは彼らのためだと言えるでしょうか」


 自分たちが説教されているわけでもないのに、オリイジネズミ隊の面々も項垂れ無言を守っている。


「解放したいというのは君たちの願望でしょう。子どもたちはそれを望んでいるでしょうか。君たちのお節介が有難迷惑になる可能性は考えませんでしたか?」


「けど…!」


 反論しかけたジネズミをオリイジネズミが鋭く睨みつけ、


「自由を与えることが必ずしも相手のためになるとは限りません」


 ジネズミは行き場を失った言葉を飲み込み項垂れた。


 沈黙。オリイジネズミ隊は今や何事もなかったかのように、部隊長の後ろに黙して整然と控える。考えの甘いハツカネズミは身体を使わない攻防の前に打ち破れ、毎度のように詰めの甘いカヤネズミは反論を探すが見つからない。セスジネズミは無表情で壁際に突っ立ったままでタネジネズミはちらちらとカヤネズミを覗うだけだ。


「それでも……」


 ほぼ全員が項垂れ沈黙する中でぽつりと聞こえた。その声がヤチネズミのものだと気付いて、ハツカネズミが項垂れたまま黒目を動かす。


「助けたいです」


 カヤネズミが反応する。


「余計なお世話かもしれないけど助けてやりたいです」


 ドブネズミが顔を上げる。


「死にたがってるかもしれないけど、生きててほしいんです」


 ヤマネが目を見張って、セスジネズミが無表情のまま瞬きした。


「自己満足ですね」


 ため息を吐きだしながらオリイジネズミが立ち上がった。続いてオリイジネズミ隊が一斉に起立する。


「君たちの思慮の浅さには失望しました。まるで子どもの戯言です。現実をよく見なさい。出来ることとしてはいけないことの差は弁えなさい」


 ヤチネズミは顎を引く。


「部隊長!」


 ワタセジネズミが立ち上がった。振り返ったオリイジネズミの視線に怯えて上着の裾を握りしめ、どぎまぎしながら必死に訴える。


「部隊長……は、平気なんですか? あぃ…いや、義脳がやってることとか俺たちがやらされてきたこととか知っちゃったのに、地下との関係とかも教わってきたことと全然違ってたのに、これからもずっと知らんぷりできるんですか?」


「事実を知ることと何かを変えられることは同義ではありません」


 ワタセジネズミには難しい言い回しだ。しかし尊敬するオリイジネズミの突き放したような剣幕に、ワタセジネズミは悲しげに眉尻を下げる。


「私はネズミです。アイの目論見や地下との関係に思うところはありますが、ネズミとして塔のために働くことは、これまでもこれからも変わりません」


「じゃあなんで、」


 ヤチネズミは顔を上げた。カヤネズミが無言でその横顔を見つめ、セスジネズミは無表情を保つ。


「なんで俺たちを助けてくれたんですか」


 オリイジネズミが目を細めた。ヤチネズミは三十秒以上かけて考え、温めていた疑問という名の武器をもって畳み掛ける。


「塔のためって言うなら俺たちはあの場で捕まるべきだったんじゃないんですか? そうしないで俺たちを逃してくれたのはオリイジネズミさんです。それって塔のためじゃないですよね」


 オリイジネズミの眉間に深い縦皺が刻まれる。 


「ワタセのためですよね。ワタセのお願いのためだけに俺たちを庇ってくれて、塔に嘘ついて…」


「君たちをこれまで支援してきたのはカヤネズミ君の仮説が興味深かったからです。ネズミの仕事の価値、存在意義、アイの狙いや地下に住む者との関係、どれも無視できるものではありせんでした。事実を追求したいと願ったことは否定しません。しかしそれはそれです。例えアイが私たちを利用していたとしても、私たちはアイから離れて生きることは出来ません」


「そんなことないです!」


 ハツカネズミが声をあげる。


「地上でも生きていけます! 現に俺たちはこの洞穴で一年も生きてこれまた…、これたんでし…!」


オリイジネズミ隊(わたしたち)の支援があったからでしょう」


 噛みかみで言い直し損ねていたハツカネズミをオリイジネズミが遮る。


「複数の薬を併せ持つ君とやや不死身気味のヤチネズミ君はともかく、他の方には水と食糧と屋根が必要です。特にヤマネ君などは水がなければ一日ともたないのではないですか?」


 ヤマネが目に見えて落ち込む。


「『電気を用いずに居住可能地域を作り出すことは難しい』と結論付けたのは、他ならぬ君たち自身ではないですか」


 ヤチネズミたちは何も言えなくなる。 


 項垂れて言葉を探す旧ムクゲネズミ隊の頭頂部を上から見下ろし、オリイジネズミはさらに目を細めた。


「夜汽車を止めるなどと本気で言うならば、私は君たちを敵と見なします」


 ヤチネズミは前傾姿勢のまま固まる。


(こちら)に攻め入る時は覚悟してください」


 賢明な判断をしてくれることを期待します、と言い置きして、オリイジネズミは部隊を引きつれて洞穴を出て行った。

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