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00-178 旧ムクゲネズミ隊【検証】

過去編(その129)です。

「あ~……のさあ?」


 はっとして顔を上げると、ハツカネズミが顔だけ覗かせてこちらを見ていた。目が合ったハツカネズミは気まずそうに苦笑しながら側頭部を掻いて、


「終わった?」


「何が」


 ヤチネズミは真顔で聞き返す。聞かれた? どこから? 動揺が心拍を上昇させ全身の筋肉が強張った。しかし、


「し、しょち…?」


「見ての通りだって」


 後ろからカヤネズミが得意気に答える。ハツカネズミはほっと頬を緩めると岩間から全身をあらわした。


「長いから手間取ってるのかな~とか思って」


 言いながら近づいて来る右手は相変わらず側頭部を掻いている。


「いや、割とすんなりだった」


「そうなの? 挿入する(いれる)時は時間かかってたけど」


「な? 意外だよな、ヤチのくせに」


 カヤネズミと話しながら自分の脇を通り過ぎていくハツカネズミをヤチネズミは目で追う。


「カヤはヤチをいじり過ぎだよ。ヤチは凄いんだよ? 俺らの中で唯一ちゃんと勉強して…」


「ハツ、」


 自分を無視するようにカヤネズミのもとへ一直線に向かったハツカネズミを、ヤチネズミは呼びとめた。びくりとしてハツカネズミが立ち止まり、恐る恐る窺うようにゆっくりと振り返る。


「な、なに?」


 引きつった笑顔。


「お前さ、」


 喉元を上下させている。


「うん?」


 物凄く無理のある作り笑いをしばらく見つめてから、ヤチネズミは「いや」と言って視線を逸らした。


 本当はどこから話を聞いていたかと問い質そうとした。シチロウネズミの話を聞いていたのか、聞いていたならいい加減自分の嘘を認めろ、白状しろ、何のつもりでそんな嘘を吐いたのか皆にも打ち明け謝罪しろ……。


 だがそれが果たして誰のためになるかと考えた時、少なくともハツカネズミのためではないと気付いた。ハツカネズミが嘘を吐く理由を知りたいのは自分の希望であって、ハツカネズミのためではない。ハツカネズミが嘘を吐いてまで何かを隠しているのなら、暴かれたくないに決まっているではないか。どちらを優先すべきかとなどわかりきったことではないか。


「ヤチ?」


 子どもみたいな目でハツカネズミが覗きこんできたから、ヤチネズミは逃げるようにさらに顔を背けた。


「で? ハツお前、どっから聞いてた?」


 カヤネズミがハツカネズミに尋ねた。それがあまりに普通過ぎて、ヤチネズミは数秒固まる。それから目を見開き眉毛を吊り上げ、掴みかかりそうな形相で振り返った。


「カヤッ…!!」


 なんで聞くんだよ! シチロウの話をするなって言ったのはお前じゃん!! ヤチネズミはカヤネズミに詰め寄ろうとしたが、


「『検証』? とか『実験』、……とか」


 これまたハツカネズミが普通に答えた。ヤチネズミは前のめりに立ち止まって振り返る。


「何を実験するの? っていうかどういう話?」


「いや、これからどうするって話してて、せっかく地上に出たんならこっちでできることをやってこうかって話してて…」


 聞いていなかったのか、ヤチネズミは語り合う同輩たちの脇で胸を撫で下ろす。そして冷静になってみてから、もしかしたらカヤネズミも探りを入れるために敢えてとぼけた風を装ったのかもしれない、などと勘繰ってみたりした。


「…でいいよね?」


 だがハツカネズミは嘘つきだ。本当は聞いていた癖に知らないふりを装っている可能性だって多いに…


「ヤチ!」


 突然ハツカネズミの顔が眼前に現れて、ヤチネズミは半歩下がる。


「え……?」


「だから検証!」


 ハツカネズミが口角を大きく動かして繰り返す。


「あの時のカヤの仮説を証明するための検証をしていくって話でいいよねって聞いたんだよ」


「ああ……」


 聞いていなかった。

 挙動不審に生返事をして、「いいんじゃね?」と答える。


「では決まりですね」


 振り返るとオリイジネズミ隊が訪れていた。ヤチネズミたちはそれぞれ会釈する。オリイジネズミも丁寧に瞼を閉じて腰を曲げる。


「おはようございます。なかなか遅いお目覚めでしたね」


 オリイジネズミがカヤネズミに向かって言い、


(おそ)ようございます。目覚ただけ万々歳じゃないですかね」


 カヤネズミも作り物か本物か判じ難い笑顔で答えた。


「どこから始める」


 オリイジネズミの横からエゾヤチネズミに問われてヤチネズミたちは顔を見合わせる。ハツカネズミは側頭部を掻き、ヤチネズミが視線を泳がせるその奥からカヤネズミが顔を上げた。



 * * * *



 いくつかの検証が同時進行で進められることになった。一つ、廃屋の調査。一つ、居住可能地域は電気なしで再現できるか否か。一つ、居住不可能地域でもヤチネズミおよびハツカネズミならが生き永らえることが出来るか否か。一つ、子どもは女から成るのか否か。


 カヤネズミの仮説が正しければ、廃屋の構造や使われている材質に塔との共通点があるはずだ。それが立証されれば即ち、塔に住む者と同じ知識と技術を持つ者がかつて廃屋に居住していたということになる。昼間の日光に直接晒されるあの地上に。


 ハタネズミの秘密基地を拠点として、比較的砂に埋もれていない、保存状態のいい廃屋をいくつか取り上げた。構造はいくつかの種類に分けられたが、大体は鉄骨造か鉄筋製だった。間取りは多岐に渡り、間仕切りが全くない大部屋が目立つ廃屋もあれば、明らかに複数の小部屋と廊下で構成されているものもあった。

台所や浴槽と言われればそう見えてくる残骸、壁を剥がせば見えてきたのは水道管と思われる鉄管、そして電線。どうやら壁や床、天井などにそれらを埋め込み、廃屋のいたるところで電気や水道を使えるようになっていたらしい、塔と同様に。


「地下の連中には無理っすよね」


 タネジネズミの呟きに込められた意味に、誰もが頷いた。



  *



 ついでなのでカヤネズミについても実験した。どれくらい断酒した後でどれくらい飲酒したら眠れるのか。


 二ヶ月の断酒後の一升瓶一気飲みで半月ほど眠り続けることはわかっていたが、それはあまりに眠り過ぎだしその都度医療行為もしていられない。ヤチネズミだって見知った顔の局部の処置など気乗りしないし、カヤネズミ自身が頑なに拒んだ。ならばもっと短い周期で寝てもらおうと言うことになったが、カヤネズミを断酒させることこそが一番の難関だった。


 一日飲まなければ苛々し始める。二日目には暴言を吐き始める。三日目には非常に暴力的になり物理的抑制はハツカネズミにしかできないことだったから、ハツカネズミが不在の時には危険極まりない。ワタセジネズミも頑張れば押さえ込めそうだったが、カヤネズミの理論武装の前では混乱して本来の力を出しきれなかった。


 腕力に物を言わせるならドブネズミでも良さそうなものだが、ドブネズミがカヤネズミに手を上げることなど出来るはずが無い。むしろ苛々し過ぎて怒り狂ったカヤネズミを、べそをかきながら静まるように懇願する姿は情けないことこの上ない。


 最終的に二日断酒が限界という妥協案で落ち着いた。二日我慢したら三日目は飲酒解禁。終日飲み続けること数日間、四日目くらいでようやく潰れる。そして一時間後には目覚めている。ハタネズミが推測していたように睡眠時間が寿命に比例するならば、もう少し長く眠っていてほしいところだが、依存症の治療は難しい。禁酒期間のカヤネズミの相手はさらにいろいろ難しく、相手してやれるのはドブネズミくらいしかいない。ドブネズミにばかり負担を押し付けるのもどうかという話にもなったが、タネジネズミによるとそれはドブネズミの本望らしい。任せておくことにした。

 


  *



 次の検証は塔の再現だった。『居住可能地域は電気なしで再現できるか』。言いかえれば『屋根のない場所で塔内と同じ空間を再現できるか否か』。


 これは実験のしようが無かった。『不可』という結果がはっきりと見えていたからだ。仮に地上がかつては居住可能な場所だったとしても、現在は不可能なのだ。だから塔内で暮らしていたのだ。野営の際には屋根を探すのだ。地下の連中は地下に潜るのだ。


 屋根がない場所で常時過ごすためには、遮光技術が必要だ。紫外線除去装置が必要だ。日光そのものの脅威を和らげるにも、体感温度を下げるためにも電気無しでは話にならない。打ち水など水の無駄だし、そんなものに使うくらいならヤマネに飲ませてやった方がいい。



  *



 結果が見えている実験のために命を危険に晒すことは出来ないが、その危険が限りなく少なそうな命たちは、自らの身体を用いた実験を買って出た。


 ヤチネズミとハツカネズミが自分たちに課した実験期間は一ヶ月。場所は洞穴から目視できる海岸で一日中、日陰ができない開けた空間。万が一、被検体に異変が見られれば即座に救助に向かえるよう、誰もが気を張り息を飲み、長いひと月を祈るような気持ちで過ごした。

 果たしてヤチネズミとハツカネズミは居住不可能地域たる地上で生き延びることが出来るのだろう…


 出来た。

 出来てしまった。

 何の危機に直面することも無く、難なく彼らは生き延びた。


 もっとも、ヤチネズミにとっては死んだ方がましだと魔が差す瞬間が何度も去来する、苦痛に満ちた一ヶ月間だったのだが。痛いだけの一ヶ月は痛いだけで、乾くだけで、苦しいだけででも、死ねなかった。


 死ねなかった。死ななかった。セスジネズミならば火傷にも乾燥にも気付かぬうちに、何も感じないままに脱水死していただろうところを、ワタセジネズミさえも異変に気付いてカワネズミに助けを求めていただろうところを、ヤチネズミは死にたいくらいの苦痛の中でも死ねなかった。


 ハツカネズミが隣にいたからかもしれない。何食わぬ顔で何も感知しないハツカネズミは日焼けによる火傷と再生を繰り返しながら、全身火傷で苦しむヤチネズミをひたすら励まし続けた。気が遠くなり、文字通り気絶し、痛みの中で目が覚めると目の前にいる心配そうな視線と困ったような笑顔に何度救われただろうか。ハツ、お前なんでそんなにいい奴なんだよ。腫れた唇は思うように発音できなくて、きっと伝わっていなかった。だからこそ言えたのかもしれない。伝わらないはずと高を括って、伝えてはいけないと咎められた言葉を吐き続けていたのかもしれない。ごめんなハツ、俺のせいでごめん。そんな身体にしちゃってごめん。ごめん、アカ。ごめん、ヒミズ。ごめん、ごめんシチロウ。トガちゃん、おれ。ハツごめん。ごめん、ごめん、ごめん。

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