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00-172 ヤチネズミ【毒?】

過去編(その123)です。

 ジネズミはべたついた手の平を太腿に擦りつけながら見開いた目でどこか一点を見つめている。


「……っと、ってことは、その…、アカネズミさん以外のネズミはみんな捨てられた? 地上の実験台? で、ハツさんは失敗さく…」


「ハツだけじゃなくて俺たち全員だ」


 ヤチネズミはジネズミの言い回しを訂正する。ジネズミはヤチネズミを横目で睨むと、心配そうにカヤネズミを見遣り、


「カヤさんは、本当に起きるんですよね?」


「それはわかりません」


 不確かな、誰にもわからない未来だ。オリイジネズミがそう伝えたが、


「絶対に起きます!」


 ドブネズミがそれを否定する。咎める者はいない。


「…んで、ってことは、生産体も治験体も失敗作には変わりないんだし……」


 そこまで言うとジネズミはちらりとコジネズミを盗み見た。コジネズミは腕組みをしたまま聞こえないような顔をして明後日の方を向いている。


「とはいえ生産体がそれなりに保護されていることは事実でしょう」


 コジネズミの心情を配慮したのだろうか。冷静さを取り戻したオリイジネズミが静かに呟いた。


「オリイジネズミさんの薬ってどんなのなんですか?」


 ハツカネズミが尋ねる。体力は胡坐がかけるまでに回復していて、すやすやと丸くなって眠る治験体の子どもを膝の上に載せている。


「コジネズミ君とトクノシマトゲネズミさんです」


「コージさんとトクさん『()』?」


 旧ムクゲネズミ隊は揃って目を丸くした。


「正確にはケナガネズミさんですが…」


「三年前に病死したしな。あのおっさんは」


 今は俺の薬だ、と言わんばかりにコジネズミが言った。


「部隊長は、それじゃあ…」


「受容体ですが何か?」


 オリイジネズミに見つめられて、ワタセジネズミは慌てて首を横に振る。

 意外だよ、びっくりだって、とヤチネズミは思いながらオリイジネズミをまじまじと見つめた。


 生産体は保護されている、それは事実だ。だから掃除なんて前線に借り出されることはほぼなかったし、招集されても後方支援が主な業務だった。

 そして生産体は優遇もされている。生産体というだけで受容体よりも高い地位が与えられがちだし、その分、部隊長にもなりやすい。


「セスジネズミ君が言うように、生産体も受容体も関係ありませんよ。皆、ネズミです」


 オリイジネズミは語りかけるように言う。それはそうかもしれないけれども、ヤチネズミはこぼしかけた感想を飲み込むように唇を閉じる。この男は一体どんな経歴を踏んで部隊長にまで昇り詰めたのだろうと考える。おそらく生産体が部隊長になるよりもずっと過酷な道のりを、より多大な努力で歩んできたはずだ。


「オリィさんを敵に回すと面倒くさいぞ」


 コジネズミが頭の後ろで手を組んで言った。


「お前に言ってんだよ、ばけもん。聞いてるか?」


 ハツカネズミはむっとした顔をコジネズミに向けたが、敗北が身に沁みているのだろう。頬を膨らませただけだった。


「私のことよりも、」


 言ってオリイジネズミが顔を上げた。目が合ったヤチネズミは自分を指差す。オリイジネズミは頷き、


「君の薬の効能です。居住不可能(・・・)地域で生きていくためのもの、ですか……」


 コジネズミも横目でヤチネズミを見る。


「でもヤッさんのはヤッさん以外には『毒』になるって…!」


 ワタセジネズミがうっかりその言葉をこぼして、慌てて粗相を隠すように口元を手で覆う。ヤチネズミは下を向いたが、


「……あ!!」


 叫んだのはヤマネだ。


「どうしたの?」


 ハツカネズミに声をかけられるとヤマネは困ったように顔を背ける。そしてちらりとヤチネズミを見てからオリイジネズミの方に顔を近付け、


「その……、お、オオアシは…?」


「オオアシってあのでかい奴?」


 コジネズミが言ってから、「そう言や、あいつどこ行った?」と、事情を既に聞いている癖に知らないふりをしてその名前を連呼した。ハツカネズミは無表情で唇を結び、旧ムクゲネズミ隊は無言で目配せし合ったが、


「オオアシが何だって」


 聞かずにはいられなくてヤチネズミは声を大にして尋ねた。ヤマネはヤチネズミとハツカネズミを見比べつつ、


「や、だからヤッさんの薬って、……オオアシにも入ってるんでしょ?」


 どうやってもハツカネズミの耳にも届くのに、極力声を顰めて、手を口元に軽く立てて尋ねてきた。ヤチネズミは無言で頷く。


「じゃあなんでオオアシは元気なの?」


「たまたまだろ」


 ヤマネの小声に対して、ヤチネズミは憮然として答える。


「大体の奴は十中八九死ぬよ。でもあいつはたまたま無事だったってだけじゃね? ハツだってこうしてまだぴんぴんしてるんだし…」


「偶然はそう何度も重なりません」


 尻すぼみに小声になったヤチネズミを叱りつけるように、オリイジネズミが言った。


「毒ならば毒で誰にでも毒になるはずですし、毒にも薬にもなるならばどちらも相当数の結果が出るはずです。しかし君の薬は検査において、ハツカネズミ君以外の全ての子ネズミを死に至らしめたと聞きます」


 ヤチネズミは俯く。


「これだけならばハツカネズミ君は『偶然』に『運よく』生き永らえたという事実が残るだけですが、もう一つ生存例が生じた。となれば二つの『偶然』が別々に起きたと捉えるよりも、その二つの事例に共通する『要因』があり、ハツカネズミ君とオオアシトガリネズミ君は生存例となったと考えるべきです」


 ヤチネズミは下を向いたまま目を見開く。


「思い出してください。二つの事例の時にはあって、他の子ネズミたちの検査の時にはなかったものを。何かあったはずです、君の薬が『毒』でなくなる要因が」


 顔を上げる。ハツカネズミと目が合う。


「……ミズラは死んだ………」


 カワネズミがぼそりと言った。


「ミズラにも入れたんだろ? ヤッさんの薬。なんでミズラも死んだの?」


 思い出したように悔しさを再燃させてカワネズミが責める。ヤチネズミは奥歯を噛みしめつつ、あの時のことを思い出す。


 ミズラ『()』。その言葉の中にはシチロウネズミも含まれていた。思い出したくない事実、遠ざけておきたかった罪を突き付けられてヤチネズミは瞼を閉じる。


 ハツカネズミにはあってシチロウネズミには無かったものなんて受容体の優劣だけじゃないのか? シチロウネズミが辛うじてトガリネズミの薬だけを受け継いだのに対して、ハツカネズミは誰の薬も何の副作用もなく受け継ぎ、使いこなしている。ハツカネズミはアカネズミと同様、まっさきに検査に呼ばれたけれども、シチロウネズミが呼ばれたのはかなり遅かったってそれは俺の『お守り』のためか……。


「オオアシトガリネズミ君の他にも、地上で薬合わせを?」


 オリイジネズミがカワネズミに尋ねた。カワネズミは「はい」と短く答えて、それ以外は動かさず時じっとこちらを睨むように見つめている。


 オオアシにもあって、ハツが持ってて、シチロウには無かったもの。あるか? そんなもの。ヤチネズミはそこで躓く。というよりもそれ以上先まで踏み込んで考えたくない、考えるのが、思い出すのが怖い。シチロウネズミを思うことが、子ネズミたちを思い出すことが、検査を追体験することが。


「ヤチ?」


 ハツカネズミに呼ばれる。どんな顔を向ければいいのかわからなくてさらに顎を引く。


「大丈夫? ヤチ……」


―大丈夫だよ、ヤチ―


―大丈夫だよ! 俺は絶対死なないから―


 とか言ってお前だって死んだじゃん。


 ヤチネズミは下を向いたまま目を開けた。


 『死んだじゃん(・・・・・・)』?



   *



「……ヤッさん?」


 ヤマネはヤチネズミを覗きこむ。同室の先輩は瞬きも忘れて驚愕の表情で固まっている。


「ヤチネズミ君」


 オリイジネズミも声をかける。ハタネズミが気にしていた薬の持ち主は、口を開けたまま返事もしない。


「ヤチ!」


 コジネズミも呼ぶ。時間を取らせるな。


「おい、じじい」


 セスジネズミも呼ぶ。顔を見るだけでいらつく。


「ヤチ?」


 ハツカネズミは同室の同輩を呼んだ。普段から変だけれども何だか様子が普通じゃない。泣くのか? また泣いちゃうのか? どうしよう、俺、泣きやませられるかな。とりあえず謝って……。


「ハツ、」


 呼ばれてハツカネズミはぎくりとした。顔を上げて伺うように笑顔を作ったが、


「お前、一回、死んでる」


「うん! 俺、一回しんで……、死ん??」


 その場にいた全員が目を剥きヤチネズミを覗きこんでから、一斉にハツカネズミを見た。

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