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00-171 オリイジネズミ【ハタネズミの】

過去編(その122)です。

 オリイジネズミとその部隊員に囲まれてヤチネズミは手当てと尋問を受ける。どこでどのように負った怪我かを、一つひとつ指差されながら思い出せる限りで答えていく。


「なんか……、ごめんね?」


 負った傷を完璧に治癒しつつ体力は回復していないハツカネズミが、横たわったまま首を竦めた。


「ハツさんが謝ることですか?」


 ヤマネが水をがぶ飲みしながら言う。


「おいお前、何勝手に飲み干してんだよ」


 コジネズミが洞窟の奥から凶悪な睨みを効かせて、ヤマネが「すみません、すみません」と態度を急変させたが、


「お前のもんじゃないじゃん! 偉そうに言うなよ!」


 ハツカネズミが後輩を庇ってコジネズミに歯向かい、


「コジネズミさんの物なの!」


 カワネズミに注意されて不服そうに口を尖らせた。


 治験体の子どもたちとジネズミはいまだに目覚めず、カヤネズミも相変わらず気持ちよさそうに眠り続けている。安心した後で改めて見ると、憎たらしいことこの上ない。無防備すぎて鼻の穴に割り箸でも突っ込んでやろうかとヤマネとセスジネズミは相談したが、ドブネズミの怒号と鼻水に阻止された。コジネズミが聞きたがっていたカヤネズミの話は持ちこさざるを得なくなり、ワタセジネズミを心配するオリイジネズミによって旧ムクゲネズミ隊の今後を話し合うことになったのだが、


「抗生剤くらい飲んでおいた方がいいのではないですか?」


「いや、本気で無理なんです。水も飲んだら後で吐きます」


 見た目が大変なことになっているヤチネズミの応急処置が優先された。


「吐く前に溶けて吸収されるでしょう」


「消化も吸収も一切できてないってアイからは言われましたけど…」


「その名前、出さないでよ」


 オリイジネズミとの会話に突然不機嫌なハツカネズミが割りこんできて、ヤチネズミは振り返った。旧ムクゲネズミ隊の面々も、動けない年長者の怒りに押し黙る。


「名前を出さなければ話が進まないでしょう」


 オリイジネズミが冷静に注意したが、


「誰かさんだって『あの男』って濁すじゃないっすか」


 コジネズミが腕組みして天井を仰いだまま口を挟み、オリイジネズミがむっとして押し黙った。


「『あの男』って?」


 恐る恐るワタセジネズミが、伺いを立てる。


「お前は会ってるだろ」


 コジネズミが腕組みしたまま視線だけを寄こして、「ハタさんだよ」


「ここってその、ハタネズミさんの秘密のあそこなんすか?」


 ワタセジネズミが舌足らずに驚き、


「あそこってなんだよ」


 カワネズミが呆れてぼやく。


 ヤチネズミは自分が置かれている空間を見回す。開けた洞窟だった。日光を避けるために、野営をするために作られたような場所だ。旧ムクゲネズミ隊とオリイジネズミ隊が一同に会しても全く窮屈さはなく、高い天井の先は亀裂が走っていて、明かり取りと換気の役割を担っている。満潮時には上手いこと見えづらくなりそうな入り江は、干潮時には浜を歩いて進入できた。上も下も開いている。ハタネズミが好きそうだとヤチネズミは思って、慌てて首を横に振った。


「ハタネズミさんが好きそうですね」


 ぎょっとして声の方を見ると、セスジネズミが壁際の何かを手に取り観察していた。


「何ですか? それ…」


 言って立ち上がりかけたワタセジネズミの目を、背後からカワネズミが覆い隠して、


「ワタセは見ちゃいけません!」


「確かに」


 タネジネズミが小鼻を引き攣らせて同意した。


「……ハタさんはここで、何してたんですか?」 


 ヤチネズミは少なからず委縮しながらコジネズミに尋ねると、コジネズミはばっとこちらに顔を向けた。俺、今度は何したっけ、とヤチネズミは謝る準備をしたが、


「お前、来たことないの?」


 予想に反してコジネズミから質問される。首を横に振るとコジネズミはにやりと口角を持ち上げた。ヤチネズミにはその笑顔の意味がわからない。


「実験ですよ」


 コジネズミに代わってオリイジネズミが答える。


「実験、ですか?」


 オリイジネズミ隊も知らなかったらしい。副部隊長のエゾヤチネズミが部隊長に質問する。


「薬です」


 副部隊長に告げてからオリイジネズミがコジネズミに振り返り、「いいですか?」と確認した。コジネズミも「いいんじゃないんすか?」と横を向いたまま答えた。


「ハタさんはもういないんだし」


 コジネズミがぼそりと呟く。誰も聞いていないと思ったのかもしれないが、ヤチネズミは頭を下げるように俯いた。


「あの男は自分の薬が毒だと考えていました。触覚の鈍化は皆が言うほど万能ではない、痛覚の喪失はその時は宝にも思えるが、やがては苦しみの元になる、と」


 拳を握りしめ、自身の手の平を指先で突き破っていたハタネズミを思い出す。


「どうにかして感覚を取り戻せないかと、薬を無効化できないかと考えるようになりました」


 壁際の『器具』は、ハタネズミが痛みを感じようとした努力の痕なのだろう。その努力は全く実らなかったようだが。


「自らの手だけでは足りないと気付いたあの男は、協力者を求めました。アイ……、塔の義脳や他のネズミに口外しなさそうな者を選んだようです」


 ハツカネズミを慮りながらオリイジネズミは話を続ける。


「不運なことに私が選ばれました」


 オリイジネズミは苦々しげに目を伏せた。


「信頼されてたってことじゃないんですか?」


 ヤチネズミは思ったことを伝えた。オリイジネズミのような男ならばハタネズミも信頼していただろうと思ったからだ。しかし、


「そんな健全な感情をあの男が持っていたはずありません」


 凄まじい拒絶反応。


「嫌なら断わっちゃうとか駄目でしたか?」


 ワタセジネズミの舌足らずが、やはり思ったことをそのまま尋ねた。もう少し言葉遣いを教え込んでおくべきだったと後悔させる言い回しに、カワネズミが「すみません」と頭を下げる。憮然として睨みつけるエゾヤチネズミの横で、 


「単に弱みを握られていただけです」


 さらに憮然としてオリイジネズミが言った。


「けつの痣っすよねえ」


 コジネズミが横やりを入れる。「え……」と目を丸くしたヤチネズミや、ぎょっとして能面を崩したオリイジネズミ隊に、


「……身体的特徴はどうにもならないでしょう」


 唇を震わせてオリイジネズミが凄んだ。


「あの……、なんでハタネズミさんは部隊長のお尻の穴なんて…?」


 言いかけたワタセジネズミの口を物理的に塞いだのはセスジネズミだ。ヤマネが「黙れお前、喋んな、いいな?」と小声で恫喝し、「失礼しました!」とカワネズミが頭を下げたが、


「なにもありませんよ! あるわけないでしょう!!」


 オリイジネズミがさらに顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。


同室の先輩(ほごしゃ)だからです! あの子たちくらいに子どもの時の話です!!」


「うんこ漏らしたんすよねえ」


 真顔でそんなことを言うコジネズミに、


「うんこ?」


 ワタセジネズミが振り返る。


「だから子どもの頃の話ですッ!!!」


 癇癪じみたオリイジネズミの声が洞窟内にこだまして、


「子どもなら仕方ないです」


 エゾヤチネズミが早口で肯定した。


「子どもですしね」


「子ども、子ども…」


「子どもです!」


 オリイジネズミ隊が口々に言って、ワタセジネズミはエゾヤチネズミの穴を穿たれそうな視線の前でようやく唇を結び、オリイジネズミは肩で呼吸を整えた。


 話が見えてきた。どうやらオリイジネズミはハタネズミと同室で、オリイジネズミが子どもの頃、大便を漏らしたらしい。それを処理してやったのが同室の先輩のハタネズミで、その際にオリイジネズミの尻に痣があることをハタネズミは知った。ハタネズミのことだ。長じてからその話を持ち出してきて、オリイジネズミをからかっていたのだろう。ある時は漏らした事実を周囲に臭わせることでオリイジネズミを服従させ、またある時は尻の痣を知った経緯を事実とは異なる風に吹聴し、あることないことからあんなことにこんなことやそんなことまでいろいろと。それを聞いた奴が誤解をするような言い方でわざと、オリィはけつを突き出すともう抵抗もしなくなって、ただ黙って俺のされるがままに…』」


「コジネズミ君ッ!!!」


 耳まで真っ赤にしてオリイジネズミが叫んだ。コジネズミはようやく話を止めて顔を向ける。


「あ、あ、あ、あることないこと言うのはやめなさい! まままるであの男みたいに!!」


「部隊長?」と心配するエゾヤチネズミの声も届かず、


「それ以上続けるつもりなら…ら、わ、私にも考えがありますッ!」


「静まり下さい部隊長!!」


 完全に威厳と冷静さを失ったオリイジネズミを、オリイジネズミ隊の面々が取り押さえた。ヤチネズミは呆気にとられる。塔に連行された時のオリイジネズミもハタネズミの話で激昂していたが、まさかここまでとは。


 唖然としたのはヤチネズミだけでなく、ヤマネやカワネズミはもちろん、セスジネズミも目を見張っていた。ワタセジネズミに至っては、「こんなの部隊長じゃない……」などとうわ言を呟いている。


「冗談ですってば」


 まるで悪びれずにコジネズミが息を吐いた。せめてそこは『ごめんなさい』の一言を、とヤチネズミは元上官に振り返ったが、


「でもちょっとハタさんがいたころみたいで面白かったっすけどね」


 ハタネズミ隊で共に行動していた頃も見たことが無い、コジネズミの笑顔に目が釘付けになった。自分を見下す時ともアズミトガリネズミたちに歯向かう時の底意地の悪い嗤いとも違って、心底楽しげに肩を揺する元上官の姿を、ヤチネズミはただ黙って見つめる。


「黙れよ、コジネズミ」


 その笑いを止めたのはハツカネズミだ。治験体の子どもを腹にくっつけたまま、辛うじて動き始めた腹筋で身体を揺する。


「お前が喋るとみんなが困るんだよ。少し黙ってろよ」 


「ハツ…」


「黙ってるのはお前だよ」


 止めようとしたヤチネズミを遮って、コジネズミは普段通りの目付きの悪さを取り戻すと、懐から拳銃を取り出した。ヤマネが悲鳴を上げて後ずさりする。


「言ったろ? 俺はそいつの話を聞くために来たんだよ、付属品はしゃあなしの嫌々でここの空気吸わせてやってんだから少しはわきまえろよ。っつうかお前はむしろいらないじゃん。死ぬ?」


 眠りこけるカヤネズミを顎で指し、汚いものでも見る目でハツカネズミを見下ろして拳銃の引き金に指をかける。「やめなさい」というオリイジネズミの言葉もすでに抑止力はなく、動けないハツカネズミは睨みつける以外に術を持たない。


「やめていただけませんか」


 しかしコジネズミを止めたのは、意外なことにセスジネズミだった。


「なんだてめぇ…」


「副部隊長のセスジネズミです。コジネズミさんの噂はかねがね伺っています。この度は多大なる助力をいただき部隊員一同、感謝しています」


「そんな奴に頭なんてさぐ…!」


 騒ぎ出したハツカネズミの口を塞いだのはカワネズミの手とヤマネの羽交い締めだ。


「感謝します」とセスジネズミは重ねて頭を下げた。コジネズミも眉根を寄せつつ、ハツカネズミに向けていた銃口を心なしか下げた様に見える。


「コジネズミさんが聞きたがっていたというカヤネズミの塔に関する見解と推測ですが、大まかな部分は俺も聞いています。カヤネズミがいつ目を覚ますかはわかりませんが、俺が知る限りでお話ししますので、今日のところはそれでご了承いただけませんか」


 険しい顔をしていたコジネズミが黙って拳銃をしまった。ヤマネがほっと息を吐き、カワネズミが視線でハツカネズミを叱りつける。タネジネズミは面白くなさそうに唇を尖らせてそっぽを向いていたが、ヤチネズミは後輩の毅然とした態度と的確な行動に感心した。


「セージ、お前すごいな」


 思わず感想を漏らす。ムクゲネズミの贔屓だけでなく、同室の後輩はちゃんと実力で自分の上官にまで昇り詰めたのだな、と改めて実感したのに、


「てめぇはすっ込んでろ、じじい」


 一瞬で態度と口調を自分向けに切り替えてセスジネズミは返答した。ヤチネズミは自分の中で勝手に前言撤回して「お前なあ!」と声を上げたが、


「黙ってろ!!」


「お座り!!」


「です!!」


 ヤマネとカワネズミ、ワタセジネズミにまで畳みかけられて引き下がらざるを得ない。


「セージ、」


 それまでカヤネズミにぴたりとはりついて鼻水を啜る以外に音を立てなかったドブネズミだった。旧ムクゲネズミ隊だけでなく、オリイジネズミ隊やコジネズミまで驚いた目を向ける。


「俺たちももう一度ちゃんと聞きたい。話してくれるか」


「はい」


 セスジネズミはドブネズミの背中に頷き、カヤネズミを見遣ってからコジネズミに向き直った。


「まず薬とネズミについてですが…」


 セスジネズミが言いかけた時、タネジネズミに大分遅れてジネズミが目を覚ました。セスジネズミが用意した寝袋に入れられたジネズミは、自分が置かれた場所がどこかわからなくて戸惑い、自由が聞かない身体に驚き、その身体がねばねばとした不快な汁に汚染されていたことに混乱した。


「ジネ! おはよう」


「タネ? 何これどこここどうなってんの!?」


 タネジネズミの手伝いで寝袋から両手を出したジネズミは地面に手をつき首を回す。そして、


「コジネズミ!!?」


「なに呼び捨てしてんだよ」


「オリイジネズミぃ!?」


 コジネズミの舌打ちとオリイジネズミのため息の間で混乱を極めるジネズミをじっと見ていたセスジネズミが、


「手短に説明すると受刑の…」


「とことん詳しくお願いします!」


 セスジネズミを遮って、タネジネズミがジネズミを代弁した。

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