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00-169 タネジネズミ【目覚め】

過去編(その120)です。

「痛くないの?」


 ワタセジネズミの声が聞こえる。その後ろからはむせび泣く子どもの声も。


「なぃい〜」


「全く? 全然? こう、『ぼっ』とか『んぐわ!』みたいな感じもない?」


 相変わらずワタセジネズミの擬音語は難しい。しかし子どもには通じるらしくて、「なぁいい」と再び否定した。


 周囲の小声に眉根を顰めて寝返りをうとうとしたタネジネズミは、思うように動かない身体に気がつく。


「じゃあなんで泣いてるの」


 カワネズミの呆れ声のあとで、子どもの声はしゃくりあげながら、


「おじさんもおにいちゃんもはだしきいでくぐれないぃ~!」


「しっ! 寝てる奴らいるから」


 カワネズミが小声で諭したが子どもの泣き声は音量を増していき、タネジネズミは諦めて目を開けた。


 どこだ? 薄暗い気もするけれども足元の明るさは焚火でも照明でもない。間違いなく昼の明かりが射す廃屋……、洞窟?


「起きたんじゃねえの?」


 聞き慣れない声。部隊員以外のネズミがいるようだ。合同で野営なんてしていただろうかってあれ? 俺、何してた…


 タネジネズミは完全に覚醒して飛び起きた。しかし四肢が完全に拘束されていた。勢いづけて折り曲げた腹筋は上体と爪先を持ち上げたが、それ以上の動作には至らず、きれいなくの字のまま天井を仰いで後頭部から落ちる。潰れた呻き声は他の部隊員たちに自分の起床を知らせたが、タネジネズミ自身は身動きが取れない。


「おはようございます、タネジジさん」


「略すな!」


 悶絶しながらワタセジネズミにお決まりの苦言を呈したが、見上げた先にいたのは自部隊の気心知れた仲間ではなく、


「こッ!!?」


「ぁあ?」


 コジネズミの強烈な睨みの下で固まった。


「おはようございます。早くもないですが」


 さらに聞き慣れない声がして、タネジネズミは拘束されたまま首を回す。


「ぅお!??」


 オリイジネズミとその部隊員までいる。生産隊とオリイジネズミ? そして自分は拘束されている………。混乱の中で必死に考えを巡らせたタネジネズミが導き出した結論は、


「カヤさんたち処刑…!?」


「…はされていない」


 さらに別の方向から妙に癪に障る声。


「せす…!!」


 死刑囚の副部隊長が近づいてきた。左足を大仰に固定して、松葉杖をついている。


「は? な……、ッど…!」


「タネジ、ちゃんと説明するから、な?」


 カワネズミが駆け寄ってきて肩を擦られた。カワネズミがそう言うならそうなのかもしれないが、


「説明って」


「話すと長くなるんだけど……」


「手短に!」


「受刑の義務を放棄してアイに反旗を翻してワシの強襲をかいくぐってオリイジネズミ隊の皆さんの助けでコジネズミさんに世話になっている」


 頬を掻きながら言葉を探していたカワネズミに代わって、自分の要求を聞き入れたセスジネズミが答えてくれた。しかし手短すぎて、


「……やっぱりなるべく詳しく」


 タネジネズミは阿呆のようにセスジネズミを見つめた後で、カワネズミに真顔を向けた。



 *


 

 カワネズミの話だけではまだわからなくて、セスジネズミが度々口を挟んだ。さらに言いたいことが多分にあったようで、コジネズミがいちいち悪口と悪態を吐き、治験体の子どもが所々で泣いて騒いでオリイジネズミがため息まじりに仕切り直す、というのを繰り返した。


 アイの嘘とかネズミの存在意義とか地下とか塔とか女とか。


 甘い芋煮だか塩辛い大学芋だかでべたべたの寝袋から脱出しながら、タネジネズミはハツカネズミのように頭を掻き毟りたい衝動に駆られていた。しかし芋汁でべたついた手ではそれも叶わず、忙しなく手の平は大腿部の上を滑る。

 突っ込みどころも掘り下げたい疑問も多々あったがとりあえず今は、


「……カヤさんたち待ちってこと?」


「入江まで来たらここに案内するようナンヨウ君にお願いしてあります」


 タネジネズミはカワネズミに確認したのだが、オリイジネズミの方が先に追加情報と共に答えた。


「ナンヨウ君と共にいるところを別部隊などに見られたらさらに話がややこしくなるとは伝えたのですが…」


「ブッさん、『カヤさんを待ってる』って聞かなくて」


 カワネズミが膝の上のぐずる子どもから顔を背けながら言った。姿が見えないドブネズミもこの洞窟の外にいるらしい。ドブネズミならばそう言うだろうとタネジネズミは納得した。


「で、オオアシは?」


 話の中盤から名が上がらなくなった部隊員も姿が見えない。両脚が骨折していることを免罪符におぶれ運べと顎で使われたタネジネズミは、どこかで仕返ししてやらねばと思っていたのだが。


「そのことなんだけど…」


 カワネズミが気まずそうに言うと、ワタセジネズミが俯いた。タネジネズミは眉根を寄せて身を乗り出したが、


「彼なら心配いりません」


 再びオリイジネズミ。意外に出しゃばりだな、とタネジネズミは思いつつ、


「どういう意味ですか?」


 おそらくとても世話になったのであろう別部隊の部隊長に尋ねた。


「彼にはミカド君をつけました。ミカド君が責任を持って塔に連れ帰ったはずです」


「塔に?」とタネジネズミはさらに身を乗り出す。


「だって、旧ムクゲネズミ隊(おれら)は塔から決別したんじゃなかったんすか?」


 話の流れと置かれた場所からそういうことなのだろうと思ったのだが違っただろうか。

 あれだけ生産隊を怒らせて来たのだ。塔を引っかきまわした自覚もある。カヤネズミを助けるためとはいえ、ただでは済まないだろうとタネジネズミは予測していた。


「俺らは、ね」


 カワネズミが歯切れ悪く呟く。


「ちなみにオリイジネズミさんたちは、俺らを捕まえるために追ってきたって体裁(てい)になってるから」


 タネジネズミはそれ以上身を乗り出せなくて、顔を前につきだした。


「だから、アイと決別して塔に帰らないのは俺ら(・・)だけなんだって」


 タネジネズミはコジネズミを横目で見る。 


「俺はいつでも通報出来るぞ」


 頬杖をついてコジネズミがいやらしく笑ったから、タネジネズミだけでなく、カワネズミやワタセジネズミもぎょっとして座ったまま後ずさりした。


「しませんよ、彼は」


 治験体の子どもをカワネズミの膝の上から取りあげて、オリイジネズミが言う。


「見た目に似合わず根は素直ですから」


 素直と言ったオリイジネズミを二度見してから、素直と言われたコジネズミを盗み見た。コジネズミは決まりが悪そうに唇を尖らせてそっぽを向く。


 どういう関係ですか、と思わず尋ねそうになった時、


「タネジネズミも選べばいい」


 セスジネズミが割って入ってきた。そうだ、こいつもいたんだった、と、タネジネズミは白い目で副部隊長を見遣る。


 タネジネズミが助けたかったのはあくまでカヤネズミだった。

 だがセスジネズミは違う。何故かジネズミが庇い始めたから仕方なく悪口を言うのはやめたが、この副部隊長がしてきたことをタネジネズミは許していないし許す必要もないと思っている。

 助からなくても別によかった副部隊長は顔を上げ、タネジネズミの視線を気にもせずにいつもの調子で淡々と続けた。


「オオアシは自分の意思で塔に帰ったし俺たちも自分の意思で塔を捨てた。だがタネジネズミとジネズミは違う。お前たちは寝ていたからハツさんの独断と成り行きでここに連れてきてしまったけれども、今からでも遅くない。帰りたければ帰った方がいいしその場合は手助けもする。しかし帰るならもう二度と部隊員として会うことはないし場合によっては敵として見なさなければならないこともあるだろう」


 タネジネズミは隠しきれない嫌悪感を全面に出してセスジネズミを見据えた。セスジネズミも一切怯まずに見つめ返してくる。


「セージぃ」とカワネズミが間に入ってきたが、


「部隊員の権利と考え得る予想を伝える義務が俺にはあるから」


 そちらを見ないで副部隊長は告げた。


「お前、さっきは普通だったじゃん」


 カワネズミが上を向いて呆れ声で言う。ついでに手の平で胸元を煽いだりしている。普通? とタネジネズミは首を傾げてカワネズミを横目で見てからセスジネズミを見遣った。こいつはこれ(・・)が普通じゃないか、と思ったが、


「変更があるなら早急にお願いします。こちらにも立場がありますので」


 泣き疲れた子どもの頭を撫でながらオリイジネズミが息を吐いた。


「はい、部隊長!」


 ワタセジネズミの元気が場違いに空回りする。


「その『部隊長』って何?」


 タネジネズミはワタセジネズミに尋ねる。ワタセジネズミは「部隊長」と言ってオリイジネズミを指差した。


「指で指すな、指で」


 カワネズミが呆れながら窘めて、「すみません」とオリイジネズミに頭を下げる。寝落ちした子どもを膝から下ろすオリイジネズミは気にする素振りもない。ではなくて。


「だから『部隊長』って?」


 タネジネズミはカワネズミに小声で尋ねた。ワタセジネズミは擬音語だけでなく説明も難し過ぎる。


「こいつの次の配属先がオリイジネズミ隊だったんだよ」


 カワネズミは泣き疲れて眠っている子どもの頭の下に、脱いだ上着を丸めた即席の枕を入れながらワタセジネズミを顎で指した。


「『だった(・・・)』?」と尋ねたタネジネズミに、


「だって俺らは……」と言葉を濁すカワネズミ。


 その横から、


「でも部隊長は部隊長です!」


 目を輝かせたワタセジネズミが背筋を伸ばしてオリイジネズミに向かって言った。


「お前も塔に帰るの?」


 タネジネズミはワタセジネズミに尋ねる。ワタセジネズミはきょとんとした目を向けてくるだけで答えない。こいつには質問するのも難しい。


「だから…!」


「お前はオリイジネズミさんっていういい部隊長に恵まれたじゃん」


 カワネズミが先に説明し直した。カワネズミは同室の後輩に向き直って続ける。


「オリイジネズミ隊ってことで俺らを追跡してたってことでお前は塔に帰ることが出来るぞって話だよ。オリイジネズミ隊の隊員ってことで。

 俺らについてくるより確実な道だと俺も思うよ。オリイジネズミさんの下に行くなら俺も、きっとハツさんたちも安心してお前を預けられるし。どうする?」


 カワネズミは先輩の顔でワタセジネズミに優しい口調で厳しく尋ねた。ワタセジネズミはぽかんとして聞いていたが、やがてはっとしてオリイジネズミに振り返り、カワネズミを見て、下を向いて上を向いて困り果てて俯いてしまった。


「ワタセ…」


「ワタセ君、」


 カワネズミを遮ってオリイジネズミが声をかけた。ワタセジネズミは情けない顔をオリイジネズミに向ける。


「君が何を選んでどこにいても、君は私の隊の部隊員です」


「部隊長ぉー!!」


 感極まって叫んだワタセジネズミの後ろで、カワネズミがうやうやしく頭を下げた。


 タネジネズミも呆然としてオリイジネズミを見つめた。こんな部隊長もいるのか、と自分が配属された隊の部隊長との違いに目を見張る。上着の隠しから煙草を取り出し、口に咥えるというただそれだけの行為にさえ見惚れてしまったのは、ワタセジネズミの熱に当てられたせいだけではないだろう。


「吸い過ぎです、部隊長」


 オリイジネズミの隣に控えていた、副部隊長と思われる男が進言した。


「まだ二箱目でしょう」


 オリイジネズミが煙草を口から離して男に言う。


「三箱目です」


「日付は変わりました」


「寝るまでが一日です」


 むっとした顔で副部隊長に振り返り、しぶしぶ煙草をしまう姿さえも、ワタセジネズミにはたまらないらしい。ドブネズミがカヤネズミを見る目と同じ目でオリイジネズミを見つめている。


「もらっていいっすか?」


 コジネズミが割りこんできた。オリイジネズミは自分が咥えたのとは別の一本を差し出す。


「返してくださいね」


「けちくさいっすね」


「貴重な一本なので」


「制限されてますしね」


 コジネズミは肩を揺すって笑うと、「火ぃ!」とこちらに向かって怒鳴った。タネジネズミたちはびくりとする。


「火っつってんだろ!」


 さらにがなってきたコジネズミだったが、


「コジネズミ君」


 オリイジネズミが静かに窘めると、唇を尖らせて肩を竦めた。何なんだこの変わり身は、とタネジネズミは両者を見比べる。


「あの……」


 ワタセジネズミがコジネズミにおずおずと声をかけた。


「すいません。うちは誰も、吸いません」


 コジネズミが今にも怒鳴り散らしそうな凶暴な視線でワタセジネズミを睨み下ろした。


 タネジネズミはカワネズミの上着を引き、コジネズミとオリイジネズミの関係を尋ねる。知らないし! と囁き返したカワネズミを横目で見ていたオリイジネズミは息を吐き、


「私の同室の先輩(ほごしゃ)が彼の上官だったんですよ」


 ぎくりと振り返ったタネジネズミとカワネズミを見もしないで、オリイジネズミは空を仰ぐように首を回した。


この洞窟(ここ)も元はその男の秘密基地です」


「『ひみつきち』?」


 言いながら辺りを見回すワタセジネズミ。


「コジネズミ君にはその男を通して何度かお会いしたことがあったので」


「つれない言い方しますね」


 火のついてない煙草を弄びながらコジネズミがそんなことを呟いた。


 つれないってどういう意味ですか、とタネジネズミが好奇心を掻きたてられた時、洞窟の外がやにわに騒がしくなった。タネジネズミは首を伸ばす。カワネズミはワタセジネズミの肩と頭を借りて這うように立ち上がる。と、そこにオリイジネズミ隊の部隊員が駆けこんできて、「部隊長…!」と何かを報告しかけたが、


「カヤさんッ!!」


 ドブネズミのひっくり返った叫び声が打ち消した。眠りこけるジネズミと子ども以外の全員が入江に向かって走り出した。

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