00-168 ヤチネズミ【回収】
過去編(その119)です。
カヤネズミの真似をした。自動二輪を電車に衝突させた。ワシの電車は炎上し、投げ出された悲鳴と怒号と轟音が遠くに聞こえる。衝突させる寸でのところで自動二輪から飛び降りたヤチネズミは渾身の力で身体を起こした。痛い、物凄く。吐きそうだ、吐いた後かもしれない。口中の酸っぱさは明らかに事後の味だった。
顔を上げる。眩しさに目を細めながらハツカネズミを探す。呻き蠢くワシたちの中に目を凝らす。ハツカネズミは絶対に生きている、死ぬはずがない、何故ならハツカネズミだから。
―安心しろ。バカは死なない―
「くそっ……」
カヤネズミの軽口が事実過ぎて笑う気にもなれなかった。ハツカネズミ同様、自分もなかなか死なないらしい。しかしカヤネズミは。
「くそぅ……」
砂を掴む。奥歯が鳴る。瞼を瞑るがまだやることがある。涙目を見開いて鼻水を啜りあげ、ヤチネズミは立ち上がった。
視線が高くなるとよく見渡せる。ワシはまだ砂の上でのたうち回っている。そのまま日光で焼け死んでくれればいい。そこまでやわではないだろうが今しばらく動けぬままでいてくれると物凄く助かる。
「ヤッさん!!」
相変わらずの安全運転でヤマネが迎えに来た。ヤチネズミは腰を屈めて這うようにしながら四輪駆動車に歩み寄り、助手席に乗り込む。乗り込みかけた時に荷台に横たわるカヤネズミの姿が目に入って、また鼻の奥がつんとした。
「見つけたか」
「まだ……」
ヤマネが首を横に振りかけた時、その膝の上で治験体の子どもが立ち上がった。顎を頭突きされて悶絶するヤマネをよそに、ヤチネズミの制止も聞かずに、子どもは四輪駆動車を降りて駆け出す。
「あの餓鬼また…!」
「ハツさんじゃない!?」
ヤマネが顎を押さえながら子どもの背中の先を見る。ヤチネズミは見つけられなかったが、あの子が反応するのはハツカネズミだけだろうと確信し、四輪駆動車を発進させた。
「ちょおヤッさ…!!」
「どけ邪魔!!」
ヤマネを後部座席に移らせて自分は運転席に座り直した。見つけた、ハツ! 顔以外はがんじがらめにされつつも平気そうに笑顔さえ見せている。
「ヤチ!」
子どもがハツカネズミにたどり着いた。ワシの男が手を伸ばす。くそ野郎!!
「投げろぉ!!」
「え??」
ぎょっとしたヤマネとはっとするハツカネズミ。ハツカネズミは顔を上げて、
「俺を投げて。あそこに行きたいんだ、できる?」
子どもは手を伸ばしてきたワシの男の脛を蹴りつけると無言でハツカネズミを担ぎあげ、ドブネズミの時と同様こちらに向かって投げてきた。悲鳴を上げるヤマネがうるさかったがヤチネズミは車体を巧みに動かし、荷台でハツカネズミを受け止める。カヤネズミが部分的に下敷きになったかもしれないがそこは仕方ない。
「ハツ!!」
「ハツさん!!」
「ヤチ! ヤマネ! ってカヤどしたの…?」
「行くぞ乗れ!!」
ヤチネズミは子どもに向かって怒鳴った。しかし子どもは動かない。
「おいがき…」
「おいで!!」
ハツカネズミがうねうねと荷台で動いて顔だけ覗かせ子どもを呼ぶと、子どもはすんなりとこちらに向かって駆けてきた。ヤマネが身を乗り出して子どもを掴み上げると同時に四輪駆動車を発車させた。
* * * *
砂を撒き散らして線路を後にしていく四輪駆動車を見送る形になった。痛む身体を起こしたクマタカは逃したネズミに歯噛みする。
「お頭、怪我は」
真っ先に自分の安否を確認しにきたノスリに頷いて見せ、電車の方に目をやる。
大破した車体、投げ出された部下たち。照りつける太陽の熱が、死者を連れ帰ることの不可能さを強調してくる。
「……完敗っすね」
ノスリがぼそりと耳打ちし、負傷者の救助に駆けていった。初めてのネズミ駆除はノスリの言った通り、惨敗だった。塔の技術の高さとネズミの能力の高さに臍を噛む。頭蓋の中心が脈打つように熱かったが背に腹は代えられず、クマタカは端末を取り出した。
「こんにちは、クマタカ。ネズミは確保できましたか?」
答える気にもなれない。
「……負傷者が多数いる。塔の設備を借りたい」
「申し訳ありませんが時間が時間です。炎天下で動ける者は塔にもいません。ワシの皆さんは自力でこちらにお越しください」
今すぐ叩き割ってやりたい女の笑顔を少しでも遠ざけたくて、クマタカは瞼を閉じた。
「……言われなくてもすぐ向かう。救援物資を寄こせと言っている」
「あなたが希望されたのは追加の小銃ではありませんでしたか?」
答えるのも億劫になって電源を落とした。
―アイは関係ないよ―
―アイから何を聞いた?―
ネズミも女の命令を従順に聞いているわけではないらしい。そして奴らは地下に住む者よりも明らかに多くの情報を得ているようだ。少なくとも夜汽車が何なのかを、部下たちよりもはるかに正しく知っていた。
―あの子に謝れよお!!―
ネズミの中にも子どもがいるとは知らなかった。もしかしたら自分が撃たせた銃弾が、ネズミの連れていた子どもを傷つけたかもしれない。
もしそうならばすまないことをしたな、とクマタカは四輪駆動車の走り去っていった方角に目を細めた。