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00-167 クマタカ【理解】

過去編(その118)です。

 電車から付かず離れずで並走するネズミの影が視界の端にちらついている。だが何も仕掛けてこないところを見ると、仲間の救出に再挑戦する機会をうかがっているのかもしれない。ならばこの男を拘束している限り、奴らは手を出せないだろう。仲間に救出され損ねたネズミを見下ろしてクマタカは太刀を握りしめた。


「なんで撃っちゃ駄目なんすか」


 並走するネズミを見遣りながらノスリが言う。


「なんで殺さない(やらない)んすかあ!」


 こちらに振り返ってノスリが怒鳴る。


「ノスリ……」


 車両の壁にもたれかかった重傷者、コノリだったか、が窘めかけたが、ノスリがむっとした顔でコノリを見下ろした。


「空耳か? 上司を呼び捨てする部下なんていないよなあ?」


「ノスリお前…!」


 口髭を生やした男が口を挟むも、やはりノスリの睨みの前で顔を背けた。そのやりとりにネズミが噴き出し、ノスリの血走った目がぎょろりと剥く。


「なんだてめえ…」


「仲悪いなって思って」


 ネズミの男が楽しそうに笑う。両手両足を拘束され、身体中縛りあげられて、寝袋から顔だけを出したような状態のくせに、自分の置かれた状況を理解できているのだろうか。


 「ぁあ?」とノスリが凄んでネズミに詰め寄ったが、それを止めたのはクマタカだった。ノスリは上司相手にも、部下たちと同じ態度で接する。


「な・ん・す・か! おかしらぁ!」


 一語一音、厭味ったらしく区切って睨みを利かせるノスリに、男たちが緊張した。しかしクマタカは一切反応を示さない。そのちぐはぐなやり取りを、ネズミだけが楽しげに観察している。クマタカは目を細めてネズミの顎先に太刀の切っ先を突き付けた。


「知っていることを言え」


 ネズミがクマタカを睨み上げる。


「お前たちは『あの女』に何を吹きこまれている」


「女?」とネズミが惚けたからクマタカは眉根を寄せ、太刀をさらに押し込んだ。ネズミの喉が小さく窪み、やがて赤い筋が滴る。


「『アイ』だ。お前たちの育ての親だ」


「『おや』って何?」


 喉から流血させながらネズミが言う。ふざけているのだろうか。それともイヌマキの話が事実と異なっていたのだろうか。


「お前たちネズミはあの女の庇護の下で育ち、俺たちを攻撃するよう教育を受けてきた。違うか」


 半笑いだったネズミの顔がさっと曇る。


「あの女はお前たちに何を吹きこんだ、何を以て俺たちを殺しにくる。お前たち自身に動機はあるのか…」


「ごみが何言ってんの?」


「ぁあ!?」


 クマタカの問いをネズミが遮り、逆上したノスリが踏み出した。


「ネズミ風情が何だって?」


「ノスリ」


 ここに来てクマタカは初めてノスリを窘めた。仕事をこなしてくれる限り、周囲にいきがるのも地位にふんぞり返るのも構わないが、自分を邪魔するのはやめてほしい。ノスリは一瞬、その血走った目で怒りを向けてきたが、すぐに察して顔を背けた。この男のこういう部分をクマタカは評価する。


「仲悪いねえ。数に物言わせて集団暴行するような汚い奴らだもん、仕方ないか」


 ネズミが肩を揺らしながら可笑しそうに言う。ノスリだけでなく、男たちが揃ってネズミを睨みつけたが、当のネズミはどこ吹く風だ。それどころかさらに楽しそうに声を上げて床の上で笑い転げている。耐えきれなかったのだろう。ずんぐりむっくりとした男がしゃしゃり出てきて、


「おいネズミ!」


 床に転がる男を恫喝して見せたが、


「なんだよ、ごみ」


 突然、面差しを一変させてネズミが凄んだ。男たちが一様に息を呑む。


「俺になんか聞く前に自分の胸に聞いてみれば?」


「俺らがお前に何したってんだよ」


 若禿げの男が言う。ネズミは首を回して若禿げを睨み上げた。目を合わせられて若禿げはたじろいだが、虚勢だろうか。ネズミが顔を動かすまで視線は外さず耐え抜いた。


「夜汽車か」


 クマタカはネズミに尋ねる。ネズミが再びクマタカを見る。その横で同時に若禿げが息を吐いて顔を背けた。


「お前が言う『俺たちのしていること』とは夜汽車のことか?」


「自覚あったの?」


 ネズミが驚愕して目を見開く。やはりそうか、とクマタカは身を乗り出した。


「お前たちは夜汽車が何なのかわかっているのか。わかった上でそんなことを…」


「だったらあの子にも謝れよおッ!!」


 動かない身体で捕らわれの身とは思えない剣幕でネズミが叫んだ。そのあまりの剣幕にクマタカは言葉の続きを一瞬忘れて呆気にとられ、ノスリさえも怪訝そうに男を見下ろした。


「『あの子』?」


 中肉中背の無個性な男が目を瞬かせる。ネズミは今度は怒りの矛先をそちらに向けて、


「あの子だけじゃない、夜汽車(こども)に手ぇ出すなって言ってるんじゃん!」


 一様にぽかんとして固まったワシの男たちに向かって、ネズミはなおも続ける。


「何が『おれらが何をした』だよ、アイは関係ないだろ、あいつの嘘なんてどうっでもいいんだよ。要はお前らが夜汽車を襲うのをやめればいいだけの話じゃん。たったそれだけのことがなんでできないんだよ!!」


 ネズミは叫ぶ。まるで子どもを叱りつける親のように、あたかも間違いを諭すように。しかし、


「……なにこいつ」


「頭、いっちゃってる?」


 叱りつけたはずの相手の反応が予想外だったのだろうか。ネズミの怒りの中に困惑の色が射す。


「夜汽車を『襲う』って…」


「さっき認めたじゃん!!」


 口を開いた口髭に最後まで言わせずに、ネズミはさらに怒鳴る。


「自覚あるって認めたじゃん! 夜汽車を襲って中の子どもたちを缶詰に……」


「当たり前だろ、夜汽車なんだから」


 若禿げが一言、正論を告げた。ネズミが見開いた目を若禿げに向ける。


「………『あたりまえ』?」


「夜汽車は瓶に詰めるから夜汽車なんだよ。っつうかそのための夜汽車だろ」


 別の男が若禿げの正論を補う。ネズミは今度はそちらに目を向け、「……は?」などと気の抜けた音を出す。


「むしろお前は夜汽車を何だと思ってんだよ」


「っつうか俺らを殺しに来る理由が夜汽車ってこと?」


「まじ?」


 ざわつく車両、方々から沸く嘲笑。それらは全て、床の異物に向けられる。


 地下に住む者ならば誰もが共有する感覚だった。夜汽車は瓶詰だ、飲み物だ、そのために塔から送られてくる貴重なたんぱく源なのだ。


 植えつけられた共通認識を信じて疑わない集団は、その認識を共有出来ない者を徹底的に排除する。排除の仕方は多岐にわたるが大抵の場合において用いられる方法は侮蔑だ。自分たちの共通認識を持っていないという『違い』を知識量の『差』に置き替えて、異物をとことん貶める。


 ほんの数分前まで恐れ戦き、逃げ惑っていた男たちは、今や捕らわれ、横たわる以外に身の施しようがない異端者を蔑み、嘲り、罵倒した。


 その中で、クマタカだけがネズミの言い分を汲み取った。


 汲み取り、共感し、納得した。


 クマタカは太刀を下ろす。途端にネズミの首元の傷は塞がり皮膚が張る。がやつく男たちの中でクマタカは静かに、ネズミに尋ねかける。


「お前も夜汽車を…」


「……っぱりごみじゃん」


 ネズミが何をいったのか聞きとれなくて、クマタカはその顔を覗きこんだ。それに気付いたノスリが慌てて頭目を止める。


「危ないっすよ! 何やってんすか…」


「お(かしら)ぁ!!!」


 先頭車両から叫び声が聞こえた。ネズミに気をとられていたクマタカたちは呼ばれた方に振り返る。叫ぶ部下たち。その向こう。目を凝らした先にはあの乗り物。並走しているとばかり思っていたネズミは、いつの間にか先を越し、電車の行く手に回り込んでいた。


「撃ちますよ!? 撃っていいですよね??」


「轢き殺せ!!」


 がなりながらノスリが動く。


「その前に撃たれます!」 


「避けりゃいいだろ! 伏せてれば…」


 と、直後に発砲音。全員がびくりとして身を伏せた時だった。遅れてやってきたのは、腹の底に響き渡る爆発音だ。


 元から脱輪しかけていた三両目は揺れに揺れる。ネズミが転がる。口髭が転倒する。ノスリが踏ん張の横で先頭車両を見遣ると同時にクマタカは事態を把握した。


 先頭車両から黒煙が流れてくる。その向こうには踊る炎。原動機が爆発したことは明らかだった。そこを狙ったか。


「一両目を捨てる!! 全員乗り移れ!!」


 クマタカは叫ぶ。消火を試みていた運転手たちはこちらと火の手を見比べて困惑する。


「二両目移れ!! 早くッ!!」


 ノスリが叫んで駆け出し、ようやく一両目が動き出した。


「移動したら一両目と二両目の連結を…」


「三両目! 脱輪し(ずれ)ます!!」


 言われて見回した足元は床板が割れ、走り去る枕木が見えた。


「二両目と四両目に移れ!! 一両目と三両目を捨てて…!」


 二両目に乗り移り、一両目の男たちを誘導していたノスリが叫ぶが、


「遅いよ」


 波打つ三両目の床を転がるネズミが呟いた。三両目の死傷者たちを移動させていたクマタカは振り返る。そうだ、あいつも連行してもっと話を。大股でネズミに歩み寄り、その襟首を掴んで移動させようとした時、


「ごみはごみらしく掃除されな」


 濁った目で怒り狂った顔で、ネズミが笑った。クマタカは眉根を寄せる。


「このままいけばお前も死ぬだろう」


 今にも分解しそうな車両の床に踏ん張りながらクマタカはネズミに告げたが、ネズミはさらに声を上げて笑った。避難を急ぐ男たちが思わず振り返るほどに。


「狂ったか。お前の仲間はお前ごとこの電車を…」


「ごみがさあ、」


 ネズミはにやにやしながら顎を引き、


俺の仲間(ネズミ)を舐めるなよ」


 クマタカは気付かずに唾を飲み込んでいた。


「お(かしら)ッ!!」


 四両目から部下が叫んだ。そちらに振り返り、続いて指された方を見たクマタカは目を見張る。一両目の退避は完了したようだ。今まさに二両目とその連結は解かれようとしていた。だが黒煙と炎を上げる一両目のその先に、なおも動くものが見える。こちらに向かってくる者がある。線路を逆走してくるのは二つの車輪で電車内を爆走していたネズミか。


「突っ込みます!!」


 叫び声に思わず二度見する。


「お(かしら)はやく!」


 四両目から声がかかる。二両目と一両目は離れたがあれに突っ込まれれば二両目もただでは済まない。


「おかしら…!」


「全員後ろォッ!!」


 クマタカはネズミを投げ出し二両目に走った。足元が揺れる、外れる、ネズミが笑う。間に合わない。


「飛び降りろ!!」


 どれだけの部下たちがその命令を聞いたかはわからない。どれだけの部下たちが理解し、聞き入れたかは。ノスリが二両目で手近な男たちを車両の外に放り投げていたのは見えた。しかし二両目に居残った者の顔もいくつか。歯噛みの中でクマタカが見たのは、空中分解する三両目から投げ出されながらも満面の笑みのネズミの顔だった。

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