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00-159 旧ムクゲネズミ隊【分裂】

過去編(その110)です。

「……わかった」


 ぽつりと一言、ハツカネズミが呟いた。肩で呼吸をしていたオオアシトガリネズミが顔を向け、他の面々も振り返る。先までカヤネズミと言い争いをしていたハツカネズミは、その興奮をすっかり静めてオオアシトガリネズミの乗る四輪駆動車の後部に回り込むと、タネジネズミとジネズミを両脇に抱えた。オオアシトガリネズミは眉毛をひん曲げて顔を突き出す。ヤチネズミも似たような顔をしている。


「オリイジネズミさん、四輪貸してもらえませんか?」


 ハツカネズミは涼しい顔で別部隊の部隊長の前に歩み出る。先まで全身で敵対心を露わにしていた相手に。


「ここまでほんと、えっと…、誠にありがとうございました? ……なんですよね?」


 ジネズミを脇に抱えたまま、首を傾げて側頭部を掻くハツカネズミに、オリイジネズミ隊も奇妙な違和感を抱いて身構える。


「右腕についてはすみませんでした。俺の早とちり……、だったみたいで」


 すっかり恐縮して上目遣いに謝罪する姿は、普段のハツカネズミだ。


「あとは俺らでなんとかしますから…」


「そうはいかないでしょう」


 ハツカネズミの独演場を閉幕させるべく、オリイジネズミがぴしゃりと言う。きょとんとしたハツカネズミにお節介な別部隊の部隊長は目を細めて、


「君たちを確保、連行するまでが私たちの仕事です。ここで君たちを解放するとでも思いますか?」


「止められると思いますか?」


 突然目の色を変えたハツカネズミに、オリイジネズミが息を呑む。咄嗟に副部隊長のエゾヤチネズミが身を乗り出したが、それを制止したのはオリイジネズミの左手だった。


「……君たち全員の命の保証をすることを約束しました。ここで君たちに逃亡されて野垂れ死にされたりしては彼が悲しみますし私もそれを望みません」


「『彼』?」


 とハツカネズミが普段の顔に戻って首を傾げると、オリイジネズミは視線でその男を指し示した。振り返ったハツカネズミの目に映ったのはワタセジネズミ。


「部隊員の希望を聞き入れるのは部隊長の務めです」


 ハツカネズミは黒目がちの目を丸くしてオリイジネズミを見つめた。


「部隊長」


 エゾヤチネズミの何度目かの催促でオリイジネズミはハツカネズミから顔を背ける。自らの部隊員たちに向き直ると目を伏せて頭を下げた。旧ムクゲネズミ隊が驚く中で、


「申し訳ありません。もう少しだけお付き合いいただけますか?」


 部隊長自らが部隊員たちに願い出た。


 思い返せばオリイジネズミは常にそうだったかもしれない、とヤチネズミは気付く。オリイジネズミ隊は部隊長の『命令』で動くことは無かったかもしれない、と。オリイジネズミは指示を出したり注意や叱責、長すぎる説教をしたりすることも少なくないが、頭ごなしに命令する男ではないのだろう。


 オリイジネズミ隊は部隊長の嘆願に姿勢を正し、まるで号令をかけられたみたいに一斉に「はい、部隊長!」と受け入れた。


「おじさぁん……」


 しばらく静かにしていた治験体の子どもがぐずり始める。カワネズミの背中で身体を揺すって泣きそうな顔で鼻を鳴らしている。


「君ももう少しだけ…」


 腰を伸ばしたオリイジネズミか子どもをなだめかけたが、


「ちょお〜っと待ってもらえません?」


 俯き肩を震わせてオオアシトガリネズミが口を開いた。


「なんかどんどん進んじゃってますけど話の途中でしたよねぇ?」


 ハツカネズミが鼻でため息をつく。それがまた鼻についたのだろう。怒りを半笑いで押し止めようとしていたオオアシトガリネズミは、頬をひくつかせて目を座らせた。タネジネズミたちを抱えたままハツカネズミは、オオアシトガリネズミに向き直る。


「ごめんね?」


 優しい口調で語りかけるその姿は、治験体の子どもを静まらせた時に酷似していた。だが違う。ヤチネズミの背筋に悪寒が走る。何だよその顔、と同室の同輩を見つめる。何だよその目、誰だよお前、ハツ……、


「オオアシは帰っていいよ」


 その言葉に旧ムクゲネズミ隊の全員がハツカネズミを凝視した。同室の後輩たちもハツカネズミの変貌に気付いたようだ。ヤマネは後ずさりし、カワネズミは「ハツさん?」と信じられない面持ちで呟く。ワタセジネズミはぽかんとして固まり、セスジネズミは見開いた目で瞬きを二回ほど繰り返した。


「何だよその言い方」


 カヤネズミがオオアシトガリネズミに代わって憤る。隣室の同輩はまだ、ハツカネズミの異様さに気付いていないらしい。ヤチネズミは止めようとする、カヤネズミを。腕を掴みかける、だが空を掴む。口を挟んだカヤネズミにハツカネズミが振り返って、カヤネズミとヤチネズミは固まった。


―俺、ハツが怖い―


 うん。俺も、怖い。


「だってそうじゃん? オオアシの言ってることはもっともだし間違ってないよ。オオアシは正しい。だから帰っていいよって言ったんだよ」


 カヤネズミは何も言えない。


「でもカヤとセージは帰らない方がいいと思うんだよね、きっと死んじゃうし」


 カヤネズミが視線を落とした。


「ヤチもそう思うだろ?」


「え?? おれ………」


 突然話を振られてヤチネズミは口籠る。ハツカネズミの圧力に耐えられなくて視線を泳がせ、その後ろのオオアシトガリネズミと目が合う。その日初めてじっくり話したばかりの、唯一自分を慕ってくれた部隊の後輩は、瞬きさえ許してくれない。先輩、と呼んでくれたあの声が頭の中で再生される。


「お前らはどうする?」


 ハツカネズミの強要は後輩たちにも向けられた。ドブネズミはカヤネズミに助けを求め、ヤマネは横を向き、オオアシトガリネズミの視線に縋られて何かを言おうとしていたカワネズミも、面と向かってハツカネズミに対峙すると最後は力なく俯いた。


「俺は帰りません」


 唯一きっぱりと答えたのはセスジネズミだ。


「ハツさんの言うとおり、俺は塔に入れば即、処刑されるでしょう。自分の罪を償うには当然の罰だと思っていましたが、」


 そこまで言うとセスジネズミはちらりとこちらを見た。


「それはそれで色々と面倒なので」


 ヤチネズミは目が合い唇をきつく閉じる。


「オオアシには悪いが、」


 言いながらセスジネズミは再びオオアシトガリネズミを見下ろすと、


「もう少しだけ死ぬのは先送りにさせてもらいます」


 まるで勝ち誇ったようにも、桁外れの嫌味にも聞こえるように結論を言い放った。オオアシトガリネズミは顔を真っ赤にして後部座席から身を乗り出す。しかし、


「カヤはどうする?」


 オオアシトガリネズミに話す機会を与えずにハツカネズミは話を進める。名指しされたカヤネズミはオオアシトガリネズミに顔を向けたが、


「すみません、もう終わりますから」


 ハツカネズミが今度はオリイジネズミ隊に向かって言った。オリイジネズミも唇を開きかけただけで何も言わない、言わせてもらえない。


「カヤ?」


 カヤネズミは追い詰められる。残り少ない自分の命か、目に掛けてきた後輩の嘆願か。それだけならばカヤネズミは後者を選択していただろう。だが放置するには危険すぎる同輩の暴走が、カヤネズミの感情を惑わせる。


「カヤさん…」


「カヤさんも帰らない方がいいと思います」


 オオアシトガリネズミの弱々しい声を覆い隠すように、セスジネズミが提案した。


「カヤさんにはまだ知りたいことがあるんでしょう? それは塔内では叶わないことじゃないですか?」


「セージ…」


「俺も帰りません!」


 ヤチネズミはぎょっとして振り返る。ドブネズミだ。ドブネズミは地下の連中を迎えうつかと見まがうほど身構えて、両手の拳をわなわなと震わせていた。 


「カヤさんを処刑になんてさせません」


 鼻声の訴えにカヤネズミは選択権を奪われる。


「おじさん…」 


「俺も、」


 子どもの声を聞きもしないでヤマネが言う。


「もう仲間が死ぬのは嫌だ」


「お前ら……、本気だよな」


 カワネズミも覚悟を決めたようだ。オオアシトガリネズミは仲間たちの予想外の反応に困惑する。


「ワタセも行くよね?」


 ハツカネズミが最年少の部隊員に尋ねる。ワタセジネズミは慕ってやまない先輩と、打ち解けつつある年近い部隊員を交互に見遣って、見比べながら首を横に振って、最後は半べそをかいて項垂れた。


「ってことだから、」


 ハツカネズミが言いながらオオアシトガリネズミに向き直る。オオアシトガリネズミは怒りさえ滲ませて上官を見上げる。


「お前は帰っていいよ。ここまで付き合わせてごめんね?」


「カヤさん!!」


 オオアシトガリネズミが身を乗り出した。カヤネズミは無言で目さえ合わせない。


「ブッさん……」


 ドブネズミは聞こえていない風を装う。


「カワさん、ヤマネさん、」


 ハツカネズミが砂を踏む音にかき消されていく。


「あんたらバカか!? なんで進んで死にに行くんだよ!! 生き残る可能性が高い方をえらべ…ッ!!」


 オオアシトガリネズミの裏返った絶叫が辺りを包みかけたが、その余韻を切り捨てたのは風切り音だった。


 反射で身をかがめたカワネズミの背中で、彼方を指差していた子どもの腕が吹っ飛んだ。数秒遅れで耳に飛び込んできたのは銃声。銃弾が飛んできた方角は、迷うことなく明るい空の方からだ。


 けたたましい声で子どもが泣き叫ぶ。カワネズミが慌てて負ぶい紐を解こうと結び目に四苦八苦する。ドブネズミとオリイジネズミが真っ先に子どもに駆け寄るその間にも、断続的に銃弾が飛んでくる。


 ヤチネズミの頭は混乱を極めて身体はその場に立ち尽くす。子どもを撃ったのは小銃で間違いない。あの音、千切れた腕の飛び方、あれは小銃以外の何物でもない。


 だが何故だ。小銃は塔の武器だ。ネズミの所有物だ。それを何故地下の連中が……。


―ワシの駅は塔の一部として登録されました―


「アイ……」


「ヤチ!」 


 カヤネズミに呼ばれて振り返る。地面に降ろされて押さえつけられながら泣きわめく子どもの腕。


「お前の仕事だろ!!」


 言われてようやく足を踏み出したヤチネズミが聞いたのは、ハツカネズミの低い声だった。


「ごみが」


 立ち止まり振り返った時には遅かった。ハツカネズミは両脇に抱えていたタネジネズミたちを砂の上に落とすと、オリイジネズミ隊が準備していた四輪駆動車を奪い取るようにして乗り込み、一直線にワシの一団目がけて走り出した。

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