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00-157 ヤチネズミ【返す】

過去編(その108)です。

「オリイジネズミ隊は大至急その場を退避してください。オリイジネズミ隊は大至急その場を退避してください」


 けたたましい警報音と共に、必要最小限の情報のみを伝える短い警告が繰り返された。旧ムクゲネズミ隊とオリイジネズミ隊の若年者たちはどよめく。


「部隊長」


 ナンヨウネズミが彼方を睨みつけてオリイジネズミを呼んだ。オリイジネズミも一目で理解する。


「ぶ、部隊長?」


 おずおずと伺いを立てたワタセジネズミに振り返ったのはハツカネズミだ。しかしハツカネズミが何か言うより早く、


「地下と塔が相容れるはずはないということです」


 オリイジネズミが朝の方を見据えて呟いた。


「オリイジネズミ隊は大至急そのば…」


「見誤りましたね、アイ」


 警告を遮って、オリイジネズミは端末の電源を落とした。

 朝焼けに照らされていたためだろうか。オリイジネズミの横顔が燃えるように赤く染まっているのをヤチネズミは見た。


 旧ムクゲネズミ隊もアイの警告が指していたものに気付き始める。彼方に小さな影として見えていた電車は、今やその輪郭が目視出来るほど距離を縮めていた。


「塔と地下が相乗り(・・・)できないって…?」


 知らない言葉を聞き取れなかったのだろう。ワタセジネズミが聞き間違えたままをオリイジネズミに尋ねると、


「ワシは俺とセージだけじゃなくてここにいるネズミ全員、見境なく襲ってくるぞってことだって」


 オリイジネズミではなくカヤネズミがかみ砕いて説明する。しかし言った後でカヤネズミはぱっと目の色を変え、思案顔で俯いた。


「オリイジネズミ…、……ッさん!!」


 ハツカネズミが搾り出すようにオリイジネズミに敬称を付けて叫んだ。


「俺のこれ治してくださいっ!! あいつら来る前に!」


「無理です」


 恥を凌いで頭を下げたというのに! ハツカネズミは赤面して再びオリイジネズミを威嚇しだしたが、


「私も腕が使えませんので」


 言ってオリイジネズミは自分の右肘をハツカネズミに向ける。その体勢を保ったまま視線を上げて、


「君ならできるでしょう」


 ヤチネズミを指名した。眉根を寄せたセスジネズミをよそにオリイジネズミは続ける。


「君は医術に長けていると聞いていますが?」


「じじいが?」


 訝ったセスジネズミを押し退けて、オリイジネズミを加勢したのはカワネズミだ。


「そうだよ! ヤッさんの取り柄ってそれだけじゃん!」


「じじいが!?」と驚いたセスジネズミにヤマネが、


「お前、覚えてな……いな。お前、検査に呼び出されたの早かったから」


「なんの話…」


「ヤッさんってこう見えてがり勉(・・・)なんだよ」


 事情を知らないセスジネズミに、カワネズミがいやらしくにやけ顔を向けた。


「でも……、だってハツは、トガちゃんの薬で再生するのに…」


 ハツカネズミが動けない理由に気付いていないヤチネズミはオリイジネズミの提案に怖気づいたが、「外してあるだけですよ」と種明かしされて顔を上げる。


「……脱臼、ですか?」


「無感覚者は骨折や断絶程度なら動き続けますので」


 オリイジネズミは面白くなさそうに答える。


「でもハツはトガちゃんの…」


「半信半疑でしたが再生系にも効くようです」


 言われてヤチネズミは目を見開いた。

 痛みを感じないハタネズミは、自身の骨折や出血にも気付かなかった。蹴っても張り倒しても顔色一つ変えずにしつこく付き纏ってくるハタネズミから逃げるためには、動きそのものを止める必要があり、死にもの狂いで編み出したのが股関節脱臼だ。関節を外してしまえば物理的に動けない。痛みを感じないものだからハタネズミ自身は何故脚が動かないのか不思議そうにしていたが、これは使える! とヤチネズミは確信したものだった。


 しかしハツカネズミにはトガリネズミの薬も入っている。どんな怪我も驚異的な早さで治癒してしまう効能が。

 そのハツカネズミの関節を外したとオリイジネズミは言っている。ヤチネズミはてっきり、ハツカネズミの身体はどんな怪我でもたちどころに完治してしまうと思っていたから、ハタネズミ同様に関節外しが効くとは信じられなかった。


 だが現にこうして、関節を外されたハツカネズミは身動きが取れなくなっているのだ。論より証拠、信じる信じないに関わらず現実は受け止めるしかない。


「出来ませんか?」


 オリイジネズミに聞かれる。ヤチネズミはまだ不安がる。再生の効能と医術が拮抗する可能性はないだろうか、下手な処置をしてハツカネズミの持つ薬の効能を失わせてしまわないだろうか、シチロウネズミに施してしまった時のように…。


「ヤチ、」


 ドブネズミに背負われたハツカネズミに呼ばれる。視線をその身体から顔に向ける。目が合うとハツカネズミは一言、


「助けて」


 ヤチネズミは唇を結んで唾を飲み込み、拳を握りしめてハツカネズミに駆け寄った。


「ブッチー! 手伝ってくれ」


 ハツカネズミを地面に下ろしている最中のドブネズミに頼み込む。 


「俺に出来ますか?」


「むしろブッチーがいい」


「何しますか」


「ハツを仰向けにして骨盤押さえて、」


「骨盤って?」


 指示通りに動きつつも具体的にどうすればいいのか、何の心得もないドブネズミは困った顔をして見せた。ヤチネズミはドブネズミの手を掴んで押さえるべき箇所と角度を指導していたが、


「いいよ適当で! 多分大丈夫、そんな気がする!」


 ハツカネズミが無茶を言う。


「駄目ですよ? 何を言ってるんですか!」


 すかさずドブネズミが否定したが、


「わかった、行くぞ」


 ヤチネズミもハツカネズミの自信に従った。


「ヤチさん?」


「ハツは大丈夫だ」


 ドブネズミの戸惑いを退ける。


 本当は心配だ。シチロウネズミの二の舞にしてしまわないか不安で怖い。


 でもハツカネズミが信じてくれたのだ。だから自分も信じ返す。

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