00-151 セスジネズミ【誤算】
過去編(その102)です。
セスジネズミが目を覚ました時、電気はすっかり消えて、天井はかなり近くまで落ちてきていた。電気を消したのも天井を落とそうと考えたのも自分だが、改めて下から眺めるとかなりの崩壊っぷりだ。これならアイも機能を停止しているだろう。
首を左右に動かし、加えて顎も引いてみると、セスジネズミの目が自分のあり様を映した。身体は半分以上埋まっていた。胸から上は露出していたが、手や足はどこにあるかわからない。見えないから動かせているのか否かもわからない。セスジネズミは薄暗く白っぽい視界の中で、埃と轟音に包まれながら息を吐いた。
アズミトガリネズミ隊にオリイジネズミ隊まで出てきて、ヤマネたちは完全に包囲されていた。オリイジネズミ隊は旧ムクゲネズミ隊の残りの部隊員たちを捕らえていたし、あの状況ではさすがのカヤネズミも全員を逃がすことは出来なかっただろう。ヤチネズミなどコジネズミに完全に拿捕されていたし。
ハツカネズミが強行突破を計った時には行けるかと期待したが、オリイジネズミには敵わなかった。ハツさんでも負けることがあるのか、とセスジネズミは驚いたものだ。ハツカネズミさえ捕らえられてしまうのだからオリイジネズミ隊は厄介だ。さらにアイの目もあった。圧縮空気は使えなくなっていたけれども追跡はされただろう。
自分のために全部隊員たちが規則を破り、刑罰を受け入れずにあのような暴挙に出てしまった。ならば部隊員たちの刑を少しでも軽くし、自由を確約させることが自分の仕事だと認識した。そのためにアイは邪魔だった。
アイは量刑しか下せない。前例に沿った杓子定規な判断しか出来ない。それでは駄目だ。彼らは自分のために罪を犯したのだ。
自分さえいなければ彼らが間違った行いをすることなどなかった、そう理解してもらう必要があった。上官たちにはアイ無しで話しあってもらい、情状酌量が認められる状況を作ろうとした。アイの目の届かないところで、記録されていない場所で、記憶だけを頼りに判断を決しなければいけないような状況を。そして上官たちの怒りと嫌悪が自分だけに偏るような条件も。出した結論は、自分がさらに罪を犯して、部隊員もろとも危険な目に合わせることだった。
部隊員たちが自分らも被害者だと上官たちに知らしめるために、アイの目から完全に外れるために、セスジネズミは処刑室を丸ごと潰してしまうことを決めた。混乱の中では判断が鈍る、記憶が濁る、簡単に感情が昂り、穏健な者さえも他罰的になる。どさくさに紛れていれば、ヤマネが自分を手伝ったのか自分に脅されていたのか、後になればわからぬことだ。ヤチネズミを捕らえていたコジネズミの動きが少々気になったが、オリイジネズミ隊もアズミトガリネズミ隊も早々に撤退してくれたし、自分の顔もばっちり見られた。
ただ、自分が崩落に巻き込まれたのは誤算だった。
何もかも終わった後で、上官たちは改めて旧ムクゲネズミ隊の処遇を協議しただろう。その時に首謀者がいなくては困る。厳罰を下される凶悪犯がいなくてはいけない。それは自分のはずだったのに、まさかこんなところで埋もれるとは。この一件に関しては首謀者死亡で片付けられるだろうか。片付けてほしい。そうでないと困る。そうでなければ仲間たちが……。
―お前だって仲間だろうがあ!―
許してもらえてよかった。また一緒に遊べて楽しかった。
あわよくばカワネズミとも和解したかったし、ワタセジネズミの顔が見られないのも心残りだが、出来ないものは仕方ない。それだけのことをしたのだ。罪は償わねばならない。過去の行いへの罰は必要だ。何故なら自分はムクゲネズミを殺した。
もしかしたらムクゲネズミが自分を逃がさなかったのかもしれない。「お前だけずるいよお」と身体を揺すりながら子どものように唇を尖らせて拗ねているのかもしれない。
ならば仕方ない。呼ばれたなら行かねばならない。きっとシチロウネズミもいるはずだ。
足元で音がした。セスジネズミは瞼を開ける。天井はすでに曇り空のように重く垂れさがり、今にも落ちてきそうだ。やがて自分の身体に降りかかってくる鉄の塊を見つめていると、
「セージ」
視界のど真ん中に誰かの顔が現れた。暗くてよく見えない。
「シチロウさん?」
迎えに来てくれたのだろうか。セスジネズミは願望を口にしたが、
「寝ぼけてんのか、お前? とっとと起きろ」
「……ヤチさんか」
落胆して息を吐いた。
「『ヤチさんか』じゃねえよ! 余裕かましやがって。とっとと動け、行くぞこら!」
ヤチネズミはまくしたてながら何かしている。見ると自分の動きを封じている瓦礫の撤去を試みていた。
「無駄ですよ」
そんな小柄な細い筋肉で。
「動きません。諦めてください」
ヤチネズミは真っ赤な顔で歯を食いしばる。
「ヤチさん、」
セスジネズミは声色を変えて凄んだ。
「上官命令です。無駄な努力はやめて直ちに撤退してください」
「無駄かどうかはお前が決めることじゃないだろが!!」
ヤチネズミががなった。持ち上げようとしていた瓦礫から手を滑らせ、背中から倒れて後頭部を強打している。
一通りのた打ち回った後でヤチネズミは起き上がり、懲りもせずに同じ試みを再開する。
やめろと言っているのに。
「……ヤチさんは無駄が多いですよね」
セスジネズミは天井を見上げて呟いた。「ああ!?」と聞き返すヤチネズミ。聞きとれなかったのだろう。別に構わないが。
「さっきのカヤさんの話ですけど、ヤチさんはどう思いました?」