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00-149 ハツカネズミ【心外、意外】

過去編(その100)です。

 ハツカネズミは動けない身体でオリイジネズミを威嚇していた。全く相手にされていない。むしろ気づかれてさえいない。それでもハツカネズミは、唯一動く左足でなんとか逃れようと足掻く。足掻く度に隣に座るカワネズミに止められている。


 オリイジネズミ隊が処刑室まで乗り上げてきた四輪駆動車の座席に座らされていた。自分たちが探し当てた車庫とは別の入り口、地上からこの処刑室に直接進入できる入り口もあったらしい。

 「むしろなぜ君たちは、わざわざ安置所(した)から上ってきたのですか?」などと言われて、ハツカネズミの怒りはさらに燃え上がった。なんでってそこしか入り口がないと思ったからだよ! という反論は、鼻であしらわれて終わった。腹立つ! 悔しい! 嫌な奴! そんなことを思っても動かない身体では何も出来ない。だからこうして威嚇だけは続けている。 


 傍らにはカワネズミ、後部座席にはオオアシトトガリネズミ、荷台には熟睡中のタネジネズミとジネズミもいる。しかしなぜかワタセジネズミはいない。ワタセジネズミだけは別の車輌に乗り込んでいた、オリイジネズミと同じ車輌に。


「おにいちゃん、おなかいたいの?」


 カワネズミにおぶわれている治験体の子どもが言って、カワネズミが慌てる。何も言うなと身振り手振りで伝えているが、子どもはカワネズミの言いつけを聞かないらしい。


「ねえ、お兄ちゃんがだっこしてあげようか」


 ハツカネズミは姑息な作戦に出た。カワネズミが怪訝そうな顔を向けてきたが、見て見ぬふりをして子どもに向かって囁く。


「おんぶでもだっこでもしてあげるよ。そっちのお兄ちゃんよりもお兄ちゃんの方がいいよね?」


「うん!」


「じゃあ、ちょっと手伝ってほしいんだけど…」


「ハツさん」


 カワネズミが割り込んできて作戦は失敗に終わる。


「ハツさん、思うところは多々あるとは思いますけど、とりあえず今は言うとおりに従っててください」


 ハツカネズミは唇を尖らせる。


「ハツさん…!」


「言うとおりにしてたらまたセージたちが捕まっちゃうじゃん。っていうかなんでカワは捕まってて平気なの? お前らだって重罰化されるかもしれないのに…」


「それは大丈夫みたいっすよお〜?」


 後ろの座席からオオアシトガリネズミがしゃしゃり出てきた。


「話はちゃんと聞いてくれるし俺らの言い分もちゃんと伝えるって…」


「オオアシ!!」


 今度はカワネズミがオオアシトガリネズミを遮った。それからはっと顔色を変えて、きょろきょろと周囲を見回している。ハツカネズミはすぐに思い至って、


「アイなら無視でいいよ」


 カワネズミの懸念を払拭してやった。カワネズミは「え……?」と声を出して固まる。


「圧縮空気は使えないようにしといた。声ももう出せないんじゃない? わざわざ自律修繕器機(しゅうりや)呼んでたくらいだからしばらく静かなはずだよ」


「どうやって…?」


「カヤの指示」


 ハツカネズミはむすっとしたまま答える。


「殴る場所を指定されてさ」


 言いながらハツカネズミは自分が破壊した処刑室の支柱に目を向ける。そして首と腹筋だけで座席から身を乗り出し、左足で立ち上がって目を凝らした。


「あの子!!」


「え?」


 と振り返ろうとしたカワネズミを邪魔して、背負う子どもが全身ではしゃぎ、


「キュウジュウキュウー!!」


 仲間の子どもに両手を振った。カワネズミは子どものばたつく足で背中を蹴られて上手く動けない。結局、背中の子どもが正面を向き、カワネズミは背中越しに件の無口な子どもを見遣る。ハツカネズミの破壊行為を手伝っていた従順な子どもは、跡形も無く粉々になった機械の破片の中で佇んでいた。


「いないと思ったらあんなところに」


 行方不明だった子どもの発見に安堵するハツカネズミの横で、


「放置したのはハツさんじゃん……」


 ため息混じりに呟くカワネズミ。


「キュウジュウキュウー!」


 騒がしい子どもの呼びかけにも無反応に、無口な子どもは天井を見上げている。

 

「何見てるのかな…?」


 子どもの視線をたどって天井を見上げたハツカネズミたちは、重力に顎が引かれて口を開け放ち、ついでに目も見開いた。オオアシトガリネズミが「おぉ…」と息を漏らしてから鼻で笑う。


「なにあれなに? なに? ねえ、おれもやりたい!」


 カワネズミに負われている子どもだけが事態を把握していない。かく言うハツカネズミたちもよく分かっていないのだが、


「ヤマネ!?」


「とセージ!!」


 ハツカネズミとカワネズミは身を乗り出して同室たちの名を叫んだ。ヤマネとセスジネズミは仲良さげに天井から垂れ下がる縄にしがみついて揺れている。


「何あれ、え? わかんない。あいつらどうしちゃったの!?」


 後輩たちの心配で動転するハツカネズミの後ろで、


「なんか楽しそうですけどねぇ」


 オオアシトガリネズミは余裕を見せる。


「笑ってる場合じゃないよ!」


 ハツカネズミは首だけで振り返ってオオアシトガリネズミを叱りつけた。


「あんなところから落ちたりしたら骨折れちゃうし怪我じゃ済まないかもしれないんだよ? ヤマネなんてハタネズミさんの薬も入ってないのに…!」


「薬は入ってないけど脳みそは入ってると思いますよ」


 ハツカネズミの興奮をかわしてオオアシトガリネズミが静かに言った。普段はにこにこと笑っているだけだった部隊員の突然の反論に、ハツカネズミは一瞬、口ごもる。


「ヤマネさんたちだってなんか考えがあるんじゃないんですかあ?」


「だとしても危ないことは駄目じゃん!」


 我に返って慌てて否定したが、


「危ない、危ないってハツさんが先回りしてたら、俺ら何も出来ないじゃないっすか」


 オオアシトガリネズミは視線を反らして、足元に向かって呟いた。ハツカネズミはその全てを聞き取ることは出来なかったが、言葉の輪郭と年下の部隊員の態度からオオアシトガリネズミの抱えてきた自分に対する感情に触れる。カヤネズミに注意された時みたいな、ヤチネズミに涙ぐまれた時のような気不味さと、それに伴う言い訳が膨らむ。


「オオアシ…」


「オリイジネズミさん!」


 カワネズミの大声にオオアシトガリネズミとの会話は中断された。カワネズミは座席から飛び降りると、オリイジネズミのもとに掛けていって天井周囲の異変を知らせている。


「カワ…!!」


 敵対すべき男に諂う後輩の姿に、ハツカネズミは瞬時に怒りを覚えたが、


「『言うとおりにしてください』ってまた言われちゃいますよ〜?」


 後部座席のオオアシトガリネズミから、不遜な態度で指摘された。


 ハツカネズミは今度こそむっとする。オオアシトガリネズミに一言言ってやろうと振り返った時、オリイジネズミ隊の男を伴ってカワネズミが駆け戻ってきた。


「カワ! お前なんであいつの隊の連中なんかと!」  


「部隊長への無礼は慎め」


 運転席に座った男に即、叱られる。ハツカネズミは唇を尖らせて前のめりになり、


「俺の部隊長じゃないし! あいつの言うこと聞く理由なんて俺には…」


 文句の最中に視界が暗転した。「ふげ」と潰れたオオアシトガリネズミの声が聞こえる。暗転ではなく四輪駆動車が発進したらしい。カワネズミの後頭部が揺れて、負ぶわれる子どもが喜んでいることからも、かなり乱暴な運転と見てとれる。


「もう少し安全運転しろよ!」


 とにかく誰かに文句を言いたいハツカネズミは、言うに事欠いて運搬手段にけちをつけた。当然、


「この状況で安全運転してたら潰されちゃうでしょ!」


 カワネズミに怒られる。カワネズミの、オリイジネズミ隊への肩入れ具合も気に入らないハツカネズミはさらに何か言おうとしたが、


「荷台の奴らを!」


 オリイジネズミ隊の男に指摘されてタネジネズミたちの存在を思い出し、慌てて振り返った。眠っている間にこの振動で車外に投げ出されたりしたら大変だ。しかし、


「持ってます! 行ってください!」


 オオアシトガリネズミが一足先に、タネジネズミとジネズミの頭を掴んで荷台に押し付けていた。


「お前、脚は!」


 カワネズミが車体に掴まりながらオオアシトガリネズミを大声で気遣う。


「痛いっすよお!」


 オオアシトガリネズミも喧嘩腰で答える。


「俺が代わるよ」


 ハツカネズミはオオアシトガリネズミの代理を申し出たが、


「ハツさん動けないでしょ!」


 カワネズミにまた叱られた。動けないけどさあ! と言いかけたが、


「キュウジュウキュウはあ?」


 治験体の子どもがぽつりと寂しげに言った。ハツカネズミたちはようやく思い出す。


「ミカドさん止まって!」


 カワネズミが叫ぶ。「まだいた、子ども! 柱んとこ!!」


「無理だ! 今戻れば巻き込まれる!」


 事態を把握したらしいが運転者はカワネズミの依頼を退ける。


「カワさん、無理ですって!」


 オオアシトガリネズミも別部隊の男に賛同する。


「無理でも駄目だよ戻らなきゃ!!」


 ハツカネズミは大慌てで立ち上がった。しかし揺れる車体と不自由な肢体のせいで、すぐにその場に腰から落ちる。


「戻れよお前! あの子を置いてけるわけないじゃん!!」


 ハツカネズミは左足で運転席を蹴りつけた。


「やめろ! 運転中だ!」


「お前が戻ったらやめてやるって言ってんじゃん!」


 理不尽過ぎる八つ当たりをカワネズミが止めようと振り返ろうとした時、


「おじさん!」


 治験体の子どもが嬉しそうに声を発して手を振った。ハツカネズミたちは背後を見遣る。


「ぶ……」


「ブッチ…」


「……ッさあん!!」


 三者三様に『おじさん』の名を呼んだ。どこからか現れたドブネズミが取り残された子どもを脇に抱えてこちらに向かって走ってくる。


「ブッチー!!」


 嬉しさが溢れてハツカネズミはドブネズミをさらに呼ぶ。頼もしくてありがたい後輩の活躍に胸を撫で下ろす。あんな小さな子が瓦礫の下敷きになるところなど見たい訳が無い。自分では手も足も出なかった救出劇に感動さえ覚える。がしかし、


「ブッチぃ?」


 感動と感謝は陰り、すぐにまた不安が込み上げてきた。ドブネズミは走る。子どももまだ無事だ。けれども、


「「「おっそ!!」」」


 ドブネズミの足の遅さを失念していた。頼もしいし勇ましいから忘れていたけれどもその遅さは部隊内でもヤマネの次を誇る。


「ブッさん早く! 走ってこっち、早く!!」


 カワネズミが座席の背もたれに肩手を置いて膝立ちして、車体を叩きながら叫びかける。


「ブッチー急げ!!」


 ハツカネズミも叫ぶ。オオアシトガリネズミも焦燥感を露わにしてドブネズミを見つめるも、当のドブネズミはゆっくりと全速力で汗だくだ。


「だめだやっぱり、四輪止めて!!」


 ハツカネズミはオリイジネズミ隊の男に向かって懇願した。その時だった。誰もが塔の外を目指す走行音の中、崩落する天井の轟音にかき消されそうな中で、周囲とは反対に外からこちらに向かってくる微かな音をハツカネズミの聴覚が捉えた。


「ヤチ………」


 あの頼りないヤチネズミが、周囲が気を使って機嫌を取ってやらないとすぐに泣きだす問題児が、いつも格好ばかり付けているがそれこそが格好悪いということに気付いていない痛々しい同室の同輩が、こちらに向かって四輪駆動車をかっ飛ばしてきていた。


「ヤッさん!?」


 カワネズミもぎょっとして身を乗り出す。助手席にはカヤネズミの姿も。


「お」


 オオアシトガリネズミが天井を見上げて一声発した。落ちる、そう言いたかったのかもしれない。視界の端ではヤマネとセスジネズミが導線から支柱に飛び移り、床を目指している最中だった。


「や…!」


 すれ違う瞬間にハツカネズミは同室の同輩を呼ぶ。聞こえなかっただろうか。気付かないはずはないと思うのだがヤチネズミはまっすぐ正面を見据えて、あっという間に遠ざかっていった。


「はっや……」


 カワネズミが呆然と言う。


「驚いた」


 オリイジネズミ隊の男も頷く。


「ヤチ……?」


 ハツカネズミはまだ、今しがたの光景を信じられない。


「ヤチ先輩が行ってくれたんなら、ブッさんたちも心配なさそうですねぇ」


 オオアシトガリネズミだけが平然としてそんなことを言う。なんでお前がヤチのことを知ってます風な言い方してるんだよ、とハツカネズミはオオアシトガリネズミを見た。オオアシトガリネズミは向けられた視線だけで、ハツカネズミの言わんとしていることを察したのだろうか。少し見下したような顔をして鼻で軽く笑ってから、


「知らないんですかあ? ヤチ先輩の運転技術、超すごいんすよお?」

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