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00-146 カヤネズミ【作戦】

過去編(その97)です。

 ドブネズミが唸る。頬を床に押し付けられて、横たわらされた格好のまま、地鳴りのような声が徐々に不穏さを増していく。


 動揺したのはアズミトガリネズミ隊の生産体だ。ドブネズミの背中に跨り片膝を載せ、全体重で抑えつけていたが、嫌な予感に仲間の手を借りようと周囲を見回す。しかし前方には叫びながら別部隊の部隊長に突っ込んでいくハツカネズミ、仲間のほとんどはそれを止めるのに必死で自分の方など見向きもしない。


「アズミさん!」


 部隊長を呼ぶが届かない。


「トクさ……」


 頼りの先輩は気配がない。


「だ、黙れ! 静かにしろ!」


 思わず膝下の男に向かって声を荒らげたが、ドブネズミの地鳴りはなおも続く。


 あまり弱みは見せたくないが背に腹は変えられないと、部隊内一の武闘派であるコジネズミに助けを求めようと顔を上げた時、


「え……?」


 嫌な予感が悪寒に変わった。視覚情報から考え得る次の状況を察知し、


「あ、アズミさんッ!!」


 大声で部隊長を呼んだ。声を張り上げることに集中してしまった。腰を浮かせたことに気付いた時にはドブネズミが起き上がり、浮遊感の中にいた。


 ドブネズミが振り返る。まずい! と思う。だが何の抵抗も出来ないうちに腹に重たい一撃が振り下ろされ、のたうち回る間もなく背後を取られて首に痛みが走り、息が苦しいと思った時には全てが手遅れだった。



 * * * *



「カヤさん!!」


 ドブネズミは自分に跨っていた生産体の男を失神させてから、カヤネズミに駆け寄った。


「今、解きます!」


 不器用な指先で先輩の拘束を外しにかかる。アイの警報音と生産隊の怒号とハツカネズミの雄叫びで、自分の声さえ聞き取りにくい。


「出てくるの早いって! もう少し待ってろよ!」


 カヤネズミに怒鳴られた。「すみません」と謝り、


「カヤさんがコジネズミに撃たれるかと思ったらつい!」


 言い訳しながら指先を動かす。


「いや!」


 自由になった手首を擦りながらカヤネズミは立ち上がり、


「正直言えば実は滅茶苦茶怖かった!」


 大声で当時の心境を告白した。


「ちびる前に出て来てくれて助かった! ありがとな、ブッチー!」


 カヤネズミに背中を叩かれる。ドブネズミは鼻水を啜り上げて鼻声で返事をした。


「それにつけても暴走バカだ!!」


 生産隊相手に暴れ狂うハツカネズミの背中にドブネズミも目を細めた。


「すみません! 俺があいつの薬なんて入れたからハツさんは…」


「違う! あのバカは元からだ!」


 カヤネズミが大声でドブネズミの不安を一蹴する。


「それにやれって言ったのは俺だ! お前は悪くない」


 実行したのは俺です、という言葉を飲み込んで、「はい」とドブネズミは頷いた。


「いっそのこと生産隊もあの面長もハツが掃除してくれねえかな…」


「カヤさん、そのことについてなんですけど!」


 ドブネズミは思い出して先輩の前に出た。


「オリイジネズミ…!」


 言いかけてすぐにカヤネズミに手の平で口を封じられる。


「『さん(・・)』?」


 ドブネズミは口を塞がれたまま小刻みに頷く。

 カヤネズミは後輩の口を押さえたままハツカネズミと生産隊、そしてオリイジネズミとその部隊員たちに視線を走らせてから、


「なんで!」


 唾を飛ばして来た。ドブネズミは先輩の手を降ろさせて、


「ワタセの次の配属先です!」


「さっきの俺の話、どっから聞いてた!」


「わりと最初から!」


「それも指示か!」


 ドブネズミは大きく頷いて見せた。


 カヤネズミは再び顔を上げる。暴走する同輩と捕らわれている後輩たち。次なる作戦を考えていると、


「どこに行こうとしてるんですかあ~?」


 後ろから声をかけられてドブネズミと同時に振り返った。コジネズミがヤチネズミの襟を掴み、吊り下げて近づいて来ていた。


「忘れてた……」


 カヤネズミは舌打ち混じりに呟いた。途端に、


「あ゛?」


「忘れんなよ!」


 本気で失念していた懸念材料と別の馬鹿が、同時に苛立ちを向けてきた。とんだ地獄耳だ。ドブネズミが盾のごとく肩を怒らせて前に歩み出る。


「まだいたんすね。黙ってるって言葉の意味知りません?」


 カヤネズミはコジネズミに啖呵を切って見せた。

 ただの強がりでしかない。怒らせたところでここには輸送機もないし、不意打ももう通用しないだろう。ハツカネズミがやりこんでくれたみたいだがコジネズミはまだ動けるらしい。ドブネズミはもう限界が近いしヤチネズミはお荷物だ。どうやってこの障害物を取り除くかと考えを巡らせていると、


「アイ!!」


 突然、コジネズミが大声を張り上げた。カヤネズミ以外が周囲を見回す。


「あれ……、アイ?」


 ヤチネズミも呼びかけるがアイは返事をしない。そもそも警告も聞こえなければ立体画像も見当たらない。あるのは警報音と自律修繕機器の燻る音とハツカネズミたちの怒号だけだ。カヤネズミはコジネズミを訝りつつもまじまじと見つめる。


「あれえ? アイちゃん、聞こえないのかなあ〜?」


 コジネズミはわざとらしくそんなことを嘯いた。カヤネズミはドブネズミを押し退けて踏み出し、生産体と対峙する。


「……何のつもりだよ」


 宙空を見回していたコジネズミが動きを止め、ぎょろりと目だけでこちらを向いて口元を歪めた。



 * * * *



「ヤマネ!!」


 ドブネズミに呼ばれてヤマネが我に返る。新情報の処理に手間取り、なお且つ怒涛の展開に茫然自失としていたようだ。


「ぶっさ…」


「後で泣け! 今は立て!」


「は…、あ、はい!」


 初めての伝い歩きのようなもたつきを見ていられなくて、ドブネズミは手を貸す。


「ブッさんあの……、さっきの話…」


「…は後だ。いいか、時間が無い」


「時間?」


 いまだ動揺の最中にいるヤマネの顔を左右から両手で挟んで、ドブネズミは言わんとしている方向を向かせた。オリイジネズミ隊が進入してきた入り口の外の空は、すでに色づき始めている。その光景を見せられたヤマネの両目は、後ろから囁かれる指示に徐々に見開いていき、最後には振り返って隣室の先輩を見つめていた。


「うそだ!」


「かもしれない」


「き、危険過ぎます!!」


「俺もそう思う。でもやるしかない」


「でも!」


「ヤマネ!!」


 上官の声で怒鳴られて、ヤマネは背筋を伸ばして押し黙る。


「カヤさんからの伝言だ。『仲直りしたんだろ? 遊んでこい』」


 ドブネズミに言われてヤマネは天井を見上げる。一瞬、何事かわからなくて両目を擦り、改めてもう一度よく見る。出された合図にはっとして頬を引きつらせ、やがて久しぶりのいい顔を見せた。

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