00-144 コジネズミ【生産隊】
過去編(その95)です。
コジネズミが、
「で、出たあああ!!」
ヤマネが後ずさりしながら指を指す。
「なんでここに…」
ヤチネズミも率直な疑問が口をついた。途端に、
「てめぇらが送ってくれたんだろうが!!」
物凄い剣幕で唾を飛ばされ、ヤマネは悲鳴を上げて頭を守る。
「死体にまみれて流されてきたんだよ、全身治験体臭いんだよ、どうしてくれんだよッ!!」
元上官に怒鳴りつけられながら、そう言えばそうだった、と、つい先程の出来事を数ヶ月前のことのようにヤチネズミは思い出す。
「おい、そこの受容体!」
呼ばれたヤマネが悲鳴まみれに返事をする。
「何が『出たあ』だよ」
「出てません! すみません!」
「呼び捨てにもしてくれたよなあ?」
「してません! すみません!!」
ヤマネは首を横に振りながら必死に嘘をつく。
「コージさん、こいつは…」
ヤチネズミは後輩を庇おうと前に出るが、
「お前には後でたっぷり礼してやるよ」
赤黒く乾いた右半面を向けられ凄まれ、悪寒の中で固まった。
「でもその前に、」
言いながらコジネズミは拳銃を構えた。銃口の先にはカヤネズミ。
「お前に話がある」
瞼を埋没させた眉の下から剥き出しの激情で睨みつけた。
しかしカヤネズミも負けてはいなかった。凶悪な素顔でコジネズミと対峙する。
「話は最後まで聞けって聞こえませんでした?」
全く驚いていないところを見ると、コジネズミがどこかに潜んでいたことに気づいていたらしい。
「聞いてやっただろもう終わっただろ? っていうかまともに喋れてなかったじゃん」
口約束でもしていたみたいな言い草で、コジネズミは拳銃を握り直す。
「まだ喋ってる最中だって!」
カヤネズミも敬語を捨てて怒鳴り返す。
「あんたも気になったから黙って隠れて聞いてたんだろ? もう少しだっつってんのに我慢できなかったのかよこの早漏野郎!」
「ば! カヤ…ッ」
「よっぽど死にてえんだな、受容体ッ!!」
「コージさ…!」
ヤチネズミがコジネズミを止めようとした時、物凄く聞き覚えのある野太い雄叫びが響きわたった。どすどすと接近してくる巨体にヤチネズミは目を見張る。
「ブッチい?」
「またお前か!!」
コジネズミがカヤネズミから迫りくるドブネズミに照準を移した時、ヤチネズミは袖を引かれた。ハツカネズミはすっかり再生し、後ろに向けた顔は掃除に赴く時のそれだった。コジネズミが目を見張って顔を突き出す。
「うそ…、早すぎ……」
「こぉじぃねぇずぅみいいいッ!!!」
まるで地下に住む者に立ち向かっていくかのごとく、ハツカネズミは真っ赤な顔でコジネズミを目指す。直観が危険を察知して、ヤチネズミは再びハツカネズミの胴部に両腕を回し、全体重をかけて同室の同輩を引き止めにかかった。
「コージさん、逃げて!」
ヤチネズミの叫び声に振り返ったのはヤマネだ。
「ヤッさん!?」
「ヤマネ手伝え! ハツ駄目だ止まれ!!」
しかしヤマネは手伝わない。おろおろと双方を見比べてはあわあわしている。
そしてハツカネズミも止まらない。ヤチネズミの呼びかけなどまるで聞こえていないらしい。真っ赤な顔で歯茎を晒してヤチネズミを引き摺りながらコジネズミににじり寄る。コジネズミは拳銃を構えつつも気圧された分、後退する。
「お前アカに何をした!!」
「ハツ止まれ!」
「早くね? 早いって!」
「止まれハツ、落ち着け…」
「何したって聞いてるじゃん!!」
「もっと寝てろよ、ばけもん!」
「ハツやめ…」
「答えろよおッ!!!」
コジネズミが後ずさりしながら引き金を引いた。ヤチネズミは口を開けただけだ、声を発する時間は無かった。しかしハツカネズミは早かった。怒りの中でもヤチネズミごと上半身を振って銃弾を避ける。目を見張ったのはコジネズミだ。「まじでえ!?」と呆れにも似た感嘆の息を漏らす。
「避けるかこの距離で!!」
「コージさん逃げてって!!」
ヤチネズミも負けじと声を張り上げる。直感でわかる。コジネズミはハツカネズミには敵わない。
ハツカネズミが小銃を振り被った。ふりかぶるな! お前の使い方は絶対間違ってる!!
ヤチネズミの努力もコジネズミの悪あがきも空しく、ハツカネズミが振り上げた小銃の台尻はコジネズミの頬骨目がけて振り下ろされた。鈍い音、半回転して崩れ落ちる身体。死にはしないと思う、これくらいなら。コジネズミだし、丈夫だし、とヤチネズミは思う。思うがしかし、
「痛……ってえなあ!!」
怒鳴りながら向けられたコジネズミの顔は、右耳を紛失し、左側の骨格がおかしな形になっていた。
「呼んでねえんだよお前は! せめてもすこし寝てろよ!」
見るからに無様な生産体は、威勢だけは保ったまま滑舌悪く、見下す相手を睨み上げる。
「アカに何したって聞いてるんだよ! 答えろよ、コジネズミ!!」
怒りのままに怒鳴り散らす受容体は、威厳さえ感じさせる勢いで上官を睨み下ろす。
「部隊内の話だ! お前に関係ないだろ!」
「同室の心配だよ! お前にとやかく言われる筋合いないよ!!」
「お前に『お前』呼ばわりされたくねえわ!! 俺、年上! 上官! 生産体!!!」
自分を指差して敬語を強要するコジネズミに、
「立場だけで自動的に敬われると思うなよ! お前なんて『お前』で十分だ、チビネズミ!」
「ば…!」
それは禁句、とヤチネズミは思うが、
「うるっせえばけもん!!」
コジネズミは床に手をついたままハツカネズミの脛を蹴る。普通ならば悶絶必至の急所だが、痛みを感じないハツカネズミが倒れることはない。コジネズミは舌打ちし、さらに同じ箇所を蹴り続けながら、
「やったそばから再生しやがって! せめて痛がれ、泣いて喚け! 不気味なんだよ、この怪物! ばけもん!」
「ばけもんばけもんてお前の方がうるさいんだよばかもん!」
「お前に言われたくないわ!! ばかのばけもん!」
もはや子どもの喧嘩だ。冷静さの欠如と語彙の少なさはいい勝負なのだろう。
「お前の方がばかだもん…、…かもん!」
ハツカネズミは噛んだことを誤魔化すようにひときわ声を荒らげて、
「なんでアカの上官がお前なんだよ!!」
「んなことアイに聞けよ! 後から入隊してきた年下なら普通に考えて部下だろが!」
そうだアイ! カヤネズミがまだ質問を粘っていたがどうなった? ってかなんでブッチーがここに?? ヤチネズミは振り返りかけたが、
「お前とアカなら能力も性格も頭の良さだって絶対百割アカの方が上だあッ!!」
ハツカネズミが再び小銃を振りあげた。駄目だ、ハツ。お前の力はネズミも『掃除』してしまう。ヤチネズミは止めようとする。手を伸ばす。上背が足りない。背伸びを試みる。脚が言うことを効かない。
「やめは…ッ!!」
突如ハツカネズミが動きを止めた。飛びかかって制止を試みたヤチネズミは空回りして床に落ちる。ハツカネズミの視線の先はコジネズミ。の背後で無表情に佇む治験体の子ども。
ハツカネズミからの攻撃をかわしきれないと覚悟して、両腕で頭部を守っていたコジネズミも固まる。表情を緩めて動きを止めたハツカネズミを訝りながら顔を上げ、そして、
「いたっ……」
反射的に口をついた自分の声に振り返った。背後を取られたことに驚いたのか、子どもの姿を確認して眉根を寄せて顔を突き出す。
「誰だおま…、痛ッ!」
治験体の子どもは例のごとく無表情に、しかし確実な意思を持ってコジネズミの背中を蹴り続ける。
「痛ッ、なんだよお前、誰だ…いたっ! だから蹴るな…痛い! 蹴るなって!!」
ついにコジネズミは立ち上がる。
「何なんだよお前らんところは!」
コジネズミを蹴りつけていた子どもは、ハツカネズミに呼ばれてその場を後にし、当たり前のように抱き上げられている。ハツカネズミの興奮も落ち着いたようだ。ヤチネズミは胸を撫で下ろしたが、
「おいヤチ!!」
「え、俺?」
突然名指しされてぽかんとする。
「ばけもんと変態と碌な奴がいねえな、おい!!」
「変態?」
とドブネズミがカヤネズミを庇うような姿勢のまま眉根を顰めたが、
「お前だよ!!」
コジネズミはその顔を指差し唾を飛ばす。
「誰が変態ですか」
ドブネズミが一応敬語でコジネズミを睨みつけたが、
「落ち着けブッチー。お前はまだましだ」
背後でカヤネズミが呟いた。
「っていうかブッさん、なんで?」
状況について行けていないヤマネが尋ねたが、
「旧ムクゲネズミ隊および治験体キュウジュウキュウを確保してください」
アイが再び出しゃばり始める。
コジネズミに言っているのだろうか。どう考えても手が足りないだろう? とヤチネズミは元上官の方を振り向き、一目で事態の深刻さを悟った。
「返せ、コージ」
アズミトガリネズミが生産隊を引き連れて現れた。