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00-143 ハツカネズミ【無駄】

過去編(その94)です。

「申し訳ありません。承諾しかねます」


 アイの返答にカヤネズミの両目が愕然と見開かれ、ヤチネズミは勢いよく顔を上げた。


「夜汽車は止まりません。アイに決定権はありません」


「なんでだよッ!!!」


 もはや騒音でしかなかった。泣き叫ぶ女の金切り声よりも割れた声の男にアイは俯く。


「アイは皆さんの決定に従うだけです」


「だったら従えよ、俺たちの決定に!」 


「アイは夜汽車を走らせるだけです」


「走らせてんなら止めれるだろ!!」


「誰だよ」


 腰を折り曲げたままの姿勢でカヤネズミが低く言った。ヤチネズミは唇を閉じる。


「お前じゃないなら誰が夜汽車を作ったんだよ、ってそもそもト線ってなんだよ、何なんだよト線ってッ!!!」


「ト線とは『屠殺(とさつ)用支線六番』の略称であり、塔から送り出される夜汽車を処理するために設けられた線路のうち、現存する唯一の支線です」


 カヤネズミの怒りを質問と認識したのだろう。アイの説明を聞いたヤマネは「とさ…?」と、聞き慣れない古い単語に首を傾ける。


「かつては各方位に二本ずつ…」


「夜汽車なんてもん作った奴を呼び出せって言ってんだって!!」


 ヤチネズミ以上の怒りを投げ付けたカヤネズミに、アイは唇を閉じて悲しげに目を伏せた。次に顔を上げた時には困ったような、小馬鹿にしたような、悲しげな笑み。その微笑む唇が開いて一言、



「夜汽車を作ったのは皆さんではないですか」



 ヤチネズミやヤマネだけでなく、セスジネズミも、カヤネズミまでもが唖然とした。


「何言ってんだお前……」


 何を言っているのか全く理解出来ないヤチネズミの口からはそれしか出てこない。


「何かの例えでしょうか」


 セスジネズミが呟く。


「わかんない、わかりませんて!」


 泣きじゃくるだけのヤマネを片手で制して真顔のカヤネズミが、


「『皆さん』?」


 アイの真意を汲み取ろうとした。


「カヤ…」


「どういう意味だ? 『皆さん』って誰を指してる…」


 突然の銃声にヤチネズミたちは反射で腰をかがめた。放たれた弾丸は女の映像を一瞬だけ乱して壁にめり込む。


「は、ハツさん??」


 尻もちをついたヤマネが声を震わせる。慄く後輩に目もくれず、ハツカネズミは二発目を装填する。決して当たらない弾を、当たっても意味の無い相手に向かって再び放つ。


「ハツ…!」


「無駄だ」


 カヤネズミがはっとする。


「こんな奴の話、聴くだけ無駄だよ」


 笑っていない時のムクゲネズミによく似た濁った目で、ハツカネズミはさらに引き金を引いた。三発目は跳弾し、セスジネズミの足元を弾いた。


「ハツカネズミが非常に興奮状態です。ハツカネズミを拘束してください」


 警報音が鳴り響く。アイは怯えたヤマネのように同じ言葉を繰り返す。いつもと違う様子にヤチネズミは引っかかりつつも、


「ハツ!」


 同室の同輩に駆け寄った。


「ハツさん!」


「ハツッ!」


 ヤマネも駆けつけてハツカネズミを止めようと試みる。その中でカヤネズミだけがその場から動かず、なおもアイとの問答を続行する。


「アイ答えろ。その『皆さん』って誰だ。お前じゃなくて『俺たち』なのか?」


「カヤて…!」


 手伝え、という一言さえ間に合わず、ヤチネズミはハツカネズミの振り回す小銃の銃身を屈んでかわす。胴部に巻き付くだけで手一杯だ。


「ハツカネズミを拘束してください」


「『俺たち』が…」


「おいカヤ!」


 ヤチネズミは踵を浮かせながらも同輩に助けを求めるが、


「稼げ時間!」


 短く命令を寄越すと再びカヤネズミはアイに向き直った。何考えてんだ? あいつ。ヤチネズミは怒りよりも呆れ返る。状況見ろよ、『稼げ、時間!』じゃねえよ、『守れ、規範!』みたいに言ってんじゃねえよこの


「くそや…!」


「ヤッさん!!」


 ヤマネの声に振り返ったヤチネズミの目の前を直線が走った。線の先端はハツカネズミを貫き、遅れて銃声も聞こえた。続けざまに二発。胸のど真ん中と左右の肺を撃ち抜かれたハツカネズミは全身をびくんびくんと震わせ、顔から崩折れる。


「は…!!」


 何が起きたかわからなかったヤチネズミは、伏したハツカネズミを揺すった。


「ハツ!? は…!」


「『再生系は急所を狙え』ってか?」


 聞き覚えのある声に全身が強張る。


「ハツカネズミを拘束してください」


「アカネズミと同じだろうなって思ったんだけど、当たりじゃね?」


「ハツカネズミを…」


「わかったから黙ってろよ! うっせえな」


 警報音が鳴り止む。暗がりから近づいてくる靴音にカヤネズミも顔を向け、舌打ちした。


 銃弾を放った男は拳銃を握ったまま、手首で首筋を擦っている。違う。耳があった場所を手首で掻いている。


「こ……」


「わりと面白かったよ、お前らの演説」


 ヤチネズミは口を開けたまま目を見張る。


「でもまぁなんつうの? 『で?』って感じ?」


「コ…じネ、ズミ……」


 敬称を忘れたヤマネが腰を抜かして後ずさりした。

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