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IRREGULAR;HERO ~正義の怪物~  作者: 紅林ユウ
第四章 そして鬼が目覚める
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第四章 そして鬼が目覚める 第17話

    17


 視界が闇に閉ざされていく。


 理性が内側から喰い破られていく。


 全身をなにかが這いずるような不快な感覚が、いつしか心地よくなって受け入れてしまいそうになる。


 壊せ、壊せ、壊せ――。


 殺せ、殺せ、殺せ――。


 壊せ、殺せ、壊せ、殺せ、壊せ、殺せ――。


 なにもかもを破壊しろ。

 あらゆる命を狩り殺せ。


 それこそが『鬼』という存在。

 最強の怪物たるならば役割に殉じて殺戮の限りを尽くさねばならない。


(……オレは……いや、だ……)


 残りカスの意識で己が本能に抗う。


 だが濁流のように押し寄せる闇は止まることを知らない。

 微かに残された灯火をいまにも消してしまおうと勢いを増していくようだ。


 もはや抗うこともできなくなって、このまま眠ってしまいたくなる。


 光がうっすらと消えていく。

 衝動の奔流に呑み込まれて潰えていく。

 

『アラタ、負けるなああああぁぁああアアア――――――――――――ッッッ!!』


「……ッ⁉」


 どこか遠くから聞こえた声。


 それは大好きな声だった。

 大好きな少女が、不甲斐ないアラタの背を支えるように、叱咤してくれた。


 星屑が闇を押し返そうと輝きを取り戻す。


 そうだ。

 この身は鬼になどならない。


 この心が目指すべきはそんなところではないと、果てしない闇を振り払いながら届いた声が告げている。


 ミコトが教えてくれたんだ。


 ぬくもりを――。


 やさしさを――。


 怪物に人間としての心を――。


 ならばこの衝動に負けられない。


 桜香がいて、沙都弥がいて、加賀美がいて、茉莉がいて、響がいて――そしてなによりミコトがそこにいる。


 アラタが求めるべき場所はそこだ。


 消えかけた闘志に炎を宿す。

 暗闇を必死に掻き分けて、その光だけを求めて足掻き、もがいて、どこまでも手を伸ばす。


「ぐ、ぅああああ! 俺がなりたいのは、怪物なんかじゃ……ない!」


 禍々しい漆黒の霊子が一陣の風に吹かれて消え去った。

 同時に、その勢いで纏まっていた霊子までもが乱れ、消えようとしていた。


「サクヤ様、いまです! 黒き鬼姫の忘れ形見――天城アラタの霊子回路の制御を!」

「はい! ……アラタさん、次こそは決めてください!」


 背後から届いたサクヤの声にアラタは声なく頷いた。

 彼女の制御が間に合ったおかげで、乱れようとしていた霊子も再構築され、双光の大剣はいま一度形成される。


「俺は――人間(ヒーロー)になるんだよォォオオ――――ッ‼」


 鬼の力が再び蝕もうと動き出すのを無視して、アラタは全霊を込めた一撃を巨竜へと振り下ろした。


 眩いほどの紅蒼の霊子光が弾けた。

 二つの色彩が混ざり合うように北外周区の廃墟を彩っていく。


 その巨体を余すところなく呑み込まれた巨竜は、ついぞ再生することも叶わず完全にこの世から消え去るのだった。


    ◇


 人気の消えた市街地。

 静けさを掻き消すようにソレは訪れた。


『ぎ、ァあああ! なんで、なんでだ、クソがぁああ! なぜオレ様にクソ鬼姫の力が制御できなかった⁉ あの器がクソほど脆かったせいか? いや、そうじゃねえ……最初っから、オレ様の霊核じゃあ受けきれなかった……? いやそうだとしてもそれほどの力を得たオレ様がなぜ負けたぁあああああああ⁉』


 狂乱したように叫びながら黒い靄が蠢いていた。


『だが、まだだぁああああ! まだ終わりじゃねえ……どうにかこうにか器を切り離し、こうして生き延びたならまだいくらでも機会はあんだよ……! キヒヒ、そう……そうだよォ……滅びなきゃ次があるぅうう! いつかオレ様は、あのいけ好かねえクソ鬼姫を越えるんだよォォオオ!』


 そのためには器が必要だった。


 霊核のみで彷徨っているオロチは酷くおぼろげな存在である。そのため憑代となる肉体を得なければ数日も持たずに消滅するだろう。


 そして、見つけた。


 こんな人気のない場所にも人間はいた。

 ならば都合がいい。さっさとその肉体の主導権を握って次の策を練らねばならない。


『この際、どんな器だろうと構いやしねえ! どうせ鬼姫の力を得るまでの繋ぎなんだからなア!』


 黒い靄のように漂っていたソレは勢いよく飛翔した。

 その軌道の先にいたのは――卑しき蛇が新たな器となる標的として選んだのは、


「花織流抜刀術……いえ、使うまでもなさそうね」


 神速にて繰り出された抜刀。

 その煌く一閃にオロチの霊核体は容赦なく両断された。もはや断末魔を上げるヒマもなく卑しき蛇はその存在を終わらせるのだった。


 蠢き、揺らめき、しぶとく現世に染みついていたアヤカシ。

 だが、そんな一連の事件の元凶たる蛇は、ついにこの瞬間に完全消滅を果たしたのである。


「……沙都美さんといい、あの不健康そうな御子室近衛隊のおじさまといい、こんな後始末だけ押し付けるなんて」


 不満そうに花織桜香はため息を吐き出した。

 本当はアラタの加勢に行きたかったのに、という本音を漏らすのはあくまで胸中に留めておく。


「ま、いまの私の実力なら、こっちが適任なのは間違っちゃいないわけだし」


 しょうがないか、と肩を竦める桜香。

 これは、各々が実力に見合った役割を適材適所にこなすことで掴んだ『人類の勝利』、ということで桜香は自分を納得させるのだった。


 そうしていると不意に体がふらふらと揺らめいた。


「っとと……ああ、こりゃもうダメかな、そろそろ限界……」


 つまらぬものを切り捨てた愛刀『神楽桜』を鞘に納めたところで、くらっとした目眩に襲われた桜香はそのまま仰向けに倒れ込んだ。

 戦い通しで疲れ果てた体が限界を迎えたのだろう。


 市街地の街並みに切り取られた四角い空は、なにもかもバカバカしくなるほど青く澄んでいた。


 桜香は、その果てしなく遠い果てなる空へと、ゆっくりと手を伸ばす。

 そして、なにかを掴むように、ぎゅっと握り締めた。


「いつか必ず……アンタと肩を並べて戦ってやるから、ちゃんと覚えときなさいよ、ばか」


 その言葉を最後に桜香の意識は微睡へと落ちていく。

 その表情は、どこか清々しさを感じるほど、きれいな笑顔を浮かべているのだった。

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