第四章 そして鬼が目覚める 第5話
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帝都は大混乱に見舞われていた。
空も地上も魑魅魍魎で溢れかえっている。人々は怯え喚きながら避難シェルターでこの混乱の収束を待っているが、しかし対魔機動隊と御子室近衛隊が総出で迎撃しても一向に敵の進軍は止まらない。
「くそっ! キリがない、なんだこの地獄は!」
焦りと怒気を含んだ言葉を吐き捨てながら、加賀美は部下たちと共に最前線に立ち剣を振るっていた。
一匹倒せば二匹やってきて、二匹倒せば一〇匹まとめて飛び掛かってきて、そんなのがもう二週間近くも続いている。
懸命に応戦していた部下たちは、もう六人が死んでしまった。
一人果敢に巨人のような魔獣と相討ちになって踏み潰された。
一人は他の仲間を助けるための囮となってオオカミもどきに食い荒らされた。
一人は終わらない戦いに絶望して剣を捨て、その命を捧げるように大型のキツネに踏み潰された。
それ以外は憶えていない。
だが彼らを救えなかったことを悔いているヒマはなかった。
一瞬でも意識を逸らせば次は我が身だ。
そう考えていたところで疲労は肉体の鈍りを誘うものだ。
「ッ……しま!?」
ほんの僅かに加賀美が息を整えようとした隙を魔獣たちは見逃さなかった。
空中からは槍のように大鷲。
地上からは疾風のように虎。
さらに地中からはアスファルトを割りながら巨大土竜。
前後左右、あらゆる方向から加賀美へと目掛けて、致命の殺意が猛進してくる。
そのとき、
「我が霊命にて願う! 霊気は岩槍の驟雨となりて飛翔する邪悪を穿つ!」
突然、高らかな声が奏でられるのを、加賀美は聞いた。
直後、鋭利な切っ先を有した無数の岩が空を覆い尽くし、空中を舞い飛んでいた大鷲たちへと降り注いだ。
「なっ……これ、は……霊子、術式……?」
加賀美の記憶がずきりと疼く。
その存在と名は知っていても『どんなものだったのか』思い出せずいた神域の力。しかし目の当たりにすれば消し去られた記憶と目の前の現象が結び繋がった。
さらに続けて声が轟く。
「燃え盛る炎渦は刃となりて駆ける邪悪を焼き払わん! 大気は凍てつき地を這う邪悪を氷結させん!」
紅蓮の刃が疾走する虎の脚を切断し、さらに延焼する炎がその胴体を呑み込んでいく。
空気が氷雪のように白く色づき始めると、割れたアスファルト一帯を凍てつかせ、巨大土竜の身動きを封じた。
加賀美に襲い掛かるはずだったすべての敵が一瞬にして行動不能に陥る。
トン、と氷が張り巡らされたアスファルトに降り立ったのは、加賀美がかつてセンパイと慕っていた女であった。
「落ち着け、加賀美! お前が焦れば隊列全体が乱れるぞ!」
「……は、はい!」
その叱責に尽き果てそうだった加賀美の魂に灯が宿った。
たった一人の女が霊子術式を取り戻した。それだけで絶望的だった戦局に希望が生まれる。
「さて、いままではアラタを代理として使っていたが、今回くらいは私が直々に手を貸してやる」
「助かりますよ、まったく……それじゃあ、沙都美センパイ!」
「ああ、いくぞ加賀美コウハイ」
まだまだ帝都には数え切れぬ敵の影。
しかし本番はここからだ。
「「ここから逆転劇といこうじゃないか‼」」
◇
一方。
加賀美たちの本隊から少し離れた市街地。
「ああもう! おねーさん、なんかすっごい爆弾とかないのかな!」
「あるけど使ったらあたし死んじゃうじゃん! ゴスロリくん、あんま無茶言うな!」
背中合わせに言葉を交えながら、魔獣の群れに応戦しているのは叶響と円茉莉だ。
ゴシックなミニスカートの内側から短剣を放り投げては空中の敵を叩き落していく響。
そして、自作の回転刃の付いた大槌で、地上に溢れかえった敵を粉砕していく茉莉。
両者とも一匹一匹の魑魅魍魎に対抗する実力は申し分ない。
だが状況は最悪と言えた。
二人とも体力を使い果たして、もはや虫の息――かろうじて立っている状態なのだ。
それこそ背中合わせで互いを支えているようなもの。
「ねえ、鍛冶師のおねーさん……ボク、男とも女ともエッチしたことないんだけど」
「はあ? あっはっはー、そりゃ奇遇っすなあ。あたしだって鍛冶一筋で未経験だっつの!」
「そっか。ならまだ死ねないよね? いや、おねーさんがさせてくれるなら、ボクはここで死んでもいいくらいなんだけど」
「あ、ごっめーん……さすがにゴスロリ女装少年は守備範囲外だよん」
「あはは、うれしいなあ。おねーさん、まだボクに死ぬなって言ってくれる」
おかげで気合が入った、と響は前に進もうとして崩れた。
同時に支えを失った茉莉も尻餅をつく。
このときを待っていたと言わんばかりに、魑魅魍魎の軍勢が四方八方から二人へと一斉に飛び掛かろうとして、
「二人とも伏せて!」
「吹っ飛べ……粉砕炸裂オォッ!!」
爆発じみた轟音が世界を震わせた。
叩き付けるような衝撃が響と茉莉に襲い掛かって、そのまま吹き飛ばされそうになるが、二人は最後の力を振り絞って地面に張り付いていた。
そして一転。
静寂が訪れる。
なにがなんだかわからずに二人が顔を上げると、そこに機械式大剣を地面に叩きつけた少年の姿があった。
そして彼の腕には、響の友人であり同僚の少女が、がっしりと抱きかかえられている。
巨大なクレータが生まれ、周囲一帯に群れていた魔獣が、跡形もなく消滅していた。
やがて少年は額に汗を滲ませながら、
「待たせたな。復活したヒーローの登じょ――」
「二人とも無事? ここは私が引き受けるから、一度退いて体を休ませてきて!」
すかさず状況を確認して声を上げた桜香に、少年の決め台詞はそれこそ粉砕されてかき消されていた。
「おい、ここは決めさせろよ、おい」
「悪いけどそんな余裕ないっての! いまは静かになったけど、どうせすぐ次の群れが来るはずよ!」
そこまで言った桜香は真っ直ぐな瞳をアラタに向けた。
「アンタはさっさとアメノミハシラを目指しなさい。そんで、しっかりちゃっかり、ミコトを連れ戻してきなさい!」
「おう。言われるまでもねえよ」
アラタは腕に抱いた少女を地上に下ろして頷きを返す。
やるべきことは決めてきた。
どちらにせよ黒き鬼姫に対抗できるのはアラタだけだろう。
もしも鬼姫の狙いが、アラタの『絶爪・紅葉(改)』だとして、それぞれの役割が変わることなどない。
桜香はここで、アラタとミコトが帰ってくるべき場所を、最後まで護り抜く。
そしてアラタは――怪物に人間として生きる道を与えてくれた少女を、なにがあろうと助けて帰ってくる。
「私はアンタを信じてるから」
「オレもお前を信じてる」
それを告げられればもう十分だった。
桜香は愛刀『神楽桜』を構え、この戦場から退かぬ意思を抱きながら、ずっしりと仁王立ちする。
そして。
アラタは大きく跳躍し、空を舞うように飛び跳ねながら、アメノミハシラを目指して駆け抜けた。




