第四章 そして鬼が目覚める 第1話
01
淡い光芒に薄く照らされた空間。
その中心に一人の少女が寝かされていた。
彼女の背に広がっているのは、光芒が描く幾何学模様の紋章だ。それはこの空間全体に広がっていて、規則正しく光を流動させる様は、まるで一つの生き物の血脈のようでもあった。
やがて、少女が目を醒ます。
「ここ、は……」
見慣れない景色に呟いた言葉。
それに対して、かつて『鏡月ジン』という人間だった男は、まさしく機械のように答えた。
「アメノミハシラの内部だ」
「あめの、みはしら……」
少女は聞こえてきた言葉をそのまま繰り返して、やがて己のいる場所が終戦を記念した塔であると理解する。理解して――けれど、わからない。
なぜそんな場所に自分が連れて来られたのか?
そもそも、この空間を取り囲む、壁にまで及んでいる光の流動からして異様な雰囲気を感じる。
本当にここはアメノミハシラなのか?
そうだとして、この不気味な空間は、果たして一体なんなのか?
それを問い質すべくミコトは体を起こそうとして、
「う、ぐ……体が、動かな……」
「無理をするな。すでに儀式が始まっている」
金縛りに遭ったように動かない手足に、ミコトは嫌な苛立ちを覚える。
自分の体を思うように動かせない。
それが不安と恐怖を駆り立ててくる。
「知っているか? この塔には黒き鬼姫。そして数多くの魑魅魍魎どもが封じられている」
「え……?」
「つまり人間は戦争に勝ってなどいないということだ。すべては黒き鬼姫の気まぐれによって、一時の平穏を得ただけに過ぎない」
「なにを、言って……」
ジンは大戦中に黒き鬼姫が振るった二刀一剣の一つ――『刹牙・清姫』の鋭い切っ先を、身動きの取れない少女の胸元にチクリと触れさせる。
その瞬間、ミコトは殺されるという恐怖に、きつく唇を結んで震えた。
構わずにジンは言葉を続ける。
「そして貴様は『憑代』だ。黒き鬼姫が復活するための肉体……『鬼の烙印』を刻まれた御子室の呪いの象徴……」
「そんな、はず……だって、わたしはただの……」
家族に捨てられた孤児だったのだ。
父親の顔も知らなければ、母親の愛情だって記憶から抜け落ちている。
でも、それだけだ。
それ以外は普通の女の子として生きてきた。黒き鬼姫の憑代などであるはずがなく、まして御子室の呪いなど聞いたこともない。
「嘆くことはない。貴様はなにも悪くないだろう。こうなったのは先代御子――貴様の母親が、貴様という忌まわしき呪いを消せなかったからだ」
「呪い、って……そんなの、知らない……!」
ミコトが悲鳴にも似た叫びをあげる。
しかし、ジンはその少女の声になど構わず、言葉の続きを告げる。
「その結果――人類と魑魅魍魎との戦争が再開する。それだけのことだ」
「そんな……そんなこと、誰も望んでなんか……っ!」
いない、と声ならぬ否定の言葉。
それに対してジンは先ほどと違って反応を示した。
「少なくとも俺は望んでいる。闘争ある世こそが俺の生きるべき場所だからな」
「え……ッ⁉」
グチャリ、と『刹牙・清姫』の白刃がミコトの心臓を貫いた。
ミコトは痛みを感じることもなく言葉を失って、
「少々、不純物も混じっているが……そら、黒き鬼姫の胎より生まれた男の因子を貴様にくれてやる」
「が、あぁ……っ!?」
『刹牙・清姫』の白刃が歪んで、そこから真っ赤な液体が溢れ出した。
それは刃を伝って流れ落ちながら、やがてミコトの体内へと侵入していく。
「ア、あああぁぁあああぁああァアア――――いや……やめ、て……入って、こないで、こわ、れる……おかし、く……から、だが……」
「拒むな。受け入れろ。さすれば楽になる」
見えない力に拘束されていたミコトが、まるで電流を流されたように体を跳ねさせる。
痛みに裂かれそうな絶叫。
快楽に溺れるような嬌声。
哀しみに泣き出すような嗚咽。
あらゆる感情を吐き出すように、ミコトは喉を震わせていた。
それらの声に共鳴し、空間に張り巡らされた光芒が、ぼう、ぼう、と輝きを増していく。
そして、
「闘争のとき来たれり――世界に『百鬼夜行』が訪れる!」
ミコトの背に広がっていた紋章――黒き鬼姫を封じていた結界術式から光が消失した。
濃密な闇に満たされた空間が激しく揺れる。
塔の床面から、あるいは壁から――至るところから、数えきれぬ魔獣が飛び出して、忌まわしき封印の塔の内部を埋め尽くしていく。
その光景を眺めながら、ミコトは己の内側がナニかに満たされるのを感じた。
そのナニかに意識が塗り潰されていくなかで、
(……ごめん、ね……アラタ、わたし……)
最後に思い出したのは、誰よりも不器用で放っておけない――優しい少年の顔だった。