第三章 崩壊のとき 第13話
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ぽつん、と雨粒が頬を叩いた。
空を覆った分厚い雲を瞳に映しながら、アラタはまるで壊れた人形のように動かず、まるで死んだように仰向けに倒れている。
やがて雨粒が大きくなって、頬を叩く数も速度も激しさを増していく。
全身を豪雨に叩かれながらアラタは思う。
(そうだ……もっと、叩け……オレを責めてくれ……)
それで許されるのなら抵抗などしない。
いつまでだってこうしていてやる。そんな気持ちでアラタはひたすら雨粒に打たれる。
しかし、こんなことで一体なにが許されるというのだろうか?
なんの罪もない子供たちを護ることができなかった。
破壊衝動に呑み込まれて、怪物の本能に任せて暴れまわった。
どれだけの人を殺しただろう?
どれだけの人から大切なモノを奪ったのだろう?
紅蓮の炎に包まれた市街地の光景を脳裏に呼び起こす。
業火に呑まれて崩壊するいくつもの建物。その災害から逃げ遅れた人々の屍。傷ついた花織桜香の姿と怯える対魔機動隊の隊員たち。
すべて怪物を原因としたものだ。
(なにが……ヒーローだ……)
本当にバカげている。
アラタは一度だって誰かを護ったことなどない。
いつだって壊していただけだ。街を襲ってくる魔獣がいれば、その魔獣が起こす被害と同等の破壊を振り撒いて敵を倒した。
それになんの意味がある?
アラタはなにもせずに対魔機動隊に――人間に全て任せたほうが、結果的には被害を最小限に食い止められたのではないか?
わからない。
なにが正しいのか。
なにが間違っているのか。
(いや、正しいことはわかんねぇけど……間違ってることならハッキリしてるじゃねえか……)
それは天城アラタという存在だ。
いや、沙都弥の性と、ミコトが与えてくれた名前――そこに間違いがあるわけではない。
あくまで間違っているのはこの怪物だ。
破壊を起こすだけの危険な怪物など、人間の輪の中に加わるべきではなかったのだ。
激しい雨が、少しずつゆっくりと、だが確実に体温を奪っていく。
それなのに、低下する体温に反するように、どうしてか瞼の奥がじわりとした熱を帯びる。
視界が滲んでぼやけていく。
あたたかな日々。
こんな怪物を人間として受け入れてくれた場所。
こんな怪物にいつだって優しくしてくれた少女。
それは、きっとこの怪物にとっては、あまりに恵まれた奇跡のような時間だったのだろう。
(だけど、もうオレは……あそこには、戻れない……)
いかに自分が無力であるか。そして、いかに自分が人間たちにとって害であるか。
それをアラタはようやく理解した。
もう動かすことも億劫な体をどうにか立ち上がらせる。
降りしきる雨の中を当てもなく怪物は歩き続けた。
人間たちの輪。
一度手は溶け込んだ居場所から逃げ出すように。
◇
この日。
天城アラタと天城ミコトが姿を消した。
それが意味するのは『闘争』の始まりである。