第三章 崩壊のとき 第11話
11
第二次百鬼大戦。
かの戦争の爪痕が残る廃墟に一人の男の姿があった。
時間から取り残されたこの場所が爪痕だとするなら、その男は戦争の置き土産と言ったところだろうか?
男は人間ではない。
かつて戦争で魑魅魍魎――否、黒き鬼姫に追い込まれた人類が、当時の科学技術と霊子術式を応用して作り上げた戦闘兵器である。
男の左胸には、心臓の代わりに体を動かすための霊力生成機関――擬似霊子核が埋め込まれている。
「…………」
男は歪んだ心臓に手を当てて辺りを見渡した。
この廃墟はいつだったか男が暮らしていた場所だ。
たしか当時、人間だった頃の名前は『鏡月ジン』と、たしかそう名乗っていたように記録している。
いまとなって憶えているのはそれくらいで、その頃の鏡月ジンがどんな人間だったかまでは思い出せない。
いまの彼にあるのは、敵を倒す、という戦闘兵器としての本能だけ。
それを果たすためには闘争が必要だ。
しかし、もしも人間から戦闘兵器に堕とされた彼を、たった一人で相手取ることを可能とする怪物がいたらどうだろうか?
闘争は必要ない。
その男と戦うことで欲求を満たせるはずだ。
「来たか」
「…………」
鏡月ジンの視界の先。
異常なまでの霊力を内包した熱源。
そこに、ふらふらとおぼつかない足取りでさまよう、一人の少年の姿があった。
「貴様を待っていた。さあ、鬼の力を見せ――」
「…………」
ジンはその少年に大太刀『刹牙・清姫』の切っ先を向ける。
しかし、少年はそれを無視し、あるいは気付かずに、彼のすぐ傍らを亡霊のように素通りした。
彼の姿に覇気も闘志もない。
それに気付いたジンは得物を下ろして、
「貴様、なんのつもりだ!」
「…………」
少年の胸ぐらをつかんで視線を交える。
だが少年の瞳はひどく虚ろだった。ジンのことなんて見ていない――否、もはや彼の瞳には世界の色さえ映っていないのだろう。
――これではダメだ。
こんな相手を斬り伏せても意味がない。埋め込まれた闘争本能はより一層燻るだけだろう。
ただただ失望だけが戦闘兵器の歪んだ胸に溢れだしていた。
「残念だ。腑抜けた怪物に用はない」
興が削がれた、とジンはつまらなそうに吐き捨てた。双眸から光を失った少年の体を力任せに振り回し、荒れ果てた大地へと容赦なく叩き付ける。
そして、糸の切れた人形のように動かなくなった怪物を侮蔑するように見下しながら、その肩口を斬り裂いて『刹牙・清姫』の刃を鬼の血で濡らした。
「やはり闘争が必要か」
ぽつりと呟いたジン。
彼は軍服のような白の装衣を風に翻す。
もはや少年になど興味もないと言うように、彼の足は振り返ることなくその場から去っていくのだった