第三章 崩壊のとき 第9話
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「花織流抜刀術・壱の型――一重桜ッ!」
桜香が気合と共に放った霊力の斬撃が、空中を泳ぐように飛んでいた一羽の鳥型魔獣を両断した。
よしっ! と心の中でガッツポーズを決めていると、背後から歪な殺気が襲い掛かる。
「こん、の!」
振り向きざまの居合斬りで、それを撃ち落とすも束の間――今度は左右から挟み込むように鋭いクチバシが迫っていた。
どちらか一方を叩くことは出来るだろうが、もう一方は迎撃も回避も間に合わない。
くっ、と桜香が歯噛みしていると、
「桜香、右のヤツを斬れ! 左のはボクが落とす!」
「っ……!」
耳に叩き付けられた指示通りに、右から迫っていたカラスを一閃にて消滅させる。
咄嗟に左側に向き直れば、羽根と胴体をまとめて投擲用の短剣に貫かれ、まるで時間が止まったように浮遊するカラスがそこにた。
やがて、ぽとり、と地面に落ちていき霊力の燐光に焼かれて消える。
「へへーん、ぶい♪」
「まったく、頼りになるじゃない」
二本の指を立てる響に、桜香はサムズアップを返してやる。
彼はすかさずゴスロリのスカートの内から新たな短剣を取りだすと、次の標的を探して華麗に投擲する。
戦場には似つかわしくない恰好をしてくれるくせに、その実力はたしかなものだった。
他の隊員の援護も受けながら、空を舞うカラスも地上を駆けるオオカミも斬り伏せる。
そうして三〇分ほどが経って、
「ふう……どうにか終わったようだな。各員、ご苦労だった」
加賀美のその声に、現場に集まった対魔機動隊・帝都第三小隊の面々が息を吐き出して、肩から強張った力を抜いていく。
もちろん桜香も同じように呼吸を整えて、改めて礼を述べようと響のもとへ向かおうとしたとき。
轟! と爆発じみた破壊の音が鼓膜を叩いてきた。
「な、なに……っ!?」
次いで、本日三度目となる電子音。
その発生源は加賀美だ。
「はい。こちら加賀美……え? 沙都弥、センパイ? はい、こちらの魔獣はひとまず殲滅しましたが……は? いや、まさかそんなことって……」
通信に応じていた加賀美の表情が青ざめて、額に汗が浮かぶのが遠目にもわかった。
なにか不吉な予感が桜香の胸中に下りる。
「……まずいな。御子の妹君のことは沙都弥センパイにお任せします。私はどうにかあの子のお怒りを鎮めるために動きますが……まぁ、そんな簡単にやれる相手じゃないですよね。こちらも部下の命優先ですから、最悪の場合は彼を殺すことになりますが……」
しばしの沈黙。
通信が終わったらしく、加賀美が端末を懐に押し込んだ。
加賀美はふうっと大きく息を吐き出すと、戦いの疲れがまだ癒えぬ隊員たちをぐるりと見渡した。
その面持ちは神妙なものだった。
「悪いね、みんな。これからもう一仕事だ」
ああいや、と彼女は改めて、
「私たちが相手取るのはあの『最強』だ」
瞬間、隊員たちの間にざわめきが走った。
桜香は、その言葉の意味を理解するのに、数秒ほどの時間を要した。
そんな部下たちに加賀美は告げる。
「次の仕事は死んでもおかしくはない。むしろ死なないほうがおかしい。だから逃げたいヤツは逃げてもいい。私はそれを咎めたりはしない」
隊員の多くが『最強の怪物』の圧倒的な破壊を一度は目にしている。
だからこそわかる。
アレは、人間の手に負えるものではない、と。
「死地に置いても必ず生き残ってやる! それくらいの気概があるヤツだけ私についてこい! 無駄死にだけは指揮官の私が許さん、いいな!」