第三章 崩壊のとき 第7話
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帝都の中心に近い繁華街から北外周区までは、それなりに距離があるため普通に走れば二時間ほど掛かるだろう。
だが、そこは『最強』と呼ばれる怪物だ。
建物の屋根を跳ねるように飛び移りながらショートカット。
さらに自慢の身体能力をフルに活用して、僅か三〇分ほどでアラタは辿りついた。
北外周区に来るのは初めてだ。
普段、魔獣退治の要請があるとき以外は、基本的に公園で子供たちと遊ぶくらいでほぼ外出などしない。
だから、アラタは生まれてから十七年――人間として生活を始めてから七年――こんな場所があるということすら知らなかった。
「ひでぇな、こいつは……」
人間なんて一人として見当たらない。
地面には、崩れた建物や電柱の瓦礫が散乱していて、一歩進むたびにそれらが砕けて音がする。
終戦から十五年。
人類は、着実に平和と安寧を取り戻し、復興の兆しを見せている。
今日、アラタが繁華街で経験した『楽しい』という感情がその証拠だろう。
あのショッピングモールにいた人間たちは、たしかに生きていて笑っていた。
けれど、こんな場所もまだあったのだ。
ここで暮らしいた人々はどうなったのだろう?
いつになったら、この場所が復興して帰ってこられるのだろう?
帰る場所がないとは、どんな気持ちなのだろう?
――オレは、嫌だな……そんなの、いやだ……。
ミコトや沙都弥が待ってくれている場所――あの『天城怪異相談所』がなくなったら――そこに帰ることができなくなるなんて絶対に嫌だ。
この傷跡しか残されていない土地を眺めて、不意にそんなことを思うアラタだった。
それは、なにかの直感だったのかもしれないが、
「チッ……いまは、余計なこと考えてる場合じゃねえよな!」
すぐに頭を振って思考を放棄する。
ぐるりと辺りに視線を巡らせて――この廃墟の中でもひときわ目立っている廃ビルの姿を発見した。
あそこが相原の指定した場所なのだろう。
アラタは地面を蹴って弾丸のように廃墟と化した路地を駆け抜ける。
そして件のビルへと突入。
階段を跳躍で飛び越え、三階の一番奥の扉の前に辿りつく。
ゆっくりと、慎重に錆びれたドアノブを回し、その部屋へと入っていく。
「っ――!?」
ツンと鼻腔を刺激される。
鉄錆にも似たそれは紛うことなき血の匂いだ。
一歩足を前に出す。板張りの通路はぬめりとした感触をアラタに伝えてくる。
おそるおそる視線を落とせば濃い赤がそこにはあった。
その赤色は一筋の線を描きながら、アラタの足元まで届いてきている。
「ッ…………」
呼吸が止まった。
アラタはその赤を辿って、おそらく昔は社宅かなにかだったのであろう部屋の最奥へと、最悪の予感を抱えながら踏み込んだ。