第一章 怪物か、ヒーローか 第1話
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第二次百鬼大戦。
表舞台で繁栄を重ねてきた人類と、裏舞台で異端として抹消されてきた魑魅魍魎との、大規模な生存戦争は人類の勝利を持って終結に至った。
しかし、勝利者とて得るものより失うもののほうが多かった。
これまでに発展してきた文明は半壊して、もはや取り戻すこともままならない。
二千年という月日をかけて人類が歩んできた繁栄の道は、たしかに魑魅魍魎たちの手で阻まれてしまったのだ。
戦争には勝った。
だがその代償は人類にとって大きなものであっただろう。
あれから十五年――未だに傷跡の癒えぬ世界で人々は怯えながら、それでも前に前にと歩みを進め始めている。
「おい、なんだよこのクソみてえな歴史解説番組はよ」
天城アラタは不満にまみれた声を漏らした。
ブラウン管の画面では、三十代くらいと思われる男性と、無駄に美人な女キャスターが神妙な面持ちでナレーションを聞いている。戦後十五年の特別番組と謳っているのだが、この放送予定を切り替えての緊急特番に、アラタはふつふつと湧き上がる怒りを覚えずにはいられなかった。
ゆえに彼はソファに体を沈めて呻く。
「なんで……なんでだよ! 今日は『装光仮面ガイ』の最終回なんだぞ! よりによってテレビ局ってのはバカなんじゃねーのか、オイ!」
「はいはい、まあお茶でも飲んで落ち着きなよ」
アラタはため息を吐き出しながら、小柄なのにほどよく成長した膨らみに目を引かせる少女から湯呑を受け取った。
ゆらゆらと湯気を揺らめかせる緑茶を一口飲んで、それでもまだ怒りは収まらない。
そんなアラタの隣に、少女・天城ミコトはサイドに結った髪をぴょこぴょこと揺らして腰を下ろした。
澄んだ双眸には少女の純朴さが宿されており、淡い桃色の唇は蕾のような愛らしさを含んでいる。
近い。というかほぼ密着している。
「ぐっ……あんま、くっつくんじゃねえよ……」
「ん、なんでー? べつに昔は一緒にお風呂だって入ってたんだし、いまさら照れることないんじゃない?」
「うっせえ、照れてねえよ!」
そう口では言っているが、いまのアラタは怒りとは別の方面で、頬が赤くなっていた。
それを知ってか知らずか――おそらくは特に気にもせずに、ミコトは可愛らしく整った顔をぐっと寄せてきた。
慌てて視線を下に逸らせば、今度は簡素なシャツの僅かな隙間に覗いた柔らかく緩やかな渓谷――
(だから、ちけぇんだっての!)
「この間の怪我はもうだいじょうぶ?」
「……ああ、あのデカブツをぶっ叩いたときか。ちょっと反動で筋肉痛になったくらいで、そんな大層な怪我はしてねえから大丈夫だって。それにオレは人間様とは違って頑丈だし、回復力もすげーんだ」
だから気にすんな、とアラタは複雑な面持ちで、しかし自慢げに答えた。
ミコトはこくんと頷いて、
「うん。それはわかってる。だけど、いくら頑丈だからって、やっぱり無理はダメだよ。そうじゃなくても、アラタは子供みたいに『ヒーローになる!』とか言って、無謀なことばっかりするんだから」
「……いいじゃねえか、ヒーローに憧れるのは男の特権なんだ」
子供っぽいのは重々承知している。
それでもヒーローになることは、アラタにとって初めてにして、唯一の『夢』なのだ。
だからこそヒーローの先輩である『装光仮面ガイ』の放送が、いきなりの特番生放送で中止になったことは痛手だ。
アラタがいま一度深いため息を吐き出していると、
「ま、最終回は諦めろ」
無慈悲に事実だけを告げられた。
淡々とした声音を向けてきたのは、アラタたちの背後――事務机にずっしり構えながら、煙草の紫煙を吐き出している女だ。
朝っぱらからスーツ姿だったが、着崩れしてるせいでくたびれた印象しか抱けない。
いまの彼女を形容するのであれば、『二日酔いのOL』と言ったところか。
彼女の名は天城沙都弥。
もともと孤児だったらしいミコトや、ひっそりと山奥で生きていたアラタを引き取って、いろいろと面倒をみてくれている女だ。
アラタもミコトも天城の性を名乗ってこそいるが、沙都弥を含めたこの三人に血縁関係などは一切ない。
「あれだけのデカブツが市街地に侵攻してきたのは終戦後では初めてのことだ。報道局の連中からすれば視聴率を掻っ攫うためのエサに持って来いなんだろ」
「……だったら、オレの活躍も少しくらい伝えろってんだ」
アラタがそう吐き捨てると、沙都弥はぴくりと眉を吊り上げた。
ガン! と煙草を灰皿へと突き刺して、
「なにが『オレの活躍』だ、このバカモンが!」
「んなっ!? なにいきなりキレてんだよ、女のヒステリックはこえーな!」
「あん? こっちはどっかの脳筋バカが市街地に大損害を与えたせいで、対魔機動隊から莫大な額の請求書が届いたんだが?」
「知らねーよ! アイツらから要請くるたびにオレに代理させてんのはテメエだろっ! 感謝されることはあっても文句言われる筋合いはねえ! つーかよ、その件に関しちゃ、加賀美のヤツに散々現場で絞られてんだから勘弁しろよ、ほんと耳がいてぇ……」
「それこそ私の知ったことか。ともかく、この請求のせいで大赤字だ。しばらく小遣いはやらんからな」
「なんでテメエの代わりに仕事して小遣いナシにされんだ! そんなん納得できるか!」
言葉を口にすればするほどヒートアップする二人。
そんなバチバチと火花散らす光景を傍目に、やれやれとミコトはお茶を啜ってくつろぐ。
どうせ止めに入ったところで聞く耳持たず。いつものことなので、落ち着くまで好きにやらせておけばいいのだ。