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IRREGULAR;HERO ~正義の怪物~  作者: 紅林ユウ
第三章 崩壊のとき
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第三章 崩壊のとき 第4話

    04


「おお……! こいつは……『装光仮面ガイ』の変身ブレスレットじゃねえか! おい、ミコト見ろ! これ買えばオレもガイに変身できんだぞ! ひゃっほーう、なんだよこれ最高だっぜ!」


 三階の玩具売り場ではしゃぐ少年がそこにいた。

 頭を抱えるミコトに、苦笑する桜香と響――ついでに近くにいた親子が、その姿を口をぽかんと開けて眺める。


 それもそうだろう。

 精神年齢はともかく外見は一七歳相応の男が、たかがおもちゃでこのはしゃぎっぷりだ。


 怪物とか関係なく奇異の目で見られるに決まっている。


「なんというか、初めて見る光景って、こういうものなのね……」

「あはは! うん、まあ、いいんじゃないかな? 純真なのは嫌いじゃないよ、ボク」

「ああもう! やっぱりこうなっちゃうかあ……こら、アラタ! 今日の目的はそれじゃないでしょ!」


 ミコトに首根っこを掴まれて、アラタはまるで駄々っ子のように暴れる。


「バカ言うな! ガイの変身ブレスレット以上に重要なモンなんかねえ!」

「なに言ってるの! 今日は近所の子たちのプレゼント買うために来たんだよ! だから変身ブレスレットはまた今度にしなさい!」

「ぐっ……こ、これは自分の小遣いで買うんだ! 文句あんのか!?」


 威勢よく言い返したアラタだったが、


「お小遣いもらえてないでしょ? 事務所の経費で落とそうなんてバカなこと考えてたら、わたしも本気で怒るからね?」

「うぐっ……」


 そうだ。

 沙都弥に理不尽に小遣いストップされていて、いまアラタの懐は非常に寒い。

 とても装光仮面ガイの『DXガイ・ザ・ブレス』を買えるような余裕はなかった。

 先ほど食事代を支払っただけで、もうほとんど財布が底をついたと言ってもいい。


「ぐ、ぬぬぅ……!」


 アラタは悲しそうに歯噛みした。

 あまりミコトを怒らせるのは避けたい。普段はあまり怒らない代わりに、一度火が点いたら長々と説教されるのだ。


 アラタは、ガイの変身ブレスレットのパッケージを、渋々と泣きそうな顔で棚に戻した。


「必ず、必ず迎えに来るかな! 待ってろよ、絶対手に入れるから!」

「はいはい。じゃあ近所の子たちにプレゼントするもの選ぶよ」


 それからは地獄だった。

 右も左も欲しくなるものばかりで、けれどそれらは決して手の届かない場所にある。


 ――ああ、この世に神はいないのか。


 とても切ない気持ちでプレゼント選びをするアラタだった。


    ◇


 それから一時間ほどが経過した。


「まあまあ、そんな泣きそうな顔は似合わないよ?」

「うるせー。女の子にはわかんねえんだよ、男のロマンってやつがよ……」


 あらかたのプレゼント選びが終わったところで、アラタは泣きたい気持ちを堪えながらトイレを目指していた。

 どうやら響も催していたらしく、ここで初めて二人きりになった。


 玩具売り場からゲームコーナーを経由した先に目的地を発見して、「それじゃ」と響に手を振って男子トイレへと入る。


 誰もいないガランとした公衆トイレだった。

 しかし、背後からたしかな気配を感じて首を回すと、


「なっ……いや、おま、なんで……っ!?」

「なんで、って男だからに決まってるじゃないか」


 は? とアラタは意味がわからず目を丸くした。

 それに構うことなく響は続ける。


「ああいや、ボクとしては『男の娘』って認識してもらいたいんだけどね? 残念ながら公共の場には男子トイレか女子トイレしかない。つまり『男の娘』専用はないからしょうがない」

「しょうがないじゃねえよっ!?」


 男子トイレにアラタの悲鳴にも似た絶叫が木霊した。

 響の言っていたことは半分も理解できていない。


 そもそも『男の娘』とはなんだ?

 いやつまり彼女――いや、彼? は男ということなのか?

 この見た目で?

 たしかに胸は平らだが可憐な少女にしか見えないのに?


 声音だってちょっぴり凛としたところはあるが、誰がどう聞いても男の声とは思わないはずだ。

 正直、いまこの瞬間まで、見てくれだけならばミコトや桜香にさえ劣っていないと思っていた。

 

 しかし。

 真実がそうであるとすれば、アラタは男を一瞬でも『カワイイ』と思ったことになる。


「…………」


 言葉を失った。

 なにかとんでもない裏切りをされた気分だった。


「あれ、もしかして、まだ信じられない? だったら、それはそれで嬉しいけど、お友達に隠しごとはよくないもんねぇ」


 ほら、と響はフリル付きのスカートをたくし上げた。

 とても男とは思えない細くて綺麗な脚線美。その太腿からさらにうえ――秘部を覆うはどう見たって女性用の布地だ。

 しかし――けれど、たしかに――

 そこには、本来『女性』ならあるはずのない山脈が、確かな主張をしていた。

 決定的な証拠がそこにはあった。


 刹那、さらなる大絶叫が男子トイレを震わせようとして、


「おっと、騒ぎにしちゃ迷惑だよ、ちゅっ」

「はぐ……ッ!?」


 唇にふわりとした感覚が襲い掛かる。

 単刀直入に言えば、キス、というやつだ。


 よりもよって初めてのキスが男になった。

 やがてアラタがなにも言葉にできなくなったところで、その男とは到底思えない小さく柔らかな唇が遠ざかっていく。


「ん、ふぅ……てへへ、キスしちゃった♪」

「な、なにしてくれてんだ、ってかなんだこれ!?」


 アラタの思考にあらゆる混乱が走り回り、行き場を失って大渋滞を起こしていた。


「ああ、安心していいよ。最初にも言ったけど、無理やり取って食うつもりはないから。いまのはアラタくんが叫びそうだったから咄嗟にやっちゃったけど、まあ事故だと思って勘弁してね♪」

「できるか!」


 アラタは裏返った声で叫んだ。


「初めてだったんだぞ! それが男だぞっ!」

「む、男じゃなくて『男の娘』だよ!」


 響はムッと頬を膨らませていた。


「それに、初めてだーなんだーって、アラタくんのほうこそ女々しいよ」

「んなっ、女々しい……?」

「こういうのは経験しといて損はないんだよ? 一度経験したことは簡単には忘れない。きっと役に立つときがくるって」

「損しまくりだ! いますぐ忘れてぇよ、オレはっ!?」


 しばらく男子トイレには二人の争う声が響いていた。

 そして、いつしか本来の目的を一緒に果たして、仲直りするのだった。

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