第三章 崩壊のとき 第3話
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響と合流したところで、いざショッピングモールへと突入したアラタたち。
まず一行が足を運んだのは一階のフードコートだ。
現在時刻は十一時一〇分前なのだが、いろいろと見て回るにはまず腹ごしらえというミコトの提案で、少々早めのお昼ごはんというわけだ。
お昼真っ只中ではそれなりに混雑することが容易に想像されるので、響にしろ桜香にしろ特に異論はないようだった。
ならばアラタはそれに従うしかない。
こういった外の世界においては、まだまだ人間らしくやれる自信の無いアラタとしては、あーだこーだと言ってはいられない。
それに、女子三人を相手に男が口を挟んだところで、到底勝てるとは思わなかった。
「桜香ちゃんとヒーちゃんはなにが食べたい?」
「私は好き嫌いとかないから、ミコトが好きなものでいいわ」
「へえ、好き嫌いがない、ねえ……ボクの知ってる限りだとグリーンピースとか苦手なはずなんだけどねぇ? もしかて桜香ってば、ミコトちゃんの前だから弱いところ見せたくないって感じ――」
「好き嫌いはない、と言ったのだけど?」
研ぎ澄まされた刃のような声。
響は、あはは、と苦笑しながら後退った。
「あのさ桜香。やめようよ、そうやって静かな怒気を含んだ声と、突き刺すような目力で脅すのはよくないと、平和主義のボクは思うんだよね」
「ふぅん。響、いまなにか言った?」
「わ、わかった、わかったから! ……もう鏡見なよ、おっかないんだから」
響に対しての桜香は特に恐ろしい。
後ろから眺めているだけのアラタも思わず背筋がゾッとするくらいに。
「カレーと、ハンバーガーにうどん、中華にパスタ……うーん、どれもおいしそうだねぇ、目移りして悩んじゃうねぇ……。あ、食後のデザートはあのお店のメガ盛りチョコレートパフェがいいなあ……」
先頭を歩いて各店舗を物色しているミコトは、己の背後で起きていた迫力ある脅しなど見向きもせず、まるで気にもしていない。
肝心の昼食選びは悩みっぱなしのくせに、食後のデザートは早々に当たりをつけたようだ。
女の子は甘いモノが好き、という謎の概念はアラタもなんとなく知っているが、ミコトに限ってはまさに的中のようだ。
彼女はふわりと振り返ると、
「ねえ、アラタは? なにか食べたいものの候補とかあったりする?」
「なんだよ、急に。べつにオレに気を遣うこたねぇんだぜ?」
「あはは、べつに気を遣ってるとかじゃないってば! 単純にわたしがなかなか決められないってだけなんだけどさ」
ぺろっと可愛らしく舌を出して、ミコトは「てへへ」なんて笑っている。
そんないつもと変わらない姿に気が緩む。
本人に自覚があるのかどうかはわからないが、いつだってミコトはそうしてアラタを助けてくれる。
しかし、アラタはその助けに対して、助けを返してやれなかった。
「わりぃ、なに食うかはオレも迷っちまうから、ここはやっぱりミコトに任せる」
「ええー……」
結局、無難なところで昼食はハンバーガーに決まった。
桜香はピクルスも苦手らしく悪戦苦闘していたが、さすがの響も三度目ともなればもうからかう元気もなくなっていたようだ。
ピクルスをほとんど呑み込むようにして胃の中に押し込んだ桜香は、なんというか激戦を生き抜いた戦士のような顔をしていた。
あれにはアラタとミコト、そして響でさえも、思わず称賛の拍手を送ってしまったくらいだ。
交流をかねた世間話に花を咲かせながら、のんびり全員が食べ終わる頃には時計の針が十二時を指していて、多くの客がフードコートに集まってきた。
多少外出する人足が少なくなった昨今とはいえ、やはり一箇所に人が集まり始めれば賑わい出す。
「うーん、パフェはまた今度にしよっか」
「なんだよ、食いたかったんだろ? オレが人混みとか苦手なのを気にして、それでお前が好きなモン食えなくちゃ意味が――」
ぴと、とミコトは人差し指でアラタの唇を塞ぐ。
不意に触れた柔らかな指の感触に、ドクンと鼓動が脈打つのがわかった。
たったこれだけの接触で心臓が跳ねる。
やはり大人になれたわけではなかったようだ。
「こう騒がしくなってくると、わたしが落ち着かなくなっちゃうだけだよ。桜香ちゃんたちもお腹はもう大丈夫だよね?」
こくん、と対魔機動隊所属の少女二人は、それぞれ頷きを返した。
こうなってしまえばアラタは黙るしかない。
もっとも――その沈黙は次の目的地に辿りつくまでのことだった。
ことショッピングモールにおいて、背丈のある体格に似合わぬほど子供心を持った、ヒーローに憧れる系男児が騒ぎ出す場所とは一つだけだろう。