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IRREGULAR;HERO ~正義の怪物~  作者: 紅林ユウ
第三章 崩壊のとき
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第三章 崩壊のとき 第1話

    01


 曇天が世界を見下ろしていた

 まだ一〇時過ぎだというのにどんよりとしていて、お出かけ日和とはさすがに言い難い。

 しかし、ミコトと桜香に無理やり引っ張り出されて、その気のなかったアラタは繁華街を訪れていた。


 やはり天候のせいもあってか普段より人足は少ない。あるいは先日の大型魔獣の一件が影響して、みんな外出を控えているのだろうか?

 なにはともあれ、それほど混雑していないのは、アラタにとっては救いだ。

 大型ショッピングモールを背にした街路樹の下で、アラタは無意識に嘆息してしまう。


(……人混みは苦手だからな)


 なにがと言うわけではない。

 外見だけなら人間と大差ないアラタは、その正体を知らない人々から奇異の目で見られることもない。

 最強の怪物としてのアラタを知っているのは、それこそ対魔機動隊の連中くらいだろう。


 ただ落ち着かないのだ。

 周囲を行きかう人々が、ここにいるアラタが怪物であると知ったら、果たしてどうなるのだろうと考えてやまない。


「だいじょうぶだよ」

「え……?」


 ふとアラタの手を優しい温もりのような熱が包む。

 外行きのチュニックで身を飾ったミコトが、上目遣いにこちらを見上げながらふわりと微笑んだ。

 それだけで、アラタの胸中に渦巻いていた不安や恐れが、スッと消えていくようだった。


「アラタはアラタだから。わたしはなにがあっても味方だよ。それにいまは桜香ちゃんも護ってくれるし」

「……べつに、護ってもらう必要なんて、ねえよ」


 ぶっきらぼうにアラタが言う。

 すると、いつもとは大きく雰囲気を変えた少女が、ムッと顔を顰めた。白地のブラウスの上に桃色のカーディガンを羽織って、膝上のミニスカートにオーバーニーソックス。おまけに前髪を可愛らしい花のピンでまとめて、ちらりとおでこを晒した桜香だった。

 ジャージでなければ、堅苦しい対魔機動隊の制服でもない。

 決闘の際の戦闘和装も美しいのは間違いなかったが、いまはそれとはまた違った年相応の可愛らしさが押し出されている。

 そこまで露出が多いわけではないが、どうにも普段の雰囲気と違うせいか、直に見ることを躊躇ってしまう。それくらい眩しいのだ、いまの桜香は。

 もっとも、中身はなにも変わっていないが。


「ああそうですか。そりゃそうでしょうね。あなたは『最強』ですものね。どうして私がその『最強』の護衛をしなくちゃならないんだか」


 どこか棘を含んだ口調だった。


「そんなのオレが知るわけねえだろ。文句ならあのサクヤって女に言ってくれよ」

「しょうがないじゃない。謹慎処分で暇を持て余してる、なんて言われたら『お願い』を断るための理由もなくなっちゃったんだし。一度引き受けた以上は文句を言える筋合いなんてないわ」

「ならオレが文句言われる筋合いだってねぇと思うけど……」


 理屈でないことはアラタにもなんとなくわかる。

 自分を理不尽な力で敗北に追いやった相手を護るなんて、アラタがその立場ならまるで意味が分からない。

 それでも桜香は、こうして律儀にアラタたちの側にいてくれる。

 そのことをアラタとしては内心嬉しく思っているのだ。

 どこまでも子供でしかないアラタは、それを正直に口にできないだけで。


「つーかミコト。なんでお前がオレの心配なんかしてんだよ、普通逆だろ。朝っぱら散々沙都弥のヤツに『ミコトから離れるな』なんて言われたし」

「えー? わたしはだいじょうぶだって。それより、やっぱりわたしからしたらアラタが心配でしょうがないよ。料理はできないし、洗濯も掃除もできないし、お箸だってたまに変な持ち方するし……」


 挙げればキリがないというように、次から次にミコトの口からアラタの欠点が晒される。シャンプーハットがないと髪を洗えないだとか、トイレの紙を無駄に多く使って困るとか、どれもこれも日常生活のことばかりだ。


「ぷ、くく……」

「なに笑ってんだテメェ!?」


 堪えきれず桜香が漏らした笑い声をアラタは聞き逃さなかった。

 まったくもって恥ずかしいことこのうえなく、だからミコトの口を「むぐっ」と塞いで、とにかく話題を別の方向へと切り替える。

「それより、テメエのお友達はまだ来ねえのか? 待ち合わせ場所はこの街路樹の下であってんだろうな?」

「ええ、ここで間違いないはずよ。さっきメールが届いてて、あと一〇分ほどで着くって言ってたから、たぶんもうそろそろ――」

「おっまたせー!」

「うぉわっ!?」


 突然、腕に人肌の感触が訪れた。

 あまりの不意打ちに、本能的に警戒の念を込めてそちらを見遣ると、そこには線の細いシルエットの少女がいた。


 ふわりと揺れるセミロングの髪に、紫のリボンが特徴的なミニハット。

 服装はフリルやらレースやらがあしらわれた黒白チェックのキャミソールで、華奢な腕には二の腕まであるゴシックなロンググローブを嵌めている。

 これまたフリルでふわふわしたミニスカートからは、ガーターストッキングに彩られた流麗な脚部が伸びて、それはベルトやチェーンが付いた厚底のブーツに包まれている。


 俗に言うゴスロリファッションだ。

 明らかに浮いた恰好だが、しかし人形のような容貌の少女にはあまりにも似合っていて、まったく違和感がなかった。

 初めて生で目にしたゴスロリ服に視線を奪われながら、それを纏った少女が腕に絡みついているとなれば当然アラタは赤面――、


(あれ、ちけぇ……のに、なんか……)

「おりょ? どうしたの『最強』くん? もっと驚くと思ったんだけどなー。はっはーん、もしかして照れっちゃったー?」

「くそ……おかしいな……いや、オレが……その、そういうことに、慣れてきたってことなのか……?」


 ゴスロリ少女の問いかけに答えるというより、自分自身に投げかけるような言葉だった。

 いつもなら腕に女の子が密着したこの状況でドキドキしないはずがない。

 だが、いまはどうしたことか平常心を保てていた。

 いや、いきなりのことで驚きはしたのだが、そういう異性に対する理性の乱れは一切ない。


(……そっか、オレも少しは大人になってきた、のか……?)


 そうは思うが疑問は胸に残るばかり。

 ハダカを見ただけで気絶するような男が、こうも簡単に女子との接触に慣れるものだろうか?

 むしろ、ハダカを見たからこその成長、と考えるべきなのか?

 改めて腕に絡みつく感触を意識する。

 やはり――心臓は平坦なリズムで鼓動を打つだけだった。

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