序章 最強の怪物 第2話
「オラァ!」
荒々しい声が天を衝いた。
初陣で独断行動を取った新人が辿らんとする最悪の結末に息を呑んでいた隊員たちは、しかしそのとき戦場に乱入する一つの影を視界に捉えていた。
山岳のようにそびえている魔獣と比べればあまりに小さい。
自分たちと変わらない姿形をした少年だ。
だが、ただの少年にはあまりにも不釣り合いな、どことなく機械的なシルエットをした大剣を肩に担いでいる。
彼は傷一つ寄せ付けない鉄壁の甲羅の上に降り立つと、その中心部へと目掛けて大剣を粗暴に叩き付けた。
――ガギン!
鉄と鉄がぶつかり合うような音が辺りに鳴り響く。
生半可な攻撃など一切受け付けぬ鉄壁は、痺れるような衝撃を少年の掌に返してくるが、少年はその感触が心地よいとでも言うように口端を釣り吊り上げた。
「さぁて、ぶち抜くぜ!」
そう言って彼は、機械的な大剣の柄に取り付けられたトリガーを、引き絞る。
装填されていたカートリッジが弾けて、排出口からはドス黒い――この自然界の中で、なにより純粋な力とはとても思えない――濁りに濁った霊力の奔流が噴き出す。
世界が悲鳴をあげる。
それほどの震動を、事態を呆然と眺める隊員たちは、為すすべもなく感じていた。
遠くから見ているだけでこれなのだ。その中心で膨大な力を生み出している張本人は、指先から腹の奥底までを揺らされているに違いない。
常人ではまず耐えられない。
この戦場に立っている戦士たちでさえも、あのあまりにも純粋過ぎて濁った力の渦には、絶対に近づきたくないと思うほどだ。
されど少年はまだ嗤っている。
果てしないエネルギーがその体と、そして彼が手にする大剣を満たしていく。
「必殺……粉砕炸裂オォッ!」
咆哮。
激しい爆発が魔獣を起点に広がった。
轟音が対魔機動隊の隊員たちの耳朶を支配して、噴火したように舞い上がったが土煙が視界を奪っていく。
それは一瞬の出来事だ。
静寂が訪れたとき彼らの瞳には、ただただ想定外で規格外の結果だけが残されていた。
「な、なんだよ、こりゃ!?」
「クレーターできてんぞ……つーか、あのバカデカい魔獣はどうなったんだよ……?」
唖然としたように隊員たちが漏らした声。
それを耳にしながら、アスファルトに仰向けになった桜香は、この状況を理解するべく思考を巡らせた。
(生き、てる……? でも、どうして……? あの魔獣は……私を踏み潰そうとして……)
その寸前で消滅した。
そう。桜香はたしかに目にしたのだ。
爆発音に聴覚を刺激された直後――眼前にまで迫っていた魔獣の前足が、圧倒的な熱に溶かされるように消えていくのを。
路地に打ち付けられた痛みを無視して、桜香は無理やりに上体を起こした。
そこには、たしかに隊員たちが漏らした言葉のとおり、まるで隕石が落ちたのかと錯覚するほどのクレーターが作られていた。
そんな抉り取られた大地の中心で、一人の少年が立ち尽くしている。
「あれは……あの人は一体……?」
「嘱託対魔機動隊員――のさらに代理の天城アラタだよ」
指揮官・加賀美が桜香の呟きに答えた。
彼女は、無謀な独断行動で場を乱した少女の額を小突きながら、それでもいまは部下の身を案じて肩を貸した。
その際、一度として少年から視線を逸らさなかった桜香に対して、加賀美は呆れたような声で言う。
「またの名を『正義の怪物』。まったく、あの馬鹿げた力は頼りになるんだけどねえ。ま、この惨状を見ればわかるとおり、周囲の被害なんてまるで考慮してないイカれた問題児さ」
「正義の怪物……あれが噂の『最強』なんですね……」
桜香はその少年の姿を瞳に焼き付けた。
あれこそが己が越えるべき壁だと本能が疼くのを感じながら――。