第二章 刻まれた呪縛 第7話
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「それで? あなたはどうしたの?」
すっかり興味津々になった桜香が、はやくしろと言わんばかりに先を促した。
ミコトは気恥ずかしげに頭を掻きながら、
「えへへ、大泣きしながらとにかく沙都弥さんにしがみついてた。そしたら、そのときのアラタもびっくりしてたみたいで……」
「みたいで?」
「すごく警戒してた。だけど警戒したからこそ、すぐには襲ってこなかったんだと思う。そのおかげでアラタの様子を窺うことができて……それで、そのときのアラタを見てたら、いつの間にかわたしはアラタを抱きしめてた」
「は? ……あ、いえ、その……なんか、すごく話飛ばしてない?」
「んー? なにも飛ばしてないよ。わたしはアラタのことを抱きしめてました!」
えっへん、となぜかミコトは誇らしげに胸を張っていた。
しかし桜香にはまるで状況が想像できない。仮にも相手は鬼という脅威で、それもいま子供たちと遊んでいるようなアラタではなく、話を聞く限りではまさしく野生の本能にて殺戮をする怪物だ。
それを、抱きしめた、だって?
「ええっと……沙都弥さんが鬼――あいつを倒して、それからってことよね?」
「ううん、沙都弥さんはなにもしてないよ。いや、わたしを止めようとはしてたんだけど、それを無視してアラタのことを抱きしめてた」
「……だから、なんで、そうなったのよ!?」
思わず声を荒げずにはいられなかった。
ミコトはおとがいに手を当てて、そのときのことを思い出しながら語る。
「えっとね……なんて言えばいいのかな……そのときのアラタは怯えてたような気がして、そりゃ敵意剥き出しだったしすごく怖かったけど……でも、すっごく寂しそうな顔してて、それを見てたら、さ……なんていうか、この子もわたしと一緒で一人ぼっちなんだなって、そう思って……だから、安心させてあげたくて、ぎゅっと抱きしめちゃってたのです!」
「…………」
桜香はなにをどう言えばいいかわからなくて、しばらく押し黙ってしまった。
それからぽつりと、
「あなた、見かけによらず剛胆なのね」
「えへへ、そうかなー? うーん、でへへ、それほどでもないよ~」
半ば呆れの交じった称賛であったが、それでもミコトは嬉しそうにはにかんでいた。
「で? それから大丈夫だったの? あいつに攻撃とかされなかった?」
「うん。最初は抱きしめられてアラタも戸惑ってたみたいだけど、しばらくしたらすごく落ち着いてたよ。敵意もすっかり消えてて、沙都弥さんはなんか困った様子だったけど、結局事務所に連れていくことにしたの」
「なるほど。それでいまの『天城怪異相談所』になったわけ、か」
うん、とミコトは頷いて、
「大変だったんだよー。お箸の持ち方から、字の読み書き、服の着方に、なにより言葉を教えるのは一苦労したよー。だけど、次第にアラタのほうから人間の生活に馴染もうとして、頑張って覚えようとしてくれて……それがなんか嬉しくって、大変だけど楽しくもあったのかな、きっと」
(ああ、そっか……まだまだ子供って、そういうことなわけか……)
まるで我が子の成長を誇る母のように、優しく朗らかな微笑みを湛えるミコトの姿に、ようやく桜香は理解した。
彼女にとって天城アラタとは手塩にかけて育てた子供であり、そして『人間』としてはまだ齢一〇にも満たない幼子なのだ。
なるほど。
それを知ったうえで改めてはしゃぐ怪物を見れば、それは『人間』としての年相応の子供だった。
体こそは周りの子供たちと比べて破格に大きいが、しかし精神性は純粋な子供そのものかもしれない。
ちょっぴり『最強』がカワイイと感じた桜香だった。
だが、そのとき――、
「おやおや~? これは謹慎処分中の天才さんじゃないかあ。いやあ、いいねえ、謹慎で暇を持て余せるなんて良い御身分だよねえ」
ねっとりと絡みつくような、挑発的で耳障りな声が公園の休憩所に響いた。