第二章 刻まれた呪縛 第6話
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それは七年前のこと。
ミコトは物心ついたときから『天城怪異相談所』にいて、幼いころから沙都弥に代わり炊事に掃除に洗濯となんでもやった。
もちろん、最初の頃は失敗ばかりしていたけれど、それでも家事をこなし続けた。
自分には両親がいない。
自分には家族がいない。
そのことを言われずとも理解していたからだ。
この世界にたった一人。そんな自分を育ててくれている沙都弥に、せめてそれくらいは恩返ししなくてはと必死だったのだろう。
沙都弥のよくわからない仕事は手伝えないので、当時のミコトには恩返しの方法が家事しかなかったとも言える。
平穏な日々。
沙都弥が仕事をして、ミコトを家事をして、そんな日々が過ぎていき――やがて秋風が涼やかに吹く季節が訪れた。
ある日のこと。沙都弥が神妙な面持ちで事務所から出掛けていく。
いつにも増して鋭く真剣な表情だった。
対魔機動隊から嘱託機動隊員として認定されている彼女が、いつもは要請があると気怠そうに現場に向かうことを知っていたミコトは、これは只事ではないと勘付いたのだ。
そもそも、こっそり聞き耳を立てていた限りでは、いつもの対魔機動隊からの要請ではなかった。
どこかの誰かから事務所に掛かってきた電話の内容はすべて聞き取れたわけではない。
しかし、「鬼が発見された」という言葉は、たしかに耳に届いた。
鬼と言えば、ニュースなどで第二次百鬼大戦が取り上げられたとき、必ず話題に上がる『黒き鬼姫』が有名だ。
とても強大な力を持っていて、第二次百鬼大戦で人類を誰よりも苦しめた怪物と聞く。
――さとみさんが、あぶない!
当時、まだ八歳だったミコトは直感的にそう思った。
だから追い掛けた。幼いうえに戦うすべなどまるで心得ていない自分に、果たしてなにができるかなんて考えていなかった。
そんな余裕があるわけもない。
ただひたすらミコトは自分を育ててくれた女が心配だった。
それに、いつまでも、家事ばかりではいけないと、そう考えていた。
これからも沙都弥のもとで生きていくのならば、いつか彼女の戦いを助けられるようにならねばと。
――わたしも、がんばらないと……!
今回がその最初の機会だとミコトは感じていた。
やがて息も切れ切れになりながら辿りついたのは、帝都の最北端に荘厳にそびえている山だった。
そこは、第二次百鬼大戦の最終局面において鬼姫が居城としていた場所であり、いまも鬼ヶ砦などと呼ばれている。そんないわくつきの場所は、未だに人々の恐怖の対象で、誰一人として寄り付かないらしい。
「…………っ」
喉がひりつく。
さすがに八歳の少女は恐れを抱いた。
だが、勇気と無謀の違いもわからない八歳の少女だったからこそ、意を決して飛び込めたのかもしれない。
辺り一面の樹木が午後の日差しを遮っていて、とても薄暗かったのを覚えている。
何度も泣き出しそうになりながら、その度にきつく唇を噛むことで涙を懸命にこらえて、まったく整備されておらず足場の悪いゴツゴツとした山道を歩み続けた。
その果て――小さな社があった。
そして、そこでは二つの人影が相対し、緊迫した空気が満ちている。
一人は沙都弥だ。
彼女の対角線上で四つん這いになり、グルルと獣じみた唸りを上げて、紅玉のような瞳をギラリと光らせている少年――それが鬼だった。
後に天城アラタという名を与えられる怪物だ。
ミコトは、敵意を剥き出しにする鬼から沙都弥を庇おうと、一歩前へと踏みしめて、
「ひっ……!?」
遅まきながら気付くのだった。
二人の周囲に無残な姿になった動物たちが倒れていることに。
ウサギにリス、ツバメにネコ――それどころかヒグマまで。まるで食い千切られたように皮と肉が削がれ、内臓から骨までを空気をに晒されている。
初めて見る光景だった。
そして、この凄惨たる現場を作り上げたのが、他でもない鬼だとすぐに悟った