第二章 刻まれた呪縛 第5話
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空はほんのりと朱色に染まり始めている。
珍しい&奇妙な女性客・サクヤが事務所を去ってから一時間ほどが過ぎたころ。
アラタはといえば、
「ぐおおおお! 小癪な……それ、反則……が、ふっ……やられた、ぜ……」
「やったー! ざまぁみろー!」
まだ六から七歳くらいと思われる子供に股間を蹴り上げられて、萌葱色の芝生のうえを悶え苦しむようにのたうち回っていた。
いくら最強の怪物であっても、やはり痛いものは痛いのである。
それでも彼はふらつきながら立ち上がり、
「やってくれたじゃねえか、こんにゃろー!」
「きゃー、にげろー!」
「やーい、つかまえてみろー!」
「さんかい、さんかいしてちゅういをそらすんだ!」
男の子五人。女の子三人。
総勢八名の子供たちが一斉に駆けだして、公園の敷地内を縦横無尽に走りまわる。
桜香はその子供たちのなかに、ちらほらと見た顔があることに気付いた。先日のあまり思い出したくない決闘の際、アラタの応援団として観客席にいた子供たちだ。そんな小さな子供の輪のなかで『最強』は楽しそうに笑顔を浮かべている。
屋根付きの休息所から、退屈そうに彼らを眺めていると、
「ふふ、ほんとは自分がヒーローをやりたいくせに、あの子たちの前ではちゃんと弁えて悪者役に徹してるんだから、アラタってば偉くなったねぇ」
木製のテーブルを挟んだ対面に座するミコトがそんなことを口にした。
結局、桜香は例の女性・サクヤからの『お願い』に従って、こうして呑気に公園で遊ぶアラタたちに付き合っているのだ。瞳に映るのは実に微笑ましい光景なのだが、どうして鍛錬もせずにこんなことをしなければならないんだろう……と、そんなことを考えずにはいられなかった。
謹慎処分に、必要かどうかもわからない警護任務で、うんざりしていると言ってもいい。
だから、いろいろと積もり積もっているせいか、余計なことまで口を衝いてしまう。
「べつに、子供相手なんだから、弁えるのは当然じゃないの?」
「あはは、それはまあ、そうなんだけどね……」
絶えない笑みを浮かべながら、しかしミコトは「でも」と続けた。
「アラタだって体はおっきいほうだけど、まだまだあれでも子供なんだよ。それこそいま一緒に遊んでいる子たちと変わらないくらい、ね」
「? ……えっと、どういうこと?」
桜香は、意味もなく眺めていた子供と怪物の遊びから視線を外し、ミコトへと移した。
単純にあの『最強』がバカで精神的に幼いという意味だと思ったが、それでもミコトの含みのある言い方に誘われて訊ねていた。
するとミコトは、うん、と一つ頷いて語り始める。
一人の少女と、一体の怪物の、出逢いの物語を――。