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IRREGULAR;HERO ~正義の怪物~  作者: 紅林ユウ
序章 最強の怪物
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序章 最強の怪物 第1話

 ズシン、と。

 重苦しい地響きが世界を揺らす。

 いとも簡単にアスファルトがひび割れて、粉塵が濃密な霧のように視界から色を奪っていく。


 市街地に鳴り響くのは不快な警報音。

 しかし、すでに逃げ惑う人々などいない。


 ここにあるのは避難が遅れた無残な屍――そして、迫りくる脅威に対抗する戦士たちの姿だけだ。


「無闇に近づくな! 遠距離からの一斉攻撃、準備!」


 指揮官の女が声高に叫んだ。

 やがて粉塵が風にさらわれて晴れれば、そこには扇状に整列して各々の武装をかざした隊員たちが現れた。


 その数は約三〇といったところ。

 彼らが見据える先には、どこか亀のような姿形をした、されどあまりに巨大な魔獣が、まるで悠然とした山岳のようにそびえ立つ。強固な甲羅に覆われた魔獣の全長は、周囲に並び立つビル群にも匹敵するだろう。

 その巨体がそこにあるだけで、大通りは完全に封鎖れてしまっている。


 そして、また一歩、魔獣はその巨体を進ませようとする。

 それを阻まんと、


「放て!」


 指揮官の声と同時に隊員たちが武器を振り下ろす。

 切っ先から放たれたのは青白に輝いた光線だ。自然界に存在するエネルギーの中で最も純粋とされる霊力を収束させた砲撃である。


 一斉に繰り出された砲撃は一直線に飛翔して、容赦なく亀のような大型魔獣に叩き付けられる。


 果たして、


 ――グガルァアアアアッ!!


 咆哮が空を満たした。

 大型魔獣の前脚から鮮血の代わりに霊力の燐光が噴き出していたが、しかし逆に言えばそれだけに過ぎない。まだ消滅していないのならば、結果としては大型魔獣の怒りに火をつけただけなのだ。


 少女・花織桜香は歯噛みした。

 対魔機動隊に配属されて初めての実戦で、彼女はたしかに恐怖というものを感じていた。

 そしてその事実が許せない。

 戦士として前線で戦うからには死など覚悟していたことだし、なによりこんなはずではないと拳を握りしめる。


 ――いままで努力してきたことは無駄だったのか?

 ――この人類の脅威を前にして己は無力でしかないのか?


 そうではない。

 かつての大戦において人類は魑魅魍魎どもに打ち勝ったのだ。ならば眼前に迫りくるデカブツとて倒せない敵ではないはずだ。

 桜香はすうっと息を吸い込んで、右手に掴んだ日本刀『神楽桜』に意識を集中させる。

 直後、


「う、おおおおおおおおオオォ――――ッ!」


 吸い込んだ空気を吐き出す勢いで路地を駆け抜ける。

 どれだけの巨体であろうとも、たとえそれが魑魅魍魎であるとしても、生きているなら急所はある。

 脳天だ。

 その体が強靭な殻に覆われているとしても、その一点だけは剥き出しにされている。


「バカ! なにをしている、新人!」

「ッ……!」


 叱咤の声が桜香の背を叩く。

 だがもう止まらない。指揮官から浴びせられる罵声を反動に大きく跳躍すると、さらにビルの壁面を蹴りつけて亀の頭部へと飛び乗った。


 花弁のごとき鍔を持つ花織家の秘刀を逆手に持ち替えて一息に突き立てる。


「せ、やあああ!」


 漏れだした燐光が視界が覆う。

 大型魔獣の口から苦悶の音が吐き出される。

 それを無視して桜香はさらに力を込めた。接敵する間に溜めに溜め込んでおいた霊力を、これでもかと『神楽桜』を通して魔獣に注ぎ込んでいく。


(……よし、このまま内側から破壊する!)


 そう意気込んだ。

 次の瞬間、


『グウゥゥウウ! ギャガアアアアアアァ!!』


 大型魔獣が蚊を追い払おうとするように、ひどく激しく頭を振り乱した。

 桜香は咄嗟に『神楽桜』の柄にしがみつくが、それもむなしく『神楽桜』ごと空中へと放り出される。


 重力に引かれ、落下していくなかで、大型魔獣の怒りに満たされた双眸に全身を射抜かれた。

 理性なきケモノの殺気が桜香に襲い掛かる。


 指揮官が部下を助けるべく飛び出したのが視界の端に映るが、とてもいまからでは間に合わないだろう。すでに大型魔獣は自身を傷つけた少女を踏み潰すべく、樹の幹のように太い足を大きく振り上げている。

 ひどく時間が緩やかに感じられた。


(いやだ……私は、こんなところで死ぬために、いままで頑張ったわけじゃない……!)


 この状況にあっても桜香の心は折れていなかった。

 だがそれでどうにかなるわけではない。たとえ彼女の心が負けていなくとも、一瞬後に確実な『死』が襲い掛かることに変わりはないのだから。


 落ちゆく桜香を影が包んだ。

 それはついに振り下ろされた鉄槌だ。

 少女の華奢な体がアスファルトへと叩き付けられ、そのまま圧倒的な重量にて容赦なく押し潰される。

 そうなるはずだった――。

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